スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クリスマス・プレゼント

2016.12.24 (Sat)
P1018578.jpg


二人のサンタさんが届けてくれた上野大根のクッキーと甘いミカンを食べながら久しぶりにゆっくりしています



P1018574.jpg


霜解けでぬかるんだダイコン畑で一人、マルチシートと格闘していた時、『お届け物ですよ』の電話が
玄関開けてあるから中に入れといて、と、またのんきないつもの対応。
さて誰からだろうと戻ってみれば箱一杯のミカンと手作り食品の詰まった大きな箱が届いておりました。


薫さんカレーリーフ・久美子さんからの贈り物が同時に届いておりました。
ほんとうにありがとう!!



上野大根お料理コンテストにご参加いただいたお二人、いろいろとお世話になっているうえにこんなものまでいただいてしまって本当になんて言ったらいいものか。あのお馬のスポンジはとてもじゃないけど皿洗いなんかにはもったいなくて使えません。




P4058812.jpg



28日にインドに行くことが決まりました。前々から話はあったのですがすったもんだでずれにずれて、その上ここにきて出発の一週間前に急きょ決まった次第。仕事もかねてなので日程が決まらない中、準備しなくちゃいけないのとこちらはこちらで畑の片づけとか冬じまいだとかなんとか、時間だけが過ぎてゆくよくわからない一か月を過ごしていたところ、東京と長野を行ったり来たりで日程が決まればそれなりにまたやることが増えてしまってブログも気が付けば一か月お休み。
今回は旅費も旅先の生活費も全てがあちらもち、VIP待遇の中で年も押し迫った忙しいこの師走にあわただしくチェンナイまで行ってまいります。



今夜は薫さんからもらった大きなミカンを六つ、ちょっとほろ苦い久美子さんの姫大根クッキーと一緒に。箱一杯のミカンは持て余しちゃうんじゃないかと思ったけどこのペースだとあっという間になくなっちゃう。カレーリーフ久美子さんの手作りギーと、前から気になってた手作りシュトレンも楽しみです!



☆上野大根最終募集
二回目となった今回の上野大根お料理コンテストは薫さんのビーフシチューさんとカレーリーフ久美子さんのお二人に参加いただきました。去年、七名の参加があったのと比べるとちょっと寂しいけれどそれもこれも私の至らないことが原因です。
ということで大根最終便、クリスマスの25日をコンテスト参加希望最終締め切りとさせていただきました。あと三名分くらいは上野大根残ってます。
ご興味のある方は農家のお米は何でおいしいの?の☆ 諏訪湖姫大根お料理コンテストの応募 ☆をお読みください。
されど戯言、本気で遊びを楽しめる方、おかしなことが好きな方、真剣にあの辛いばっかりの上野大根をやっつけてやろうと思っている方、待ってます!



Hindi Zahra - Beautiful tango


インディ・ザラ
ポルトガル出身のシンガーソングライター、モロッコのベルベル人の末裔だそうだ。実のところヒンディ・ザラなのかインディ・ザラと呼ぶのかはわからない。ただ、13歳の時にパリに移住しているのでインディさんでいいのだろう。フランスでは文字の頭の『H』は発音しない。だから、ハンバーガーは『アンバーガ』なのだ。マックでハンバーガーくださいといっても「Quoi?」と首を傾げられる。
ベルベル人といえばイベリア半島を一時領土としていたイスラム帝国の子孫、その影響を強く受けたスペインやポルトガル、とくにポルトガルのファドなんかはヨーロッパにあってひときわエキゾチックな輝きを放つ。どこか土のにおいがする彼女の歌声が風の音を紡ぎしづかに心にしみこんでくる。毎年のことだがこの季節になるとこういった曲が無性に聞きたくなる。それでいて落ち着くのかというとそういうものでもない。彼女の紡ぐ静かな歌声を耳にすれば妙に胸騒ぎがする。一年のすべてが終わり作物も雑草も冬の寒風の中消えさって、あたり一面茶色い枯野が冷たい風の中で静まり返っている。静かに優しく、それでいて心の奥に秘めた情熱を吐き出し絞り出す彼女の声が眠りにつこうとする私の心をかきむしる。


Hindi Zahra - To The Forces


Hindi Zahra - Silence











スポンサーサイト

インド家族の南信紀行

2016.08.04 (Thu)
P1017540 (2)


ここのところ充実した記事を連載し続けている少彦名
実は実生活も盛りだくさんのてんこ盛りだったのだ
先月、インドの家族が10人して遊びに来ていました
農作業をほっぽり出して運転手兼ツアーコンダクタなのです




P1017565.jpg


天竜川ライン下り
船はインド人でほぼ貸し切り状態
思いのほか盛り上がりました



P1017576.jpg

船の中はこんな感じ
楽しそうでしょ♪


天竜ライン下りと天竜船下りの二社がありますよ
急流をアクティブに下るなら船下りがおすすめ
帰りは出発地点まで戻る送迎バスも出てます




P1017608.jpg


午後は木曽の妻籠宿に行きました




P1017616.jpg




古い巨大寺院が至る所にあるインド人家族にはどう映ったのか
帰ろうといわないところを見るとそれなりに楽しんでいるみたいです





P1017686.jpg


古民家にサリー
よく見ると微妙にジャポニズムな柄ではないんですか




P1017612.jpg



去年は奈良井宿で映画撮ったりしましたけどそこよりもさらにひなびた風情のある宿場町
SAAHASAM in 木曾 2015.6.26




P1017673.jpg



隅々にも村の人の気持ちが行き届いてます
しばし、彼らのことも忘れて一人そぞろ歩き




P1017697.jpg


まだまだ色気より食い気のようであります





P1017613.jpg



Saahasam - Official Trailer





Angry Bird Penne - Official Video Song | Saahasam




去年撮った映画のトレーラー。曲はそれなりにヒットしたみたい
今年は映画撮ってる暇あるかしら



謎の守屋神社-インドと古代日本との関わりについての一考察

2016.06.26 (Sun)
2016/06/26 
今、NHKで御柱を放送してました
ただ引っ張ってるところを映してたのかと思ったらとてもいい番組になっていました
祭りの間、いろんなことがあったので見ないでおこうと思いながらやっぱり見てしまいました
で、見た後の感想ですって?
諏訪に引っ越して本当によかったなと

御柱の謎に関する過去の記事です
しばらくトップに置いておきます




2015/06/10の記事


高遠城址をあとにして、突如少彦名を襲う春の嵐
雷が鳴り、行く手を遮る灰色の霧を抜けると
そこには、打ち捨てられた古い神社の鳥居がぽっかりと口を開いているのでした

『桜露』より続き


P1011691.jpg


守屋神社
諏訪湖の南、守屋山を隔てて諏訪大社の裏側に位置する
物部守屋の一族が蘇我との戦に破れたどり着いたこの地で開山したと言う伝説が伝わっている




さて、以前よりこの守屋神社には多少の興味を持っていた少彦名
元来方向音痴の私が偶然出くわしたこの好機を逃す手はございません
あわや通り越したスバルサンバートラックのきびすをドリフトさながら取って返し鳥居の傍らに倉卒の車輪を休めたのであります

 
P1011689.jpg

さて、飛び出だすのはあやかしか妖怪変化か・・・・・・
なぜか気になるアルミ製の妖怪ポスト



P1011693.jpg




赤松がくねくねとからまる雨の参道を音も立てずに上って行きます




P1011694.jpg




程なく行くとお堂が見えてきました
人里はなれた峠道
あたりの雰囲気と比べると非常に重厚な立派なものです





P1011695.jpg




さらに上を見上げれば本堂と思われる切妻作りのお社が見えてまいりました

諏訪の地に来て覚えたのはどんな神社でも立派な本殿と思しき建物の奥に必ず正真の本殿が控えていることを






P1011696.jpg





逸るその足を石段の水溜りにおとしながら電池の切れ掛かったカメラを小脇にかかえた少彦名
やがて雨にぬれた石段の頂上はうつむく視線に途切れ赤く松葉の敷き詰めた境内が視界に広がったかと思うと

『あっ!』

『あっ!あ!!』

冷たい雨に濡れ日が落ちかけた森のお堂からぬっと人が現れればそれはそれはびっくりする
互いが互い、犬を連れた老人と私は声を上げて飛び上がった





P1011697.jpg




めったに人の訪れることのない古い神社で別に悪いことをしていたわけでもないのに妙にうろたえて言い訳がましくしゃべっている私がいる。前からこの神社が気になっていたこと、思わず行き当たってうれしくて上ってきたことなど

老人も、私がこの忘れられたお社に興味を持っていることにうれしく思ったのか守屋神社の来歴をポツリポツリと話し始めた

さて、この守屋神社にまつわる老人の話
聞けば聞くほどその謎は深まってゆく







P1011699.jpg

この神社が物部守屋を祭っていることは先に述べた。鳥居の額にも物部守屋神社としっかり書かれている。今から1400年前、蘇我馬子との権力抗争に敗れ、都を追われた物部一族の一集団が縁故を頼ってたどり着いたのがこの地だという。その縁故というのが諏訪大社の神官をつかさどる守矢氏、もしくは諏訪氏だったのか、それは定かではないが中央を追われた一族は遠い信州の地まで命からがらたどり着いたわけだ。しかしながら、朝廷に敗れ落ち延びてきた物部氏はいわば逆賊、都での戦に破れた恥辱に恥じ入りこの山里に身を隠しその姓を守屋と改めてこの地に隠れ住んだ。そしてのちに、彼らの始祖、物部守屋を祭ったのがこの神社であると老人の言によればそういうことになるようなのだ・・・・ が、しかしちょっとまって欲しい。元来、この守屋山は諏訪大社のご神体、その神聖な御山に、いわばよそ者である物部守屋なる新参者を新たに神として祭るというのはあり得る事なのだろうか?そもそも守屋山は物部氏がたどり着く以前からモリヤの御山として長らく信仰の対象であったはずなのだ。
 整理する意味もかねて諏訪大社の宮司さんに電話で問い合わせしてみた。
すると諏訪大社の聖域、いわゆる禁足地には守屋山の山頂は実は含まれていないそうだ。現在の禁足地、諏訪大社の神聖なる聖域は現在の行政区域、現状の寺社所有地と一致しているとのことだったが、古文書等でも確認できる限り諏訪大社の聖域は大社より見渡せる範囲の守屋山東側、諏訪湖畔に面した守屋山の一部であり、一般に言われている守屋山の山体すべてが諏訪のご神体というわけではないようなのだ。さて、こうなれば、物部氏をその山腹に神として迎え入れることには支障がないように一見、見受けられる。守屋山を背にして大社と反対側に位置する守屋神社は諏訪大社とは全く別の系譜を持つ、諏訪大社とはまったく無縁な神を祭ったものということになる。
 さて、ここでさらに歴史をさかのぼってみることにしよう。現在の諏訪大社の祭神、建御名方神(たけみなかたのかみ)が国譲りの神話によって出雲の国を追われ諏訪に逃れてこの地を治め現在に至るわけだが、お諏訪様が統治するそれよりも昔、諏訪周辺を束ねていたのは古代よりの神、洩矢神(モリヤ、モレヤ)であった。洩矢神は諏訪周辺で有史以前から永らく信仰されてきた土着の神である。そこに、西より山を越えて侵入してきた建御名方神の勢力が押し寄せてくるのである。そしてこの戦によりモレヤの神は奮戦むなしく敗れ去ってしまう。建御名方神はすでに出雲の地で朝廷の神々に屈し大和の神のひとつとして延命を許されたていた、その勢力が諏訪の地を掌握するということは大和の国の一国として統治されること、固有の文化を持つ一独立国家から、大和朝廷の中央集権体制に組み込まれた一地方として存続することを意味する。さて、ここで一つ不思議なことがあるのだが、これまで諏訪の国を守ってきた守矢一族、諏訪の地を守るために出雲勢と雌雄を決した守矢氏がその処遇を許された上に、こともあろうに古代の神にとってかわった大和の神、建御名方神に仕える諏訪大社の神長官という最高職を授かり以前よりのその権威を出雲勢との敗戦以降も持ち続け、結果その地位を近世まで連綿と代々勤め上げたこと。諏訪の地を収めるために中央政府がとったコンセンサスといえばそれまでだが、とにもかくにも、ここに諏訪を統治す建御名方神の末裔、諏訪氏の治世が始まるのである。しかし一方、守屋山の裏側、この守屋神社周辺のごく限られた地域で起きたことは今まで述べたこととは少々事情が異なるようなのだ。先も書いたようにここでは物部守屋なる名が振って沸いたように突然現れるのである。さて、この事実が皆さんにはどう映るだろうか、かく言う私には非常に突拍子のないことのように思われてならないのだが。
 さて、ここからは私なりに考えてみることとしよう。一番に引っかかるのが守屋姓と守矢姓の『一文字』の違いである。古代、諏訪を統治してきた守矢一族と守屋山、山を挟んで物部守屋を祖とするのが守屋姓の一族、私には守矢と守屋の一文字の違いはただの偶然ではないように思える。すなわちそこには必然的な何か、矢を屋と違えた何かもっとほかの決定的な『事件』があったような気がしてならないのだ。守矢姓と守屋姓、先ほど守屋神社をあえて諏訪大社の裏側と記したように、この表と裏、この位置関係はもっとある必然的な対比を暗示しているのではないだろうか。すなわち、それは出雲勢が押し寄せてきたときにこの一族に起こった歴史的事件、そこには守矢一族の内部で起きた裏切りと政治的な抗争が引き起こしたある悲劇的な物語があったのではなかろうか。すなわち戦火のさなか洩矢神を正当な神とあがめ徹底抗戦を呼びかけたモレヤ一族と、建御名方神に降った神官一派の内部分裂、外敵を目前にして二つに引き裂かれた諏訪の地は強力な出雲勢の力に制圧され、戦に敗れ敗走する洩矢の残党は出雲に組する神官一族と袂を分かち、故郷を追われる形で住み慣れた諏訪の地を後に人里離れたこの地に隠れ住んだのではないだろうか。そう考えるとすべてが理にかなってごく自然な説明がつくように私には思えるのだ。守屋と一字を違えたこと、敗れたことにより信仰を奪われたこと(モリヤの祠は神官長の守る敷地内にある)、モリヤ山のふもとに新たなる神が迎え入れられたこと、守矢氏が新長官に任命されたこと・・・・ それら数々の事実の自然な成り行きのすべてが容易に説明できるように思えるのだ。遠い昔、隠れ里に身を潜めた守屋一族が後に自らの存在意義を示す為か、または滅び行く物部氏に自らを投影し共感を覚えずにはいられなかったものなのか、自らに似た境遇の物部守屋を新たに一族の祭神として迎え入れ、この山に祭ったとたというのがこの神社の始まりなのではないだろうか。期せずして、当時、物部氏は新興宗教の仏教派と対立し、本来の、日本古来の神こそが唯一信仰する対象であるべきとする勢力の中心であった。彼らは歴史から消えてゆこうとする洩矢神と物部氏を重合わせていたのではないだろうか。太古、守屋山を二分する宗教対立があったとしても決しておかしくはない。





ここは、ホッサマグナの交差するところでパワースポットでも有名なんだよ。旧約聖書にはモリヤという山が描かれていて、ここにたどり着いたユダヤ教徒、キリスト教徒がこの神社の興りだという人もいるんだよ」

「実は、モリヤという言葉はインドにもあるんですよ。御柱ととてもよく似たお祭りがネパールにもありますし、モリヤはヒンドゥー教のある神様をさす言葉だったりするんですよ。実は、そういうこともあってここまで登ってきたんです」


老人は一瞬嫌な顔をした。
そして、その話題には一切触れず、聖母マリアの話、ある新興宗教家から多額の寄付をいただいた話などを続けた


彼にとってはインドの神々より金髪の神様のほうが好みらしい




インドとのかかわり
これは私の全くの妄想として聞いて欲しい
 私の友人、若いインド人の留学生から聞く話としてインドの言葉、特に南インド、タミル語の中には日本語と非常によく似た、もしくは同じ発音の言葉が沢山あるという。さらに、タミル語のアルファベットは日本のあいうえおと全く同じならび、来日当初はあまりの共通点の多さにびっくりしたそうだ。タミル人はインドの先住民族、古代タミル語はサンスクリット文字よりもはるかに古い。

 話は少々それるが、インドからやってきたものは意外と多い。例えば民間信仰で有名な七福神のうちの三人はインド由来である。弁才天はインドの創造神、ブラフマーの妻、サラスヴァティーであり、毘沙門天は戦の神クベーラ、大黒天にいたってはその容姿からは全く想像もできない破壊の神、シヴァ神の化身マハーカーラ神だ。これらは、すべて仏教由来の伝承のようなので今回の事例とは切り離して考えるべきだがインドと日本、遠いようで意外と近い

 視点を日本に戻そう。諏訪大社の神官長を務めるのは代々守矢一族。守矢様は神官の長であり、かつ諏訪の神が降り立った現人神でもあられる。(諏訪大社には神殿がない、なぜならば山自体がご神体であり、神官長自身が神そのものを宿しているからである)インドではモリヤとは神様のこと。モリヤ、ムリヤ、モーリヤはガネーシャをあがめたたえる言葉なのである。そしてネパールには諏訪大社の大祭、御柱祭とそっくりなヒンドゥーのお祭り、インドラジャトラ祭がある。そしてそのネパールには『クマリ』と呼ばれる神が輪廻転生した生き神様の少女がいる。(モリヤ神の時代、一族の子供の中から現人神を選びだし、一年間神として崇めたという記録がある。その子供はその年の祭祀の日に神の信託を与えられ、その命は供犠としてモリヤ神の祭壇に供された。)

 老人の話では守屋神社の本堂には石の棒が収められているという。それは、インドの寺院で必ず見られる『リンガ』を連想させるではないか。さらに、洩矢神としばしば同一視されるミシャグジはここ諏訪では蛇神であるソソウ神と習合し、その姿は白蛇として現れる。それはまさにインドで言う川の神『ナーガ』であり日本で言う竜の姿『天竜川』である。ナーガはしばしば天気をつかさどる大蛇であり、怒ると旱魃に、なだめられると雨を降らす。守屋山頂に祭られた祠が旱魃の際の雨乞いの対象として拝まれたのに奇しくも呼応する。(巻末追記へ※)
 さらにさらに、諏訪太古の主、洩矢神(モレヤ)が建御名方神と戦ったときに使った武器は鉄の輪だという。同様に古代インドの戦士たちはチャクラムという鉄の輪で出来た武器を使用した。インド最高神の一人、ビシュヌはチャクラムをその右手に常に身につけている。そしてまた、ビシュヌと双璧をなすインド最高神の一人、シヴァは知恵の神ガネーシャ(モーリヤ)の父親、荒ぶる破壊の神、シヴァ神の名はインドでもたびたび『シワ』と発音され、東南アジアを渡って、『シワ』『シュワ』と変化する
・・・・諏訪・・・・・スワ・・・・シヴァ







「おや、この箱はなんでしょう?」

お堂の縁の下に小さな箱に入った子供用の真っ白なドレスと同じく真っ白なかわいい小さな靴が綺麗にそろえて収められている


「あ、これね、一週間ほどまえからこの本堂の前にお供えしてあったんだよ。何か悲しいことがあったんだね。そのままだと濡れてはいけないから、ここに移しておいたんだよ」



あたりはもう暗くなりかけている。
雨の音以外には何も聞こえない。
またいつか来よう。今度は晴れた青い空の下で。







P1011700.jpg


コメントご意見お待ちししています




追記
 
 先ほどインドの友達とこのことについて話していたらこんなことを。
ソソウ神のソソウって蛇の出す音を表現したんじゃない?インドでは蛇の声をそんな風に言うよ。
こうなればどんなことでも信じてしまいます。

 建御名方神の父親、大国主命はたびたび大黒天と同一視されることがある。これはその呼び名、オオクニ→ダイコクと変化したためだといわれているが・・・(先も述べたように大黒はインドのシヴァ神)
ちなみに少彦名は大国主命とは国造りで活躍した盟友、東京から移住した私、今となっては因縁めいた偶然のめぐり合わせ

 インドでは無駄遣いする人を心にクベーラ神がすんでいるという
毘沙門天はインドでは相当な浪費家らしい

 ナーガの場合はなだめると雨が降るが守屋山の場合は怒らせて雨を降らせる。
※雨乞いには東峰にある守屋神社奥宮の石祠を谷へつき落とし、神の怒りをかって雨を降らせてもらったといういささか乱暴な伝承もある。/信州山岳ガイド 信濃毎日新聞社より抜粋
おいおい、雨乞いの対象としてだけでなくこのような類似点の数々をどう捉えるべきなのか。探せば探すほどあとからあとからでてくるよ

この神社には狛犬が二対ある。鳥居の二体と本殿の二体だ。実は、本殿の狛犬は以前盗まれたことがある。老人の話だとこの村に千葉の石屋が出入りしていたときと時期を同じくして持ち去られてしまったらしい。村では仕方なく鳥居脇に狛犬を新たに据え付けたところ、ほどなくして持ち去られていた狛犬が帰ってきた。盗人に何か祟りでもあったのではないかというのが村でのもっぱらの噂である。


2015.10.2 追記
前から気になっていたことがひとつありました。それは、守矢氏がなぜ神官長という非常に高い位を受けることができたのかということです。これには二通りの考察ができると思います。
ひとつは出雲勢がこの地を収めるにあたり先住権力者の協力がぜひとも必要であったこと
もうひとつは、一部の造反がモレヤ一族の内部で起こり結果、建御名方神の勝利につながったこと。洩矢神は手に鉄の輪を、対する建御名方神がこの戦いで使ったのが藤の蔓、絡め取るには絶好の武器だと思うのですが・・・・

    
2016/06/30 追記
 太古の神、ミシャグジは一説によるとジムグリという赤い蛇、「ミ赤蛇」という字を当て、大社でジムグリを明神様と呼んでいたそうです。先日、雨の日に田圃の草を刈っていてジムグリの首をはねてしまいました。悪いことが起きないといいのですが。




Test

2016.06.01 (Wed)
Love In Tokyo の一部の画像をグーグル検索でクリックすると


リダイレクトの警告
表示中のページから http://pygmysunfish.blog.fc2.com/blog-entry-157.html にリダイレクトしようとしています。
このページにリダイレクトしないようにする場合は、前のページに戻ってください。




なんて、おっかないメーセージが出てくるので
ちょっとテストです





P1017062ddd.jpg



このまま続いたらどうしよう
詳しい方、アドバイスお願いします



最近、変えろ変えろってあんまりうるさいので一か八か 7 から Windows 10 に変えました
無事に動いたときはちょっとうれしかったです
思ってた以上に使いやすくて今のところ問題もありません
皆さんはいかがですか?
だけどこればっかりはやってみないとわからないから
くれぐれもパソコンの更新は慎重に


タミルナード洪水

2015.12.09 (Wed)
chennai-flood-waters-13.jpg




Chennai Flood Relief Fund

Please help Chennai, cuddalore and flood affected Tamilnadu

Cyclone & Torrential rain in Chennai and other coastal areas of Tamilnadu, India has resulted in terrible city-wide flooding and the heavy downpours that crippled the state of Tamilnadu and people. Millions of families and people have already been displaced and more than 1000 people have died. This people are in urgent need of support and help. This fund will provide relief to victims by helping purchase emergency supplies like food, water, and medicine in addition to longer term recovery assistance. All donations to this fund will exclusively support local relief and recovery efforts from this flood.

All donations to Flood relief fund will support recovery and relief efforts in Chennai other coastal areas of Tamilnadu. Initially, the fund will help the survivors' immediate needs for food, cloths, clean water, hygiene products, and shelter. Once initial relief work is complete, this fund will transfer to support longer-term recovery efforts run by local NGOs and other Social service organizations.

So please help us to raise the fund

OUR SOCIAL SERVICE PARTNERS IN JAPAN
1. Sribalaji Group of South Indian Restaurants
Nakameguro & Suidobashi
2. Govind`s Pure Vegetarian Restaurant – Funabori
3. Japan Tamil Sangam
4. Japan Telugu Samakhya.



.WHAT WE DO WITH FLOOD RELIFE FUND

Medical camps
Relief camps
Provisions

Food
Towels
Beds
Bed sheets
Cloths
Personal Hygiene products
Study materials for students

Overall we help people to recover and re-build their life.



今回の洪水は予想していた以上に深刻なようです
レストラン・シリバラジでも明日以降募金を開始いたします
他団体も支援に乗り出しています。街で見かけましたらご協力のほどよろしくお願いいたします。


Sri Balaji (Nakameguro)
PHONE 03-5724-8995
ADDRESS 2-7-14 Nakameguro, Meguro-ku, Tokyo
Sri Balaji (Suidoubasi)
PHONE 03-6265-6969
ADDRESS 2-1-11 Nisikanda, Chiyoda-ku, Tokyo







ナマステ・インディア 2015

2015.10.02 (Fri)
P1013412.jpg

おかげさまで天気にも恵まれ無事に終わることができました。ご来店いただいた皆様には心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。


今回は初出店ということもあって初日は要領もつかめず、新参者の憂き目、出店場所も少々人の導線から外れていることもあってか皆さん、お店の前を素通りでしたが、そこはシリバラジの底力、商売っ気なしのおかしなお店ということで二日目は上々でした

私たちのコンセプトは南インドの本物の屋台、だから売れるものなんてまったく置いてません。インドレストランの定番、ナンは当然置きません。バターチキンなんて高級なカレーもありません。飲み物にいたっては甘くておいしいチャイの代わりに茶色く濁った薬草を煎じたお茶でございますw

でも、それでいいんです。私たちは私たちなりに本物のインドを皆さんにお伝えしたい。やりたいことを精一杯やりたいようにやる。そんなお店が南インドレストラン、シリバラジなんです。


そこで今夜は、趣向を変えまして
知っているようで知らなかったインド料理の真実

僭越ながら三つご紹介したいと思います





☆インドにはカレーはない


のっけからなんとショッキングな、そう、インドにはカレーという料理はないんです。実はカレーという言葉はタミル語で食事や料理をさす言葉。日本語で言えば「ごはん」程度でしょうか。インドがイギリス領だったころイギリス人がインド風料理をカレーとして取り入れたのが始め。ですから現在では汁の入った香辛料入りのシチュウ状のものを総称カレーと呼ぶようになりました。でもいいんです、カレーはカレー、そんな細かいこと彼らも気にしてはいません。たとえ私たちが何の気なしに「このカレーおいしいですね」といったとしても、いや、これは実は○○マサラといいまして、これにこれを加えると××コルマで・・・・などとめんどくさいことはこっれぱかりも考えずただ二ニコニコしている。あるものをあるように受け入れるその寛容さはインド人の伝統に対する自らの誇りと自信の表れ、日々、彼らと接する機会の多い私はそんなことまで思ったりします



☆南インドには「ナン」はない

実はナンは北インドの料理、南インドではその代わりにパラタを食べます。ナンはインド料理の定番ではありますが、インドはとても大きい国。29の州で区分され、29のさまざまな国が集まったのがインドといったほうがしっくり来るかもしれません。それくらい言語も文化も違ってきます。ですから今回のイベントでもナンは出しませんでした。その辺はこだわったみたいですよ。
先ほども言ったようにインド料理といえば“ナン”というイメージがありますが、実際インドに行ってみるとナンを見る機会というのは非常に少ないです。というかめったに見ません。なぜならナンを焼くにはそれなりの設備が必要で庶民が口にすることはほとんどありません。連日高級レストランに行く社長か家にタンドリーを置いているマハラジャくらい、私たち貧乏旅行者が普段食するのはチャパティーやパロタなどの発酵していないパン。フライパンで焼けるパロタは庶民の食卓の定番です。でも、少彦名が思うに、かえってこちらのほうがあっさりしていてカレー本来の味を楽しむならグッドチョイス!インド通のあなたもここは迷わずホッカホカのチャパティやパラタを選んでお気に入りのカレーでお楽しみください♪
しかしながらここまで言ってなんですがタミル人はパロタよりも日本人と同じでお米が主食。パンは朝食かサイドディッシュ的なものなのかな。とはいいつつそこはビジネス、レストランにはナンもしっかり置いてますよ♪みんな食べに来てね。




☆南インド料理、ミールスははずせない?いやいや、そんなことはない

南インド料理レストランでミールスがない店は邪道だ!などという乱暴な意見をたまに見かけますがそれは真っ赤なうそ。そもそもインドにはミールスなどという料理コースは存在しません。では、いったいミールスとは何なのか?これ、英語なんです。簡単に言えば定食のことですね。北インドではターリーとヒンディー語で表記しますが南インドではミールスと英語で呼んでいます。日本で言えば「ランチ」とか「ディナー」程度の意味。先ほどのカレーとまったく同じ、単なる外来語なんですね。
そこで最初に戻りますが南インド料理店でミールス表記のないお店は逆に良心的かもしれません。なぜなら、インドでミールスといえば食べ放題の定食になってしまうからです。南インドでミールスを頼んで、たとえばひとつのカレーを食べ終わると店内をうろうろしている小僧が電光石火の早業で空のお皿めがけてバケツの料理を投げ込んできます。そう、いらないといわない限り自動的に空いたお皿に料理が投げ込まれるのです。そして継ぎ足されたが最後、食べ残しのできない日本人はその瞬間からフードファイターに変身、ある意味罰ゲームです。
今回、水道橋店ではセットをミールス表記させていただきました。本来なら中目黒と同じくターリーと表記するのが正しいのですが単に「定食」という意味でわかりやすさを優先しました。残念ながら食べ放題ではないので、ご来店の皆様にはどうかご了承ください。



さあ、私の講釈もちょっとした暇つぶしにはなったでしょうか。ほかにもいろいろ、たとえばインド人はターバンを巻かないとかインド人うそつかない?ことはない!とかw

最後に、インド人のイメージってどんなのかしら?やっぱりすらっとしていて目鼻立ちがはっきりしたヨーロッパ人のような顔立ちの色男?それはデリーなどの北の人たち、アーリア系の、彼らより後からインドに入ってきた人たちです。本来のインド人はずんぐりむっくりだんご鼻のドラビダ系タミル人、日本で言えば縄文人に当たるのかな。インド洋を越え東南アジアに広く根を下ろし果ては遠く日本までたどり着いた古代タミルの文化、旅行の達人、バックッパッカーなどにインド料理の真髄を聞けば間違いなくカレーは北より南、南インドの料理は一度は味わうべきと10人が10人答えると思います。
さあ、今回ナマステインディアにこれなかったお客様もぜひ一度、古来伝統の南インド料理をレストランシリバラジでお楽しみください!
                                     
南インド料理シリバラジ・スタッフ一同


南インド料理 シリバラジ
中目黒店/東京都目黒区中目黒2-7−14  Tel 03-5724-8995
水道橋店/東京都千代田区西神田2-1-11 エスティエラ水道橋1F・2F Tel 03 6265 6969 

Authentic South Indian Cuisine " Sri Balaj "
2-7-14 Nakameguro, Meguro-ku, Tokyo,Japan Tel 03-5724-8995
2-1-11, Nishikanda Chiyoda-ku, Tokyo, Japan Tel 03 6265 6969





original.jpg


インドと古代日本との関わりについての一考察


続きを読む

南インド料理シリバラジ ナマステ・インディア初出店!

2015.09.23 (Wed)
来る週末9月26日/27日、
満を持して南インドレストラン シリバラジが代々木公園 イベント広場にいよいよ登場!

普段のインドカレーに飽きた皆さん、ぜひともこの機会に本物の南インド料理を是非ご堪能ください!!




IMG_7954.jpg




ナマステインディア 代々木公園 イベント広場会場


image-namasutea.jpg



シリバラジのほかにもたくさんのレストランが出店しますよ♪
私も行きます!皆さん、来てくださいね!!



ナマステ・インディア2015






29383122.jpg








南インド料理 シリバラジ 水道橋店 8月15日オープン!

2015.08.11 (Tue)
IMG_7954.jpg



南インド料理 シリバラジ 水道橋店 
8月15日 堂々オープン!









image-0001a.jpg





オープン当日ご来店の方にマンゴラッシー1杯サービス




FullSizeRender_1.jpg




この季節、当店の料理で調理される野菜の数々は、
この私、少彦名が手塩にかけた国産無農薬野菜!
信州の美しい自然の中で育った美味しいお野菜ばかりです
(ほんとなら一年通して野菜が作れればいいんですけど)






29383122.jpg





バラジに来たら一度はドーサを食べていってね♪
そうそう、神保町店じゃなかったね、水道橋でした。







水道橋駅A2出口を出て
白山通りを神保町方面に徒歩5分

〒101-0065
千代田区西神田2-1-11
エスティエラ水道橋 1F/2F




FullSizeRender.jpg
シリバラジ中目黒本店

オープン当日、8月15日(土曜日)
TBS・新チューボーですよに出演ですって。

よかったらそちらも見てね!





Ezhumalai Vasa - Sri Srinivasa Tamil Devotional song

Venkateswarをたたえる歌
Sir Bālāji、Sri Srinivasaはこの神様の別名



南インド料理 シリバラジ
中目黒店/東京都目黒区中目黒2-7−14  Tel 03-5724-8995
水道橋店/東京都千代田区西神田2-1-11 エスティエラ水道橋1F・2F Tel 03 6265 6969 

Authentic South Indian Cuisine " Sri Balaj "
2-7-14 Nakameguro, Meguro-ku, Tokyo,Japan Tel 03-5724-8995
2-1-11, Nishikanda Chiyoda-ku, Tokyo, Japan Tel 03 6265 6969


続きを読む

SAAHASAM  finish shooting   2015.6.28/29/30

2015.07.28 (Tue)
P1012714a.jpg


アマンダさん
よく笑う人だったな。いつもニコニコしてた。
どうせ女優さんだからつんけんした気取った女の子で、別に会話することもなく、ただただ日程をこなすだけと思っていた
気さくな彼女はエキストラの人とも普通に会話して、おかげで現場はとても和やか





P1012834.jpg


撮影隊はその後日本のインド村、西葛西に拠点を移して28日は大船、29日は小田原、全行程5日間の撮影を無事終えることが出来た。

余談だけど小田原で新幹線の事故があったのがその翌日。
そういえばクランクアップのその夜、監督とその家族が、横浜まで新幹線に乗るだけのために往復してきたんだよな





P1012979.jpg

助監督のヘムラージ
今回、日本ロケに奔走した立役者
色々と板ばさみで大変だったね
次回は監督としてお会いしましょう。お疲れ様でした






P1012873.jpg

またまたヒロインに逃げられてしぶい顔のヒーロー・プラシャーント
実は、紹介したいのは彼ではなくてその後ろにいる色男
山田 喜靖君
彼とであったのは下諏訪の『マスヤ』というゲストハウス
撮影の日程変更でそれまでお願いしていたダンサーすべてがキャンセルになりわらをもつかむ思いで飛び込んだそのゲストハウスにたまたま居合わせたのが彼、事情を話すとその夜のうちに快く出演を承諾していただいた
私にとっては救いの神。もし、あの時、彼に出会っていなかったら心も折れて完全にバンザイしていたかもしれない。何せほんの撮影一週間前だったからね。
実は彼、マウンテンバイク競技の日本代表選手。一流のアスリートはダンスをやらせても超一流、立派なものでした。







P1012942.jpg

エキストラでは唯一、三日間お付き合いいただいた美少女。実はまだ中学生です
監督が痛く気に入って次回は彼女をヒロインにと随分盛り上がっておりました




P1012949.jpg

諏訪のスタジオビーチハウス-ダンススクールの皆さんも本当にありがとうございました
皆さんのキャリアには全くにプラスにはならなかったでしょうけど楽しんでもらえたのかな?
いい思い出になれば何よりなんですが、私、まだまだ色々たくらんでおります。そのうち悪夢の再来もあろうかと・・・その際はよろしくお願いします。

そして、原村は内藤ペンションの皆様、急なお願いにもかかわらず、色々お世話になりました
ところで、トイレ掃除大変だったでしょう?いったいなんでインド人て便器めがけてオシッコできないんでしょうかね?
何度言ってもびしょ濡れですもんね。


Beach House
内藤ペンション




P1012803.jpg



そして、今回のスポンサー、親友のミスター・クルンジ
とはいってもずっと喧嘩してて実は彼に会うのは二年ぶり
もっと太ってるかと思ったがちょっと安心。
二年ぶりでも違和感なく、きっと死ぬまでこんななんだろうな


東京中目黒
南インド料理シリバラジ
インドにお越しの際は
Hilarity Inn


P1012964.jpg

大事なお着物を貸していただいた皆様、ありがとうございました。東京での二日間、衣装として大事に使わせていただきました
その衣装を羽織ってご満悦の二人
あ、これは、その気がついたらもう着てしまっていたんですよね



P1012969.jpg

ノーメークのヒロイン
飾り気のない本当にいい娘でした
昨夜のしゃぶしゃぶは美味しかったかな?
また会う日まで Cross our fingers!





P1012819.jpg


さて、みんなも帰ったし、僕もそろそろ帰るかな
彼らはもう一泊とまって行けって言ってくれたけど、そうもいかないから
それに深夜のほうが道もすいてるし、そのまま彼らと一緒にいたらきっとどこかに飲みに行ったりしてしまいそうで
日が沈む前にさよならを言って、わざわざ近くの公園のわき道に車を止め、しばし仮眠
家に着く頃には夜は明けているな

今夜はどんな曲を聴きながら
夜の高速をかけようか?
忘れ物はない、なくしたものはなにひとつない・・・・







Roxy Music - Avalon


パーティーは終わった
けだるさと共に
私は、あなたが
どこからともなくやってくるのを眺め
その饒舌な身のこなしは
言葉でもなく意味すらなく、私の心を動かす・・・・





SAAHASAM in 諏訪 2015.6.27

2015.07.20 (Mon)
さあて、今日は長野最終日
いよいよ諏訪市中での撮影です




P1012822.jpg


またまた5時からということで連日の変更お願い
混乱もピークに達していますが、なれとは恐ろしいものでもう動じることもありません
淡々とこなしていく自分がいます


朝、起き抜けにヒロインとばったり。疲れも極限に達している私は彼女のおはように全く反応できずガン無視、顔洗ったあと早速謝りましたさ。



P1012830.jpg

諏訪湖での集合写真、ここに写っている半分の方が今日飛び入りで来ていただいた一般参加の方々
どうです、その姿は素人さんとは思えない堂々としたもの



今日は土曜ということもあって、新聞で呼びかけていたエキストラの方々もたくさん参加していただいてスタッフも特に監督さんがとっても喜んでくれていました。ダンサーの親御さんを捕まえて着物の着付けを手伝っていただいたり、付き添いできた若者に普通に現場アシスタントしてもらったり、現場を回すのも堂に入ったもの。いやいやその前に皆さんに感謝しないといけません。皆さん一人ひとりの協力がなかったらとてもじゃないけど今回の撮影は成功するものではありませんでした。


予報ではばっちり雨だったのに、かえって日差しもさして来て
誰の行いがよかったのか、諏訪の神様、本当にありがとう
しかしながら、それでもてんてこ舞いの少彦名、諏訪湖での写真はこれっきり、まだまだいっぱいいいシーンがあったんですけどね








P1012867.jpg


高島城をバックに
今日もお美しい




P1012879.jpg


こちらは高島城砦内の護国神社で
忙しいといいながら彼女の写真は撮ってるんだよな




P1012906.jpg



音楽担当と
Beauty and the Beast  
そういったら、彼、声あげて喜んでたな




P1012909.jpg


もう、彼女の写真だけでいいかな

最初は私の事をむすっとしたやな奴だと思っていたんでしょうが、このころにはあちらから色々話しかけてきてくれて、楽しく時間を過ごせました

でも、彼女との英会話、半分もわからないんですけどね




P1012890.jpg


撮影はというと

アマンダ(Amanda)に袖にされ続けるプラシャーント様(Prashanth/பிரசாந்த்)
ロケはあと二日
バックの曲も空で歌えるようになりました






P1012897.jpg


女性ダンスマスターと
最初はどうなるかと思っていたけれど、今じゃ和気藹々のこの表情

皆さん楽しんでもらえたでしょうか?






P1012900.jpg

楽しそうで何よりです





撮影終了で一人ひとりに、お別れとありがとう
さすがにうるっと来ましたね





P1012936s.jpg




湖上にて一点を見つめるアマンダ嬢
というか俺のこと見てるのかな?

うん、そういうことにしておきましょう







Sajanaji Vaari Vaari - Honeymoon Travels



2007年上映のボリウッド映画『Honeymoon Travels』挿入歌
6組の新婚カップルが繰り広げる軽快なラブコメディ
曲も疾走感があって、無事、長野の撮影を終えた私の気持を端的に表すなら
成し遂げた高揚感を一曲で表そうとするならこんな感じ

疲れを吹き飛ばす私の大好きな一曲






それでは、皆さんありがとう
மிக்க நன்றி. ミッカ ナンドゥリ!!








上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。