アイヤッパへの道 vol.12

2017.09.16 (Sat)
政府転覆 第二節

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  (前記事からの続き→政府転覆 第一節を読む) 

一般住居に描かれた『ドラーヴィダ進歩党 / Dravida Munnetra Kazhagam ; DMK 』 のポスター。
第一節で紹介した『 AIADMK 』 の対立野党。
もともと、現在の与党、AIADMK はこのドラーヴィダ進歩党から分裂したもの。それ以来骨肉の抗争を続けている。
カースト根絶などを掲げ、結党当時はインドからのタミル・ナードゥ独立を謳っていた。貧困層からの支持が厚く、真っ黒な制服で統一された支持者たちの集会は一種異様なものさえ感じる。
改めて書かせていただくと、AIADMK も DMK も、タミル・ナードゥの二大政党はドラヴィダ人を中心とした南インドの地方政党。デリー中央政府とは距離を置いた一線を画す存在である。



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警察官に保護されるサシカラ・ナタラジャンの妹の旦那。インドに到着して初めてテレビで見たニュースの報道です。
いきなりショッキングな画像で申し訳ないがインドの政治の雰囲気というものを感じていただくためにあえて掲載しました。
州首相の死去に伴ってタミルの政治は混とんを極め、その状況は現在も続いている。混乱の中、党首の後釜に座ったサシカラ・ナタラジャン、その義理の弟を襲撃したのは何を隠そう、同じく彼らの所属する政党、『 AIADMK 』 の幹部と支持者たち。警官に助け出された彼自身もそのまま逮捕されることになります。


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首相の死をきっかけに、堰を切ったがごとく腐敗の噴出するタミル・ナードゥの政治。混沌を極める政府を映し出すテレビの画面と同時に、一般庶民の生活は、そこにはそれ以上に過酷なさらに厳しい現実が映し出される。

私がインドについたのが12月29日、埃にやられのどを壊し高熱に浮かされた一か月間には実は理由があるのです。
私が滞在していたこの一か月間、一日、いや一瞬たりともここには雨が降らなかった。それどころか、私がインドに渡る一か月前から、乾季でもないのに一滴の雨も降っていなかった。農業にとって一番大事な時期、収穫の秋にここタミルでは過去最大規模の大干ばつが起こっていたのです。
政治の混乱を報道する映像とともに毎日、欠かさぬことのように農民たちが困窮のどん底にあえいでいる映像が映し出されます。毎日、5人、10人と集団自殺する村人の映像が映し出されます。二階家の低い屋根から次々と飛び降りて地面に頭をたたきつける一家の映像がそのままテレビ画面に流されます。悲しいです。恐ろしいです。混乱の中、自己保身に走る政治家たち、彼らに見捨てられた農民たちが虫けらのように死んでゆく。彼らにはもはや苦しんでいる民の声など聞こえません。



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方や、テレビではますます尊大にふるまうサシカラ・ナタラジャン女史の姿が。周りを取り囲む真っ白なクルタをまとった長老たちが彼女に向かって手を合わせます。それを見ているインドの民衆は冷ややかにせせら笑い。
しかしながら政治の流れは止められない。
彼女を担ぎ出すことによって得する政治家がごまんといるのでしょう。操り人形としてはもってこい。そのうえ議員を選ぶ総選挙は5年に一度、たとえ首相が亡くなったとしても現与党、AIADMKから後釜を選出するのは変わらない。次期タミルナード首相はサシカラ・ナタラジャン、彼女しかいないわけです。



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民衆に愛されて亡くなった前首相、J・ジャヤラリタ女史、人々は彼女のことを『インドの母』と慕いあがめます。
彼女が政治の世界に躍り出たきっかけは初代党首、銀幕の大スター、M・G・ラマチャンドランとの親密な関係でした。俳優時代、何度も共演した彼ら黄金コンビ、AIADMK を立ち上げた元タミル首相とは長い間、愛人関係だったようです。そのうえ、ラマチャンドランが亡くなった後、ラマチャンドランの奥様、彼の後継として党を率いた新首相をその剛腕でトップの座から引きづり降ろし、あっという間に政治の頂点に昇り詰めた、インド史上一、二位を争う女傑なのであります。首相在任中に汚職疑惑で逮捕されたこともあり、しかし、裁判では勝訴、再び返り咲いた彼女を『タミルの妖怪』と揶揄する声も実際は多いのです。



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日本でも加計学園の問題だとか森本学園の問題とかいろいろ騒ぎになってます、インドのこの政変を眺めているとこんなもの大したことはないですね。自分の近しい人、信頼できる人に大事を任せるのは自分にてらしてみれば至極当たり前のことで、中枢にいる権力者の周りにはどこの馬の骨ともわからない偽右翼の金の亡者がハエのようにわらわらと寄ってくる。法律に抵触しようが他人から痛くない腹探られようがそこは人、人情というものがあればそれに引きずられて時には石ころに躓くこともあります。
少年たちと、日本とインド、戦ったらどっちが強いかって、大の大人が大人げなく、日々大論争したものです。彼の母親がわきでほほ笑む中、日本は絶対に負けないという勝利宣言を勝ち取ることはできたのですが。さて、日本で右翼思想というと日本大好き、軍備拡張、憲法改正ということなのでしょうが、今回も含め外国人と話していて確信したことなのですが日本で右翼的といわれる考え方は海外ではいたって普通、一般的な人の意見だということです。憲法9条は日本の宝でしょう。唯一の被爆国という現実は変わりません。しかしそんな感傷に浸っている時間はあまり無いようです。世界のほとんどの人が日本の憲法など、まして9条の存在など知る由もなくもし9条を知っている知日家がいたならば、彼らはその内容を絵空事だと馬鹿にし、一笑にふすでしょう。『あんたの国は9条のせいで何もできないね。日本人は憲法と心中すればいいよ』
今朝も北朝鮮からミサイルが飛んで来ます。もしかしたらこの記事が私の最後の記事になるかもしれません。



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インドの友人は5年以内に政治家で立候補するといっています。
遠くに行かないでほしいな。できるなら彼のそばにいて何かしら役に立てれば、彼は優しいからおかしなことに巻き込まれないように、間違った道に進みそうなら道にそれないように。家族や身内、人情の厚いインドの世界では正義を貫くのは日本以上に難しいようです。




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 J・ジャヤラリタ首相の死から二か月後、2017年2月14日、私が帰国した直後サシカラ・ナタラジャン / V. K. Sasikala が遂に逮捕されました。青天の霹靂、同じ党内のライバル議員からさされたようです。三つに分裂してしまった党内を立て直すための人身御供だったといううわさもあります。彼女は死亡した元首相とともに長年、国家の予算を着服し、資金洗浄する役目を果たしてきました。同僚議員の告発で彼女らの側近、手を染めていた彼女の家族ともども連行されてしまいました。故タミル・ナードゥ首相、インドの母と慕われたJ・ジャヤラリタ女史の隠された悪行もこれで公になったわけです。次期首相の座を狙っていたサシカラ、彼女の野望もこれでついえました。政治の混乱はいまだ続いています。



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さて、おなかがすきました。ラーメンでも食べてきます。急いで書きましたから誤字脱字多々あるかもしれません。帰ってきてからゆっくり校正しますのどうかよろしく。


では、最後に、亡くなったJ・ジャヤラリタ女史とM・G・ラーマチャンドランの競演シーンでお別れです。
この物語の始まりの時
きっと彼らが一番輝いていた瞬間に








MGR Jayalalitha super hit songs
எம்ஜிஆர் ஜெயலலிதா சூப்பர்ஹிட் ஜோடி பாடல்கள்




全二部作、渾身の大河ドラマ
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アイヤッパへの道 vol.11

2017.09.14 (Thu)
政府転覆 第一節

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泊めてもらった友人のアパートはチェンナイの超高級住宅街。
隣にはインドで知らぬ人がいない映画俳優のお宅が。すぐ裏にはタミルナードの首相 の豪邸が控えています。




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政治家や映画俳優、軍関係者や企業の社長など、国の要人や著名人が居住する一等地。区画の入り口にはバリケードが設置され警察官が常時、警戒に当たっています。



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特にここ一か月は警備も百人単位で増員され、町中が警官だらけ。見るも物々しい超厳戒態勢です。

というのも、2016年12月4日、時のタミル・ナードゥ州総理大臣、友人宅の裏手に居を構える Chief Minister 『 J・ジャヤラリタ /J. Jayalalithaa 』が首相在任中に病気で死去してしまったからです。
その日から彼女の邸宅のあるこの街には何百人という警官たちがあふれ、日々報道陣がカメラをもって首相宅の門前に押しかけてきました。



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J・ジャヤラリタ女史
元タミルの映画女優、国民からアンマ・お母さんと慕われ、14年にわたって首相の座に君臨した大物女性政治家です。
政治に興味がなくともインドに行った方なら一度はその顔を見かけたことがあるかと思います。チェンナイを訪れれば街のあちこちに彼女の肖像画を見かけることができます。彼女は元女優、タミル・ナードゥの伝説的ヒロイン。彼女に限らずインドの政治家は映画出身者が非常に多く、彼女が所属した『 全インド・アンナー・ドラーヴィダ進歩党 』の創設者、MGラマチャンドラン / M. G. Ramachandran も往年の映画俳優、銀幕の大スターでした。




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AIADMK歴代党首、若かりしときのお二人

インド人は映画が大好き。それも私たちが理解できないほど熱狂的に。スクリーンを見つめる観衆達は物語の主人公とともに悪党をバッタバッタとやっつけて、弱きを助け、絶世の美女と恋をする。初めてインドを旅した時に感じたのは彼らインド人はもしかしたら映画やテレビに映る架空の物語とニュース報道やパキスタンとの戦争の映像をごっちゃにして見ているのじゃないのかと、家族みんなでテレビの前に集まり瞬きもせず食い入るように見つめるそのまなざしには一種の恐怖すら覚えたものです。そんな彼らには画面に映し出された俳優たちを、主人公さながらに神格化してしまうのはお茶の子さいさい、映画スターのブロマイドがシバやビシュヌ、ブッタやキリストなどの神様達に交じって一緒くたに売られている。一度走り出したらもう手が付けられない、群衆の力の一端がその瞳の奥に垣間見えるようです。




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さて、彼女の死後、そのどさくさに紛れて党首の座に就いたのがこの人。ジャヤラリタの付き人で古くからのお友達、『V. K. Sasikala / サシカラ・ナタラジャン』です。過去、全く実績のない一介の秘書、元チーフ・ミニスターの身の周りのお世話をする単なる付き人だった彼女が、亡くなった女性首相のお友達だったというだけで突然州のトップに躍り出たのだから当の世間は大騒ぎ。国家の式典や記念行事、ことあるごとにテレビ画面に登場し、亡くなった前首相の弔いにさめざめと泣いて見せるその様子は部外者の私が見ても痛く滑稽で至極胡散臭く見えてしまう。この期に乗じて民衆たちは各支持政党に結集し、統一された真黒な衣装に身を包み、各地でデモ行進を繰り広げ気勢を上げる。たちまちタミルナードの政治は混乱の極みに達し、テレビの報道は日本さながらワイドショーの様相を呈してゆく。赤と黒を基調にした各党の党旗が町中を埋め尽くして、一触即発の事態のようです。

党旗のもと集まり来た群衆の周りを縫って走る白い車列、政治家が乗る車には赤や青のパトライトが付いていて、政治家御用車は緊急車両と同じ扱い。パトライトを点滅させれば信号無視もスピード違反も天下御免、警察や政治家、軍隊などの国家権力はそれはそれは絶対で民衆にとっては守ってくれる存在というよりは恐れおののく強大な暴力のようにみえます。



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インドの政治はしばしば暴力事件に発展します。インドの政治家はマフィアより怖いと友達は言います。
そういえば、何年前だったか、その友人が突然帰国することがあって、何かあったのかと聞くと彼の友人の政治家が殺されたから。今回のこの騒動でも、私が帰国した後のことですが、IADMKの議員がついに狂暴の犠牲になってしまったそうです。殺人の映像がネットにアップされているとかいないとか。ショッキングなものに耐性のある方は自己責任で探してみてください。

書いてるうちに私も暴走してしまったようです。今回のこの記事は独断、私見もかなり混じっているので、皆さま、すべてをうのみにすることなく、客観性を若干欠く部分もあるかとは思いますが何分実際に見てきた事柄をそのままの体温でお伝えしたいとその辺を重視しての筆の誤り、ご承知の上ご容赦のほどを。
さて、政府転覆第一節、初めての二部構成でございますが今夜はこの辺でお暇を。続く第二話も相変わらずのダークなトーンでの書き出しになりますがちょっと長いトンネルだと思って皆様しばしのお付き合いを。






The Au Pairs - it´s obvious








The Au Pairs - it´s obvious

あんたらは平等、でも違ってる
あんたらは平等、でも違ってる
あんたらは平等、でも違ってる
あんたらは平等、でも違ってる
あんたらは平等、でも違ってる
あんたらは平等、でも違ってる
あんたらは平等、でも違ってる
あんたらは平等、でも違ってる

そんなの見え見え
そんなのバレバレ
そんなの見え見え
そんなのバレバレ


           訳 少彦名









アイヤッパへの道 vol.10

2017.08.03 (Thu)
第10話 インド人の日常

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連日のパーティは乾いた朝の光の中に溶けてゆき、遠方からやってきた親類、友人たちはまたの再開を誓い三々五々ホテルを去ってゆく。

写真は笑うブッタ / Laughing Buddha 日本でいう七福神の布袋さんです。流行しているのか、いろいろなところで目にします。
私たちも誰もいなくなったホテルを後に、チェンナイ市街の友人の家に移動します。




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リビングで就寝中の友人
アイヤッパ巡礼が終わるまではベットの上で寝てはいけません。
でも、巡礼云々に限らずインドを旅行していると普通に雑魚寝している姿を目にします。というか、ちゃんとベットで寝ているほうが珍しい気がします。

ということで、今夜はインドでよく見るインド人の日常、少彦名が見たインドのあるあるをご紹介いたしましょう。






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“朝起きると知らない人がたくさんいる”

家族なのか親戚なのか、はたまた友人なのか。入れ代わり立ち代わりたくさんの人が何食わぬ顔で普通に出入りしてます。そのうえ見ての通りに我が家のごとくにリラックス。どこからどこまでが家族でどの人が友人で、あ、この人はドライバーさん?主人も奥さんも特に気に留めるでもなく一緒に食事をして一緒にテレビを見てくつろいでおります。
赤いギターは私の旅の道ずれ、私が旅してきた国々を一緒にめぐって見分してきた気心の知れた相棒です。








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お手伝いさんの娘さん。
特に遠慮する様子もなく、家族のように接していました。
朝、一緒に朝食をとってこれから学校です。










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“テレビのチャンネルが500以上ある”

インドは 29 の州と、7つの連邦直轄領に分かれています。当然テレビ局もそれぞれがそれなりに放送していますから、全部まとめたらととんでもない数になるわけです。子供たちが楽しみにしているアニメはほとんどが日本製、ハットリくんもボタン一つで、タミル語からマラティ、ヒンディー語とバイリンガルで放送されています。
でも、どの地方の放送でもやっぱり決め台詞は『ニンニン』でした。

家で退屈しているときは大概 NHK を見てました。日本で見る番組よりも外国人向けにより日本色を前面に出した番組ばかりで、私も知らない日本があったりしてなかなか楽しめました。それにえらくおしゃれな構成で、美しい映像ばかり。おかたい日本の番組とは大違いです。日本食のクッキング番組には早見優さんがレギュラーで活躍してました。
番組と番組の間にちょっとしたコンサートのコーナーがあるのですが、それがまた出色のプログラム。海外のヒット曲を日本の楽器で演奏するのですがそれがまた誇らしいやら美しいやら、涙が出るほど素晴らしいのでちょっと一つだけご紹介しましょう。





Stairway to Heaven-Led Zeppelin
Japanese Cover-Nijugen-Koto



天国への階段  レッド・ツェッペリン 


それでは
お琴の美しい音色を楽しみながらお話の続きを










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“インド人は日本が大好き”

『一般参賀で集まった国民に手を振る天皇陛下御夫妻』
他国の元首のニュースが普通に新聞の記事になっています。取り立てて何があったわけでもないのに天皇陛下の写真が頻繁に新聞に掲載されます。もしかしたら日本の新聞より登場頻度が高いかもしれません。ちなみに、「私は日本から来ました」と答えると間髪入れずに「スーパーカントリー!!」と笑顔で叫びます。





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“笑顔が素敵”

もう、これは皆さんもよくご存知ですね。





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“南インドのほうが食事がおいしい”

これ、バックパッカーの常識。日本で普段目にするインド料理というといわゆるドロッとした北インドスタイルがほとんど。油が多めのこってりしたものを想像すると思いますが南インドのカレーは油控えめ。さらっとさっぱりした味付けが特徴。ハーブ系のフレッシュスパイスも多用して疲れた胃袋にも優しいさわやかでヘルシーな料理です。
南インドで定食を頼むと基本食べ放題です。お皿が空になるとつかつかっと小僧がやってきて無言で無造作にカレーをお皿に放り込んできます。もういりませんといわない限りこの無間地獄は続きますのでインド旅行の際はどうかご注意を。
スパイスは北に比べると辛い傾向にあって中には私でも食べられないのがあったりします。もし辛いの苦手という方はイドゥリやドーサなどを頼んでみてください。全くスパイスを使っていない食事もたくさんあるのでインドにつかれたときは南インドで胃袋を休めます。



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売り上げに貢献しないとね





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“インドのお菓子は甘い!”

甘すぎます!!砂糖の塊を食べているようです。手も口もすべてのものがベタベタになります。でも、慣れてくると無性にそれがたまらなくなります。乾燥した気候のせいでしょうか、熱風に吹かれて当てもなくさまよう体には即効果のあるカンフル剤です。





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“太ってます”

特に南インドの人は。お金持ちになればなるほどおなかが出てきます。そして太ってる人は、もてます。映画でもタミルの女優さんはふっくらしてます。ヒロインとしてはたぶん日本だとアウトのレベルです。でも、私は好きです。ふっくらしてる女性のほうが落ち着きます。
先ほど南インドの料理は油控えめでヘルシーとお話しさせていただきました。でも、あれだけ食べたら太るのは当たり前です。そのうえ夕食は就寝する直前に食べることが多いです。深夜、おなか一杯のまま布団に入ります。




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“非常に信仰深い”

誰もが知ってるインドのイメージですね。写真は友人のマンションにあるガネーシャの祠、インド人の生活はすべて宗教を中心に動いています。インドという国は地方で言葉も文化も人種も違う様々な国の寄せ集め、でもそれを一つにまとめているのが宗教。生活習慣からものの考え方から倫理観まで、すべては宗教を基本にしています。ヒンドゥ教=インドといってもいいかもしれません。インド人ならばイスラム教徒でもキリスト教徒でも、根底に流れるのはヒンドゥの教理のようです。
だからと言って日本人の私たちが彼らに引け目を感じることなどありませんよ。インドに行くたびに彼らと接触するたびに、私は日本人の持つ宗教性を深く感じることができます。私たちが普段意識することのない日本の日常にいきわたった良き日本の神々、「日本人は無宗教だから」などと脅しを使って近寄ってくるカルト信者にはくれぐれもご注意を。





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カーリーが憑依した人、みんなからお賽銭貰ってました。



“幽霊を異常に怖がる”

これは日本とインドの環境の違いからじゃないかと考えてます。
だって、インドで闇夜に山の中歩いてたらトラに食われるか蛇にかまれるか象に踏んづけられるかして死んでしまいますから。






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“カメラを向けるとポーズをとる”

別にあなたをとってるわけじゃないんだけど・・・








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“カラスが小さい”

というか日本のカラスがでかい。








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“ポトスがでかい”

おなじみの観葉植物、人の顔ぐらいあります。でも、これはまだ小さいほう。雨期になるともっとでかくなって子供一人乗れそうです。



ほかにも、シャワーは朝浴びるとか、朝起きたら忙しくてもチャイは必ず飲むとか、う〇こは左手で拭くとか、お金は右手で渡すとか。
インドのことがなんとなくわかったところで、最後に、インドの食事風景をご覧ください。お皿はバナナの葉っぱ、右手でひたすらにぎにぎしています。食べ終わった後はまるで舐めたかのようにお皿の上はピッカピカ。よくも指だけであんなにきれいに食べられるものかといつも感心します。
インド人の食べる様子を見ていると日本でよく話題に上る『カレーとご飯は混ぜるべきか』という議論がいかに不毛なものかよく理解できる事でしょう。そう、カレーの食べ方にはルールはないのです。けっこう、左手も使ってるし。





カレーを食べる人








アイヤッパへの道 vol.9

2017.07.28 (Fri)
第9話 Kabali

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マハーバリプラムの町は相変わらず鄙びていてそれでもバーだとかヨーロピアン好みのお店が増えました。
本当の一人旅なら一週間くらいはここで沈没してるでしょう。




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あてもなくバスに揺られているのは気持ちのいいものでインドのバスの座席はとてもリラックスできるしろものでもないですが、やっぱり帰りも学生さんたちが群がってきてゆっくり寝かせてはくれません。
退屈しないあっという間の二時間のバスの旅。






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初めて来たときはホームレスの子供がわんさかいたのですが今回はそう言った風景をほとんど目にしませんでした。
たぶんそんな場所にあまり行かなかったせいもありますが生活水準は目に見えてよくなっているようには思えます。





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夜はいつものようにいろいろな人が来て飲んだり食べたり歌ったり




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時には高級ホテルで映画界のセレブ達と優雅なお食事
同席したのは誰もが知ってる芸能人、そしてテーブルに並んだ高級料理は・・・やっぱりカレーなんですけども






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タミルナードのビール
なぜか金魚が「強いでっせ!」とプロデュース。インドのお酒に共通するのですが、発酵が中途半端なのか穀物の甘みというか雑味というかのど越しがあまりよくないんです。インドのビールはアルコール度数が高めでどれも鼻に重い香りが残ります。『British empire beer』 ラガービールで度数は6度。







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映画関係の人が多かったですね。
それもかなりの有名人、俳優さんだったり女優さんだったり、作曲家だったり監督だったり





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Ramya NSK タミルナードの有名歌手


ここでちょっとタミルの映画事情などを一つ
この方はインドでもとんでもなく有名な人のご家族。インドのチャップリンとまで言われたインド映画創世記のコメディアン、クリシュナン / N S Krishnan のお孫さん ラマヤ NSK です。
祖父の N S Krishnan は1950年代に活躍した俳優、歌手で初期のタミルナード映画界において重要な役割を担った人です。The Nadigar Sangam / South Indian Artistes' Association、南インド芸術家組合の初期会長も務め、その活動は芸術分野にとどまらず政治活動にも深く及んでいます。実際、何度か殺人を含む事件に巻き込まれ彼自身も刺されるなど相当危ない思いもしているようです。タミルタイガーという名前で思い出される方もいらっしゃるでしょう、彼が深くかかわったスリランカの内戦問題。当時のニュースだとタミルタイガーはタミル人の民族主義的テロリストと報じられることが多かったようですがタミルの人から聞く限りでは残虐の限りを尽くしていたのは当時のスリランカ政府、ジェノサイド『民族大虐殺』と非難されてもおかしくない状況だったようです。テロリストが乗っていると称して女、子供でいっぱいの難民船を襲撃、皆殺しにしたりタミル人の集落を襲っては焼き払うなど極悪非道の行いは日常茶飯事、一年間に5千人以上のタミル人が虐殺されたという記録も残っています。彼らタミル人の言を総合すると私たちが新聞やニュースの報道で見てきたものは偏向報道の度をはるかに越えている感があります。というのもインドの中央政府はデリーにある北インド中心、彼らにとってはスリランカ、および、スリランカをバックで支援するアメリカ、イギリスなどの欧米諸国と事を構えるよりもパキスタンのイスラム国家との紛争のほうが重大事案であり南インドで起きていることを国際問題として大きく取り上げることはあえてしなかったようなのです。要は日本に伝わる情報はすべてスリランカからの発信で、殺されてゆくタミルの民衆の声は世界には届かなかった。ともあれ、インドの映画界は政治とは非常に深いかかわりがあり、特にタミルナードは昔から政治的な関心が強い場所、もともとインドに古くから住んでいたドラビダ人の国、インドの古い伝統を担う誇りと中央政府との軋轢が特殊な政治観をこの地域に生み出しています。実際、私がインドにいた時も国を揺るがす大きな政治的問題がいくつも同時に起こっていて、先の俳優クリシュナンさんが会長を務めていた South Indian Artistes' Association に赴いて政治的支援に参加する羽目になったことはタミルナードという土地がインド国内でどういった位置にあるのかを改めて認識させられる出来事だったと感じています。
ちなみに、インドは29の州に別れ、タミルだけでも一億を超す日本よりも大きな国。インドとはそれぞれに言語文化の違う独立国家の集合した共和国と考えたほうがしっくりくる場合が多いです。

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タミルナードを知ってもらうためにちょっとばかり話が脱線しましたが、宴会はとても和やかに。彼女もプロの歌手で映画などで活躍する芸術家、おじいさんの歌った歌をみんなで合唱しました。








ENGHKEY THEYDUVEYN / N S Krishnan




アイヤッパ寺院への巡礼の旅、マイクロバスの長い長い道中の間、何本もタミルの映画を見せられました。言葉もわからず長いし退屈極まりなかったのですが何本かは見ていて、なるほどなという作品がありました。印象としては昔のようにただ歌って踊って恋をしてというファンタジー的なものよりもよりリアルで時には残酷でやるせない気持ちにさせる物語が多くなってきているようです。『太陽がいっぱい』を下敷きにしたのでしょうか、優しかった父親の死後、浮気を続ける母親と浮気相手が密会している自宅に火をつけて焼き殺してしまう子供、更生施設で十分な教育を受け出所した直後、ひょんなことで他人の名をかたりなりすまして大学に通うことになる。ルームメイトの大金持ちとは親友の中、しかし彼に自分の素性がばれそうになった時、もみ合って倒れた友人はテーブルに頭を打ち付けてそのまま死んでしまった・・・・思いがけぬ事件が重なり追い詰められてゆく孤独な一人の青年の一生を描いた悲しい物語。あいにく旅の都合で最後まで見ることができなかったのですが、この映画だけはもう一度見ておかないとと思ってます。題名は・・・・忘れました。


最後までしっかり見れた映画といえば日本でも『踊るマハラジャ』でおなじみのラジニカーント、セリフがわからないながら一気に退屈することなく見れた2016年、去年大ヒットした映画『カバリ/Kabali』です。スーパーヒーローの今回の役柄は、なんとダーティーな暗黒街のボス、冷酷非道なマフィアの親分です。『ロボット/Enthiran』などの以前の映画では、おとぎ話の主人公、完全無欠のヒーローを演じていた彼ですが、今回のこの作品では年齢も彼の実際の年齢そのままで、リアルちょい悪親父、等身大のラジニカーントを堪能できると大いに話題になりました。インド版リアル任侠やくざ映画です。死んだはずの人が生きていたり思いもよらない人が自分の子だったりとストーリー的に「ン?」てところも多少ありましたが、北野武のアウトレイジでも見ましたか?というほど殺し方がなかなかえげつない本格バイオレンス。次回作撮る気満々のエンディングもなかなかスタイリッシュでインド映画に全く興味のない映画ファンでも十分楽しめる力作に仕上がっています。巷の若者の間では「カバリラ!」が合言葉のようになっていました。





さて、今夜はちょっと、観光から離れて映画の評論の真似事などを。内容もいつになくハードな、初めての映画レビューでした。
それでは等身大で復活したスーパースター
「ラジニカーント」の活躍をお楽しみください。





Kabali / Rajinikanth / Neruppu Da






インドの友人はラジニさんとちょっとした知り合い
一度お会いしたいです




アイヤッパへの道 vol.5

2017.07.17 (Mon)
第5話  Unhappy New Year

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空港に降りたその日のうちにのどをやられ、インドでの大みそかはついにベットの中で迎えることになりました。
胸の奥のほうからこみあげてくる重たい咳、始まると呼吸困難になるほど止まりません。
空気は非常に乾燥していて日本でもインフルエンザのはやる時期。大気の汚染もありますが日本人にとって全く免疫のない未知のウイルスが悪さをしているのでしょう。
きっと計ったら40度近く熱はあったと思います。




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インドの薬を飲んで半病人ながらなんとかパーティーに出席
突貫工事で仕上げていた地下のラウンジは作業完了して見事、パーティーに間に合わせることができました。
お友達から親類から、映画俳優から政治家から2~300人はゆうにいるでしょうか、元気だったら賑やかにやるんでしょうけど、音楽も耳に入らない。



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プロの歌い手さん、映画なんかでも歌ってて有名な人だそうです。女性のほうは親類だったかな、お嫁に来て今は普通の主婦をやってます。




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映画業界の面々
日本で撮影する際はよろしくお願いいたします。





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宴も最高潮、私の体温も限界に近付いております。




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ホテル・ヒラリティ・インのスタッフ
笑顔のかわいい明るい人たちばかり
この笑顔がインドの何よりのおもてなしです。






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カウントダウンでハッピーニューイヤー
ホテルのお客さんも、近所の住人も交えての新年の宴
日本から3時間30分遅れのあけましておめでとう






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なんとか新年を迎えることだけはできました
地元のコーラをもらって部屋に退散、「Bovonto」はタミルナードの飲料メーカー、一本50円くらいです。
昔はチェンナイ市内に300の飲料メーカーがあったそうで、コカ・コーラやペプシとの競争で現在残ったのはこの会社を含めてほんの数社、日本でいえばチェリオみたいな会社かな。
味は炭酸弱め、チェリーコーラみたいな味がするけど後でホームページ見たらブドウのフレーバで風味付けしてるんだって。
余談ですが3月にインドの流通業者がコカ・コーラやペプシのボイコットを打ち出したそうです。実はタミルナードは去年から続く大干ばつ、大義名分としては地下水を大量に汲み上げる巨大企業への制裁という意味も大いにあるのでしょうが地元に愛される企業を守りたいという地元っ子のタミル魂が運動を下支えしているようです。

残念ながらせっかくのパーティーなのに今日は書けることがあまりありません。日記の体裁を整えるための関係ないこんな与太話のみ。しかしインド紀行文のインドの新年、一つの区切りとして書いておかないと。
さて、早く治して明日から仕切り直しです。







Disco Dancer (1982)
Auva Auva Koi Yahan Nache





ホテルの部屋のカーテンと重なってニューイヤーパーティーのミラーボールの光が熱に浮かされた目ににじんで見える。ベットに横たわる私は現実と幻のはざまで、沸騰する脳みその中は歌い踊る歌姫のコーラスと交錯するまばゆいネオンで私の体は無限の宇宙に放り出されてしまいました。私は誰?ここはどこ?それでも病床のあの切ない孤独感がないのはきっとたくさんの友達に囲まれているからでしょう。
第一話、アイヤッパへの道 vol.1でも紹介した映画『Disco Dancer』の挿入歌、イギリスのバンド、バグルスの曲『ラジオ・スターの悲劇』の丸パクリです。作曲したのはカルカッタの巨匠、『バッパ・ラヒリ/BAPPI LAHIRI』以前紹介した曲と合わせてご堪能ください。私のようにおかしな気持ちになりたい人はBAPPI LAHIRIで検索するといいかもしれません。変な曲ばっかり。




Bappi Lahiri
Yaad Aa Raha Hai Tera Pyar Kahan Hum Kahan





バッパ・ラヒリの作品、『ディスコ・ダンサー』からもう一曲、こちらもなかなかのもの。結構いろんなところで耳にします。ところでそんなにギター振り回したら危ないって!
この映画は世界的に好調な興行をあげたようで、意外なところではソ連などでも大ヒットしています。
映画と同名の曲、アメリカのテクノバンド『ディヴォ/DEVO』のDisco Dancerはこの映画にインスパイアされて制作された曲。




The Buggles - Video Killed The Radio Star




元曲がこれ
とりあえずちゃっちゃと簡単に済ませようと思ったら、今日もしっかり書き込んでしまいました。
ア♪ハナチェナチェ・ハナチェナチェ♪












アイヤッパへの道 vol.3

2017.07.08 (Sat)
第三話 Drishti Bommai

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到着して二日目、ハイウエーを挟んでホテルの向かいにある小さな村を訪ねます





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幹線道路から一歩入ると、そこは数軒の平屋が点在する静かな村。開発から取り残された人々がささやかに暮らしています。





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コの字になった道を挟んで、土埃の舞う荒れ地に二十軒ばかり、ブロックやレンガで積まれた簡素な家がぽつんぽつんと点在しています。





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カメラを提げた東洋人、遠目で見ていた村人はそんなよそ者にも優しく微笑んでくれます。
「ナマステ、フォト・プリーズ」
彼には写真をあげるよと約束したのに近くに現像屋もなくついに手渡すことができなかった。
また会いに行かなきゃな






Drishti Bommai




新築現場につるされた不気味な人形、壁には舌を出した真っ赤な鬼のお面も見えます。
ドゥリシティ・ボゥマイ、邪気を払うおまじないです。






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Drishtiとは邪視のこと、英語で言うと『Evil eye / 邪悪な目』、嫉妬や羨望が人に災いをもたらすという民間信仰です。あのお面は自動車やトラックのフロントなどいろんな場所で見ることができます。つるされた人形は新築の家の中に獣が入ったりしないようにという案山子の意味もあるようで、ただし北のほうでは見たことがありません。
ドゥリシティから身を守る方法は地方によっても、またその対象が家だったり車だったり人だったり、動くものなのか動かないものなのか、生きているのか命のないものなのか、様々な状況により異なってきます。北インドではあの真っ赤な仮面も見ませんでした。その代わりにライムやトウガラシを糸で縛った魔除けを玄関先で見ることができます。
ちなみに家が出来上がった時にはあの人形は邪気と一緒に燃やされてしまいます。お面のほうは壁にかけたままドゥリシティから家族を守ることになります。



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多すぎる『おめでとう』が受けたものに災いをもたらす。人類学者、マルセル・モースが『贈与論』で紹介した「ハウ/物の霊」に似ています。贈り物、タオンガ/taongaに宿ったhau/物の霊をため込んでしまう、クラ/Kura(交易)の風/Hauを止めてしまうとそのものに災いが起こる。多すぎるおめでとう、溜まってしまった「Drishti」が人を取り殺すわけです。モースの著書『贈与論』に沿って改めてインドの現代社会を見てみると、インドの経済というのはモースの言う「potlatch」、富の再分配をいまに継承する、ポトラッチを現代に具現化した経済活動に他ならないように思えます。すぐに思い出すことができる事例、近近の出来事で記憶に新しいものとしてはタタ財閥の製造販売した大衆車、「タタ・ナノ」の存在ではないでしょうか。このプロジェクトの発案者であり総責任者のタタ・ラタン会長はこの事業に関して自社の利益を二の次に、けっして裕福ではないインドの大多数の大衆に向け、自動車という現代の利便性、社会インフラとしての乗用車という財産を分け与える決断を下しました。結局事業としては大赤字で大成功というわけにはいかなかったようですが、この辺の考え方は同じ新興国である中国とは大いに違うところ、インド人の持つ美徳の一つといえるかもしれません。
そしてその美徳の恩恵に大いに浴することになった少彦名、今回の私のインド旅行こそがまさにその『ポトラッチ』なのです。私を招待してくれた友人はこの私に対して見返りを期待することは全くありません。無償の善意によっていま私はこの国にいるのです。



もし、分け与えることなく私利私欲のために貯めこみしまい込んだ食物をとる者があれば、

「食物の本質を殺し、また摂られた食物に殺される」

マハーバーラタ、ブラーフマナの教義に見える言葉です。
また私はマハーバーラタの言葉を借りてこうも言う。

「王よ、王から物を貰うのは、はじめは蜜のように快いものだが、終わりは毒になってしまう」

私が多くの人から受けた恩恵に報いる日はいつか来るのでしょうか?






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改めて贈与論を読むことになるとは思わなかった。
学生当時は何か遠くで起きていることのように、ただ知識の充実という自尊心のためだけに、いやいや読んでいた気がする。それが何年もたってふとした拍子に腑に落ちるという事もあるものだなと。辛いカレーを食べ続けて、甘すぎるインドのお菓子をほおばり続けて「いったい、これのどこが美味しいというのだろう?」などと思いながら旅のバスの窓をふと見上げると突然にひらけるデカン高原の、あの抜けるような青い空、すっとそれら郷土料理の本当の味と秘められた意味を突然のように理解する。
キザな言い方をすればそんな感じでしょうか。






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女の子のように見えますが実は男の子、ある年になるまで髪の毛は切ってはいけないのです。日本でいえば元服、七五三みたいなもの。もうそろそろこの子も元気に育ったお祝いに丸坊主にされる時が来ます。
彼の額とほっぺにある黒いあざは墨でわざわざ書かれたもの。これも代々伝わる魔眼除け、Drishtiの一種です。ほっぺにあるのがドゥリシティ・マイ、額がドゥリシティ・ポット、maiはインクのこと、単にPottuというと既婚女性が額につけているあの赤いワンポイントになります。
幼い子に黒いあざをつけるのはあまりにかわいいと鬼や悪魔に連れてかれてしまうから。大事な我が子をケガや病気から守る大事なおまじないです。




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この子たち姉弟は元服が終わったようですね。

細かいことですが『Drishti Bommai』の Bommai は直訳すると『オモチャ』の意味。ここでは単にモノ、グッズぐらいで理解してください。悪運を払うためにお祈りしたりお寺回りをする行為も Drishti と呼ぶので形があるものとして Drishti Bommai と区別して呼ぶようです。





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先ほどの元服前の男の子の家のキッチン
後ろに積んであるのは牛のフンを乾かしたもの。これが火を起こすときの燃料になります






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この子は大きくなったら何になるのかな。
声をかけても何も話さなかったけど村の途中まで見送ってくれました。





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村の入り口のシバ神の祠。
しばらく木陰で犬たちと一緒にまったり
今日はほんの一、二時間、ちょっと歩いただけで思いのほか充実した時間を過ごすことができました。
さて、ホテルのみんなはもう起きたかな。起きていたとしても夜まで部屋でダラダラしてるんだろうし、どうせだらだらするんだったらこの子たちとのんびりしてたほうがいいな。両親そろって5匹の家族。生まれたばかりの三人兄弟、あんまりかわいいと日本に連れて帰っちゃいますよ。

しかしそこはさすがに血を分けた親子、見ての通り見事にシンクロしていました。






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Boom boom madu






どこかで聞いたようなメロディーですね。『Boom boom madu』タミル映画の一場面、『Boom』は首を振る様子、『madu』は牛のこと。装飾された牛と一緒に街を流して日銭を稼ぐ占い師です。Drishti、邪気払いの一つです。

占い師 「この家には近々いいことがあるかな」
牛 「ウン、ウン、良いことがきっとありますよ」

家の玄関先で歌を歌いながら。でも最近はアパートが多くなって訪ねる場所が減ってしまってほとんど消えてしまったそうです。そもそもあまり高級なお仕事ではないようでただただ横で首を振る牛の様子が転じて、イエスマン、太鼓持ちのことを「Boom boom madu」とタミルでは軽蔑して使うそうです。

そういえば日本で首を振る牛の人形といえば「赤べこ」
気になって由来を調べてみたら
「天正年間、蒲生氏郷(がもううじさと)が殖産振興のために招いた技術者から伝わった」
とありました。
さて、その赤べこを伝えた技術者とはどこから来た人たちだったのでしょう。そこでさらに蒲生氏郷を調べてみたらキリシタン大名とのこと、ヨーロッパの宣教師ともしばしば交流を持っていたようで、もしや彼ら、殖産振興の技術者とは西洋の船に乗せられてやってきたインドからの奴隷たち?、いわれてみれば赤べこの全身は目の覚めるような赤い色、『Drishti Bommai』の燃えるような舌の色のようです。さらによくよく見ればあの赤べこの体にある黒い点は?見送ってくれた男の子のほっぺたにあった『Drishti mai』のようでは・・・・・

これ以上脱線するのはよしましょう。
第三話でこのボリュームじゃ一生かけてもアイヤッパにはたどり着けない。





John Lee Hooker - Boom Boom




寄り道ついでに
『BOOM BOOM』といえばこの曲、一時期よく聞いてました









アイヤッパへの道 vol.2

2017.06.30 (Fri)
第二話  Hotel Hilarity Inn

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ホテル ヒラリティ・イン
友人がオーナーの三ツ星ホテル
丸一日かけてのインドへの道のりを経てやっとホテルに到着した私は疲れ切った体にビール一杯注ぎ込んですぐにベットの中に。七時間の時差なんて何のその、自腹じゃっ決して泊まらない見ての通りの素晴らしい部屋でしっかり熟睡できました。




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準備もそこそこ、慌ただしく日本を飛び出してきたこともあり、なんだかインドにいるのが夢の中の出来事のようです。これから一か月、怒涛の海外生活が始まるのですが、まづは到着第一日目。今回宿泊させてもらったホテル周辺のご紹介から。色々お世話になったので少しは彼のビジネスのお手伝いしませんとね
ロビーの歌舞伎の絵を見てもわかるとおり彼は大の親日家、日本で成功したインド人の一人です。今の自分があるのは日本のおかげだと常日頃口にしております。




ヒラリティ イン

Hilarity Inn
No.89, Vandalur - Walajabad Road, Vanjuvancherry, Padapai, Tamil Nadu 601301




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朝食はビュッフェ方式、マンゴー、パパイヤ取り放題です。
ホテルの中にはレストランが二つ、一階正面にベジタブル・インディアン、二階がお肉も食べられるノンベジです。カウンター・バーもあって、どの施設も宿泊客以外で利用できます。メニュー見たら結構いい値段してたけれどランチの時間は席もいっぱいでかなり混んでます。



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でも、周りは何にもないんですよね。
宿泊客は主に近くの工場、会社に来た外国からの海外出張のお客さん。日本のビジネスマンも大勢利用します。観光主体のホテルとは違って年末のこの時期はシーズンオフということで宿泊客もまばら、私たちの他はフランスの若いエンジニアが二人、年越しをはさんで一か月の長逗留をしているだけでした。そうそう、彼ら、『Renault Nissan Factory』日産の工場で働くロボットのエンジニアって言ってました。
もしインドに来て観光シーズンの混雑時にホテルが取れなかったときなんかはこういうホテルを利用するのもいいかもしれません。





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ホテルの裏に回ってみると何やら工事中です。
半分出来てて半分作っててというのはインドではよくあること、駐車場の整備かな?この程度なら全く気になりません。




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こちらは夫婦で土間のコンクリート工事、機械があればもそっと楽にできるのでしょうが。ここでは全くの手作業、トロ船すらありません。日本じゃ雪が降っているというのに今日は夏の炎天下のよう。頑張ってください。





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毎日の警備ご苦労様です。警備の方からこの辺のことをいろいろと情報収集、以前はこのあたりは見渡す限りうっそうとしたジャングル、ハイウエーができてここ10年間、風景も随分変わったそうです。
ホテルの一階にあるベジタブルレストラン、看板の文字が欠けているのは決して予算不足というわけではありません。2015年の100年に一度といわれる大水害の時に壊れたそうです。ここに来る途中にも街路樹の巨大な大木が軒並みなぎ倒されたままだったり、大きな空き地にがれきの山がうずたかく積んであったり。東北の大震災を連想させるような光景がまだ残されていました。台風に慣れているインドの人も今回の大風は身も凍る体験だったと言っていました。

彼のレストランはチェンナイ市内にもあります。ベジタブル専門店。中華風の料理もあるのでカレーにつかれたときは行ってみるといいかも、特にネパールの若いシェフが出勤しているときに料理してもらったインディアン・チャイニーズは絶品です。ちなみに隣はやっぱり友人がオーナーのアイスクリーム屋さん。

Nivedhanam Veg International

234,, Venkatachalam St, Mylapore, Chennai, Tamil Nadu 600004



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ハイウエーをはさんでホテルの向かいにあった看板
この辺は日本企業も多数進出していて日本のお客さんもたびたび訪れているのでしょう。きっとこの看板、そんな常連さんが作ってくれたんでしょうね




                       
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ただいま一階に大きなバーを建設中、水槽やイルミネーションをふんだんに使った豪華なものです。
オープンは二日後の31日。果たして大みそかのニューイヤーズパーティまでに間に合うでしょうか







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この辺はまだいいけど市街地は埃や排気ガスですさまじく空気が悪いです。なんだかさっきからのどが痛いんですよね









Poovoma Oorgolam   போவோமா ஊர்கோலம்




1991年、映画『Chinna Thambi』の挿入歌、ブログ始めたころに一度紹介しました。タミルの曲で一番好きな曲です。






神田カレーグランプリ

2016.10.31 (Mon)
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南インド料理シリバラジ
神田カレーグランプリに初参戦!!


会場     小川広場
最寄駅 小川町(都営)/ 御茶ノ水/ 神保町
日程   2016/11/5(土) ~ 2016/11/6(日)




カレー激戦地
神田にてカレーNo.1を決める一大イベント!
食べるほうも作るほうも、張り切ってまいりましょう!!





シリバラジ レストランプロモーションビデオ




ラジニカーント Rajinikanth Ballelakka intha poraputhaan 


ディワリ・イン・ヨコハマ2016

2016.10.24 (Mon)
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横浜は何年ぶりですかね
それこそ海のない長野に越して仕事とはいえ私一人はリゾート気分ですな




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澄み渡った空に青い海
この解放感は山の人となった私にとって久しく忘れていた圧倒的な感覚



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さて、お店といえば今日もやる気があるのかないのか
相変わらず地味なたたずまい
インド人協会の理事長からのご推薦、横浜にお店がないのに遠路はるばるの参上です




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それでも始まってしまえば長蛇の列
店舗も少なくナマステインディアのような変な縁日感もなく、おいしいものをゆっくり食べてもらうには日差しも暖かで和やかな感じ
他店と比べてインド人のお客がたくさん並んでいた様子はシリバラジの実力といったところ




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マサラドーサ
米と豆のクレープでマサラを包み込んだ南インドの軽食です
まだまだやってるお店が少ないのでどこかで見つけたら食べてみて




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日が暮れれば見ての通りのロマンチックな風景
恋を忘れた山男もしばし見とれてしまいます






ラジニカーント友情出演!
南インド料理『シリバラジ』プロモーションビデオ 

魚を捕るシーンがとっても美しい

Ballelakka

 "Thank you Superstar Rajinikanth!"

南インド料理 シリバラジ
中目黒店/東京都目黒区中目黒2-7−14  Tel 03-5724-8995
水道橋店/東京都千代田区西神田2-1-11 エスティエラ水道橋1F・2F Tel 03 6265 6969 

Authentic South Indian Cuisine " Sri Balaj "
2-7-14 Nakameguro, Meguro-ku, Tokyo,Japan Tel 03-5724-8995
2-1-11, Nishikanda Chiyoda-ku, Tokyo, Japan Tel 03 6265 6969

ボス その男シヴァージ Sivaji The Boss







Love In Tokyo

2016.05.29 (Sun)
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御柱が終わってすぐ東京に行った
久しぶりの東京だったので写真に撮ってみた





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東京にはゴミがない
久しぶりに来てみて今更感心した
それと比べて田舎の峠道のほうがよっぽど汚い
車からごみを投げ捨てる奴はよっぽど頭が悪い




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4年前、このカメラを買ってから写真を撮るようになった
それまで写真に残すということがこんなに簡単にできるとは思っていなかった



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インドに初めて行ったとき、普通のカメラはとっくに時代遅れだった
大きな古いカメラを首から下げて残り少ないフィルムを気にしながら撮った





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今ではいらない画像は捨ててしまえばいい
ピントも露出もシャッターを押せばカメラが勝手にやってくれる
画像の編集だってお茶の子さいさい
写真を撮ることが生活の一部になった



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前から気がついてたことなんだけど
縦の構図がやたらと多い




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意識して横で撮ろうと思っているんだけどどうしても選ぶ段になるとこんな感じになってしまう



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雨が上がってきれいな街が余計にきれいに見える



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散歩するには飽きない町だな





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いつもは画像10枚と決めてブログを書いているけど
久々の東京だからちょっと画像多めです




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この辺はお散歩コースだったな
お散歩って言っても自転車だけど







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交通ルールがきびしくなって自転車の運転にも気を使わなくちゃいけなくなったけど







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自転車もカメラも
気が付けば僕の気ままな相棒です













Love In Tokyo





Love In Tokyo
1966年、オリンピック直後の日本で撮影された奇跡のインド映画。高度成長真っただ中の日本を舞台に全編フルカラーで撮影された渾身のヒンディムービーです。敗戦から立ち直りオリンピックを期に再び世界の表舞台に躍り出た日本を諸手を挙げて歓迎してくれたインドならではの日本愛に満ちた作品。監督はプラモッド・チャクラボルティ/Pramod Chakravorty、主演はインド屈指の映画一族、ムルケジー家の一人、ジョイ・ムケルジー/Joy Mukherjee(一世を風靡したキュートな女優さん、カジョール Kajolは彼の姪っ子)と アーシャー・パーレーク /Asha Parekh。私は、この映画をもうすでに三度も見ました(見せられました)
それでは、昔懐かしい日本の貴重な映像とともに現在の東京の姿に思いを巡らせながら、どうぞお楽しみください。



Sayonara Sayonara



O Mere Shahe Khuban







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