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クリスマス・プレゼント

2016.12.24 (Sat)
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二人のサンタさんが届けてくれた上野大根のクッキーと甘いミカンを食べながら久しぶりにゆっくりしています



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霜解けでぬかるんだダイコン畑で一人、マルチシートと格闘していた時、『お届け物ですよ』の電話が
玄関開けてあるから中に入れといて、と、またのんきないつもの対応。
さて誰からだろうと戻ってみれば箱一杯のミカンと手作り食品の詰まった大きな箱が届いておりました。


薫さんカレーリーフ・久美子さんからの贈り物が同時に届いておりました。
ほんとうにありがとう!!



上野大根お料理コンテストにご参加いただいたお二人、いろいろとお世話になっているうえにこんなものまでいただいてしまって本当になんて言ったらいいものか。あのお馬のスポンジはとてもじゃないけど皿洗いなんかにはもったいなくて使えません。




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28日にインドに行くことが決まりました。前々から話はあったのですがすったもんだでずれにずれて、その上ここにきて出発の一週間前に急きょ決まった次第。仕事もかねてなので日程が決まらない中、準備しなくちゃいけないのとこちらはこちらで畑の片づけとか冬じまいだとかなんとか、時間だけが過ぎてゆくよくわからない一か月を過ごしていたところ、東京と長野を行ったり来たりで日程が決まればそれなりにまたやることが増えてしまってブログも気が付けば一か月お休み。
今回は旅費も旅先の生活費も全てがあちらもち、VIP待遇の中で年も押し迫った忙しいこの師走にあわただしくチェンナイまで行ってまいります。



今夜は薫さんからもらった大きなミカンを六つ、ちょっとほろ苦い久美子さんの姫大根クッキーと一緒に。箱一杯のミカンは持て余しちゃうんじゃないかと思ったけどこのペースだとあっという間になくなっちゃう。カレーリーフ久美子さんの手作りギーと、前から気になってた手作りシュトレンも楽しみです!



☆上野大根最終募集
二回目となった今回の上野大根お料理コンテストは薫さんのビーフシチューさんとカレーリーフ久美子さんのお二人に参加いただきました。去年、七名の参加があったのと比べるとちょっと寂しいけれどそれもこれも私の至らないことが原因です。
ということで大根最終便、クリスマスの25日をコンテスト参加希望最終締め切りとさせていただきました。あと三名分くらいは上野大根残ってます。
ご興味のある方は農家のお米は何でおいしいの?の☆ 諏訪湖姫大根お料理コンテストの応募 ☆をお読みください。
されど戯言、本気で遊びを楽しめる方、おかしなことが好きな方、真剣にあの辛いばっかりの上野大根をやっつけてやろうと思っている方、待ってます!



Hindi Zahra - Beautiful tango


インディ・ザラ
ポルトガル出身のシンガーソングライター、モロッコのベルベル人の末裔だそうだ。実のところヒンディ・ザラなのかインディ・ザラと呼ぶのかはわからない。ただ、13歳の時にパリに移住しているのでインディさんでいいのだろう。フランスでは文字の頭の『H』は発音しない。だから、ハンバーガーは『アンバーガ』なのだ。マックでハンバーガーくださいといっても「Quoi?」と首を傾げられる。
ベルベル人といえばイベリア半島を一時領土としていたイスラム帝国の子孫、その影響を強く受けたスペインやポルトガル、とくにポルトガルのファドなんかはヨーロッパにあってひときわエキゾチックな輝きを放つ。どこか土のにおいがする彼女の歌声が風の音を紡ぎしづかに心にしみこんでくる。毎年のことだがこの季節になるとこういった曲が無性に聞きたくなる。それでいて落ち着くのかというとそういうものでもない。彼女の紡ぐ静かな歌声を耳にすれば妙に胸騒ぎがする。一年のすべてが終わり作物も雑草も冬の寒風の中消えさって、あたり一面茶色い枯野が冷たい風の中で静まり返っている。静かに優しく、それでいて心の奥に秘めた情熱を吐き出し絞り出す彼女の声が眠りにつこうとする私の心をかきむしる。


Hindi Zahra - To The Forces


Hindi Zahra - Silence











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少彦名のきのこ図鑑4 コウタケ

2016.11.10 (Thu)
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香茸
読んで字のごとくとってもいいにおいがします。
前に紹介したハナイグチと同じ山に輪になってたくさん生えていました。


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2016.10.12 赤松、カラマツ混交林


まるで松ぼっくりを踏んづけて平べったくしたような感じ
イガイガしていてとてもおいしそうには見えませんがこれがとびっきりの美味なわけです


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裏っかえすとこんな感じ
小さな突起がいっぱい生えてて指でさわさわするといい感じです



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中には傘の上のガサガサしたササクレがあまりないものもありました。
ものの本にはチョコレートのようなにおいと書いてあります。私は、醤油のような香ばしいにおいだなと感じました。どちらにしてもとても食欲をそそる香りがします。
そうそう、似たキノコに『けろうじ』というものがありまして、ひとめとても良く似ていますが傘の表面に「ササクレ」がないので容易に区別がつきます。毒はないようですがとっても苦いそうです。



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その日のうちに早速食べてみました。
油でよく炒めて醤油をちょちょちょイット
ちょっと苦みがあって、この独特の苦みが日本酒にとってもあって相性はばっちりです。
東北ではマツタケなんかよりも重宝されとっても高値で取引されるそうです。負け惜しみじゃないけど、私もマツタケなんかより段違いに美味しいと思いました。
残念ながらここ、信州では近年食べる人がめっきり減って3分の一以下の値段になってしまったそうです。諏訪近辺もだんだんと酒飲みが少なくなってきたのでしょうか。
たくさんとれたのに仕方ないので全部自分で食べることにします。



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どんなキノコもそうなのですが火をしっかりと通しておかないと中毒することがあります。
写真は干した香茸と松茸雑炊ならぬ『香茸雑炊』
干すとさらに香りが強くなって部屋中秋の香りでいっぱい

ごちそうさまでした。




少彦名のきのこ図鑑3 ハナイグチ

2016.10.28 (Fri)
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漢字で書くと花猪口
信州ではジコボウと呼んで親しまれています



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この辺では一番食べられているキノコ
裏っかえすとこんな感じ
ひだがスポンジのようになっているキノコを総じてイグチと呼びます



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ドクベニタケ 10月15日 カラマツ、赤松混交林

近くにはこんなキノコも生えています


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ドクベニタケ 10月15日 カラマツ、赤松混交林

ドクベニタケ
このきのこが生えているところには必ずと言ってハナイグチが生えてます
もちろんこのドクベニタケは有毒のキノコ、色があれなんでまず食べる人はいないと思いますが

カラマツ林で見つけたらご用心







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ハナイグチ 10月15日 カラマツ、赤松混交林
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ハナイグチ 10月15日 カラマツ、赤松混交林

ジコボウと呼ばれるキノコにはほかに『ヌメリイグチ』や『チチアワタケ』も含まれるそうです
でもこの辺りでじこぼうとはもっぱらハナイグチのみ。もちろんヌメリイグチもチチアワタケも食べられます。しかし近年ではこの二つのキノコを毒キノコとして紹介している書物もちらほらと、青森ではチチアワタケのことを「はらくだし」と呼ぶそうです。あやしいものは無理して食べなくてもいいですね。でも、去年は鍋にして食べましたけど。
見分け方としては柄が白いか紅いか。ハナイグチは写真のようにオレンジ色、見間違えるようなキノコが少ないのが『ジコボウ』と呼ばれ古くから親しまれている所以かもしれません。



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インド家族の南信紀行

2016.08.04 (Thu)
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ここのところ充実した記事を連載し続けている少彦名
実は実生活も盛りだくさんのてんこ盛りだったのだ
先月、インドの家族が10人して遊びに来ていました
農作業をほっぽり出して運転手兼ツアーコンダクタなのです




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天竜川ライン下り
船はインド人でほぼ貸し切り状態
思いのほか盛り上がりました



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船の中はこんな感じ
楽しそうでしょ♪


天竜ライン下りと天竜船下りの二社がありますよ
急流をアクティブに下るなら船下りがおすすめ
帰りは出発地点まで戻る送迎バスも出てます




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午後は木曽の妻籠宿に行きました




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古い巨大寺院が至る所にあるインド人家族にはどう映ったのか
帰ろうといわないところを見るとそれなりに楽しんでいるみたいです





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古民家にサリー
よく見ると微妙にジャポニズムな柄ではないんですか




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去年は奈良井宿で映画撮ったりしましたけどそこよりもさらにひなびた風情のある宿場町
SAAHASAM in 木曾 2015.6.26




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隅々にも村の人の気持ちが行き届いてます
しばし、彼らのことも忘れて一人そぞろ歩き




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まだまだ色気より食い気のようであります





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Saahasam - Official Trailer





Angry Bird Penne - Official Video Song | Saahasam




去年撮った映画のトレーラー。曲はそれなりにヒットしたみたい
今年は映画撮ってる暇あるかしら



キャバクラ

2016.07.13 (Wed)
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信州に引っ越す直前
浦安である女の子にあったのね
たまたま帰り道が一緒だったから話しながら帰ったの

「どこまで帰るの?」

「これから仕事なの」

「どんな仕事なの?」

「駅前のキャバクラ」


まずいこと聞いちゃったな・・・・





しかたなく同伴だよ、ま、東京最後の思い出ということで




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どこの帰りだったかというとモルモン教の無料英会話教室
え?信者かって?
いいえ。
引っ越しとかの直前で普段は暇だったので興味本位
行ってみるかって



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ある日、ぜひとも聞いてもらいたいお話があるって電話かかってきて
外人宣教師、三人に囲まれてモルモン教のあれやこれや聞かされたよ
古代アメリカにいた伝説のキリスト教預言者の話とかヘブライ語で書かれた金の板が土の中から出てきたとか。

要は勧誘ね
モルモンのお偉方のアルバムも見せられてね
で、それ見終わって気づいたこと言ったのさ

「黒人の宣教師の方はいないんですね」

モルモン教って、アメリカ大陸に白人がたどり着く前からその土地はキリスト教徒の、いわゆる『アメリカ人』に約束された神の土地だったってことを正当化するための宗教なの

でも、彼ら一人一人はいいやつだったよ、
『ディープパープル』なんてバンドは知らない、聞いたこともないって言ってたけど。



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で、そこで一緒になったキャバ嬢について行って浦安のネオン街へ。
東京最後の夜ってことだね
ソファーに腰かけて、お酒何にする?フリードリンクでいいよ。私ももらっていい?カラオケ謳おうよ。ね♪

いやに、カラオケ勧めるなぁ

「今月、カラオケ大会やってるの、点数が一番の人が優勝ね、賞金も出るのよ♪」

あ、最初に言っておくけどこれって賭博じゃないからね
賞金は全額お店が負担するものだから
それから、浦安って千葉だったね。




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で、歌ったわさ
俺歌上手いよ、それでもいいの?
で、ワンコーラス歌い終わって間奏の時に振り返ったら彼女両手で頭抱えてる
あれだけ勧めていたのにどうしたの?勘がいい人はもうわかったよね

要は彼女が今夜までのトップ、暫定チャンピオンだったってわけ。

で、俺の点数、なんてんだったかって?
そりゃもうダントツの“98点”だわさ。





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結局、優勝者はこの私
僕を誘ったばかりに彼女は賞金を逃しちゃった

で、その時歌ったのが『上を向いて歩こう』




永六輔さんが亡くなりました。
理屈っぽい人でなんか煙たい人だなと思ってたけど、
いろいろ考えたらきっと日本のジョン・ライドンみたいな人だった。





上を向いて歩こう



ザ、ピーナッツのお一人もいってしまったね
一緒に連れてっちゃったのかな
日本で最高の女性歌手、女性デュオと言ったらザ、ピーナッツで決まり。この件についての異論は一切受け付けません。


ザ・ピーナッツ 恋のフーガ


恋のバカンス














謎の守屋神社-インドと古代日本との関わりについての一考察

2016.06.26 (Sun)
2016/06/26 
今、NHKで御柱を放送してました
ただ引っ張ってるところを映してたのかと思ったらとてもいい番組になっていました
祭りの間、いろんなことがあったので見ないでおこうと思いながらやっぱり見てしまいました
で、見た後の感想ですって?
諏訪に引っ越して本当によかったなと

御柱の謎に関する過去の記事です
しばらくトップに置いておきます




2015/06/10の記事


高遠城址をあとにして、突如少彦名を襲う春の嵐
雷が鳴り、行く手を遮る灰色の霧を抜けると
そこには、打ち捨てられた古い神社の鳥居がぽっかりと口を開いているのでした

『桜露』より続き


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守屋神社
諏訪湖の南、守屋山を隔てて諏訪大社の裏側に位置する
物部守屋の一族が蘇我との戦に破れたどり着いたこの地で開山したと言う伝説が伝わっている




さて、以前よりこの守屋神社には多少の興味を持っていた少彦名
元来方向音痴の私が偶然出くわしたこの好機を逃す手はございません
あわや通り越したスバルサンバートラックのきびすをドリフトさながら取って返し鳥居の傍らに倉卒の車輪を休めたのであります

 
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さて、飛び出だすのはあやかしか妖怪変化か・・・・・・
なぜか気になるアルミ製の妖怪ポスト



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赤松がくねくねとからまる雨の参道を音も立てずに上って行きます




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程なく行くとお堂が見えてきました
人里はなれた峠道
あたりの雰囲気と比べると非常に重厚な立派なものです





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さらに上を見上げれば本堂と思われる切妻作りのお社が見えてまいりました

諏訪の地に来て覚えたのはどんな神社でも立派な本殿と思しき建物の奥に必ず正真の本殿が控えていることを






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逸るその足を石段の水溜りにおとしながら電池の切れ掛かったカメラを小脇にかかえた少彦名
やがて雨にぬれた石段の頂上はうつむく視線に途切れ赤く松葉の敷き詰めた境内が視界に広がったかと思うと

『あっ!』

『あっ!あ!!』

冷たい雨に濡れ日が落ちかけた森のお堂からぬっと人が現れればそれはそれはびっくりする
互いが互い、犬を連れた老人と私は声を上げて飛び上がった





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めったに人の訪れることのない古い神社で別に悪いことをしていたわけでもないのに妙にうろたえて言い訳がましくしゃべっている私がいる。前からこの神社が気になっていたこと、思わず行き当たってうれしくて上ってきたことなど

老人も、私がこの忘れられたお社に興味を持っていることにうれしく思ったのか守屋神社の来歴をポツリポツリと話し始めた

さて、この守屋神社にまつわる老人の話
聞けば聞くほどその謎は深まってゆく







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この神社が物部守屋を祭っていることは先に述べた。鳥居の額にも物部守屋神社としっかり書かれている。今から1400年前、蘇我馬子との権力抗争に敗れ、都を追われた物部一族の一集団が縁故を頼ってたどり着いたのがこの地だという。その縁故というのが諏訪大社の神官をつかさどる守矢氏、もしくは諏訪氏だったのか、それは定かではないが中央を追われた一族は遠い信州の地まで命からがらたどり着いたわけだ。しかしながら、朝廷に敗れ落ち延びてきた物部氏はいわば逆賊、都での戦に破れた恥辱に恥じ入りこの山里に身を隠しその姓を守屋と改めてこの地に隠れ住んだ。そしてのちに、彼らの始祖、物部守屋を祭ったのがこの神社であると老人の言によればそういうことになるようなのだ・・・・ が、しかしちょっとまって欲しい。元来、この守屋山は諏訪大社のご神体、その神聖な御山に、いわばよそ者である物部守屋なる新参者を新たに神として祭るというのはあり得る事なのだろうか?そもそも守屋山は物部氏がたどり着く以前からモリヤの御山として長らく信仰の対象であったはずなのだ。
 整理する意味もかねて諏訪大社の宮司さんに電話で問い合わせしてみた。
すると諏訪大社の聖域、いわゆる禁足地には守屋山の山頂は実は含まれていないそうだ。現在の禁足地、諏訪大社の神聖なる聖域は現在の行政区域、現状の寺社所有地と一致しているとのことだったが、古文書等でも確認できる限り諏訪大社の聖域は大社より見渡せる範囲の守屋山東側、諏訪湖畔に面した守屋山の一部であり、一般に言われている守屋山の山体すべてが諏訪のご神体というわけではないようなのだ。さて、こうなれば、物部氏をその山腹に神として迎え入れることには支障がないように一見、見受けられる。守屋山を背にして大社と反対側に位置する守屋神社は諏訪大社とは全く別の系譜を持つ、諏訪大社とはまったく無縁な神を祭ったものということになる。
 さて、ここでさらに歴史をさかのぼってみることにしよう。現在の諏訪大社の祭神、建御名方神(たけみなかたのかみ)が国譲りの神話によって出雲の国を追われ諏訪に逃れてこの地を治め現在に至るわけだが、お諏訪様が統治するそれよりも昔、諏訪周辺を束ねていたのは古代よりの神、洩矢神(モリヤ、モレヤ)であった。洩矢神は諏訪周辺で有史以前から永らく信仰されてきた土着の神である。そこに、西より山を越えて侵入してきた建御名方神の勢力が押し寄せてくるのである。そしてこの戦によりモレヤの神は奮戦むなしく敗れ去ってしまう。建御名方神はすでに出雲の地で朝廷の神々に屈し大和の神のひとつとして延命を許されたていた、その勢力が諏訪の地を掌握するということは大和の国の一国として統治されること、固有の文化を持つ一独立国家から、大和朝廷の中央集権体制に組み込まれた一地方として存続することを意味する。さて、ここで一つ不思議なことがあるのだが、これまで諏訪の国を守ってきた守矢一族、諏訪の地を守るために出雲勢と雌雄を決した守矢氏がその処遇を許された上に、こともあろうに古代の神にとってかわった大和の神、建御名方神に仕える諏訪大社の神長官という最高職を授かり以前よりのその権威を出雲勢との敗戦以降も持ち続け、結果その地位を近世まで連綿と代々勤め上げたこと。諏訪の地を収めるために中央政府がとったコンセンサスといえばそれまでだが、とにもかくにも、ここに諏訪を統治す建御名方神の末裔、諏訪氏の治世が始まるのである。しかし一方、守屋山の裏側、この守屋神社周辺のごく限られた地域で起きたことは今まで述べたこととは少々事情が異なるようなのだ。先も書いたようにここでは物部守屋なる名が振って沸いたように突然現れるのである。さて、この事実が皆さんにはどう映るだろうか、かく言う私には非常に突拍子のないことのように思われてならないのだが。
 さて、ここからは私なりに考えてみることとしよう。一番に引っかかるのが守屋姓と守矢姓の『一文字』の違いである。古代、諏訪を統治してきた守矢一族と守屋山、山を挟んで物部守屋を祖とするのが守屋姓の一族、私には守矢と守屋の一文字の違いはただの偶然ではないように思える。すなわちそこには必然的な何か、矢を屋と違えた何かもっとほかの決定的な『事件』があったような気がしてならないのだ。守矢姓と守屋姓、先ほど守屋神社をあえて諏訪大社の裏側と記したように、この表と裏、この位置関係はもっとある必然的な対比を暗示しているのではないだろうか。すなわち、それは出雲勢が押し寄せてきたときにこの一族に起こった歴史的事件、そこには守矢一族の内部で起きた裏切りと政治的な抗争が引き起こしたある悲劇的な物語があったのではなかろうか。すなわち戦火のさなか洩矢神を正当な神とあがめ徹底抗戦を呼びかけたモレヤ一族と、建御名方神に降った神官一派の内部分裂、外敵を目前にして二つに引き裂かれた諏訪の地は強力な出雲勢の力に制圧され、戦に敗れ敗走する洩矢の残党は出雲に組する神官一族と袂を分かち、故郷を追われる形で住み慣れた諏訪の地を後に人里離れたこの地に隠れ住んだのではないだろうか。そう考えるとすべてが理にかなってごく自然な説明がつくように私には思えるのだ。守屋と一字を違えたこと、敗れたことにより信仰を奪われたこと(モリヤの祠は神官長の守る敷地内にある)、モリヤ山のふもとに新たなる神が迎え入れられたこと、守矢氏が新長官に任命されたこと・・・・ それら数々の事実の自然な成り行きのすべてが容易に説明できるように思えるのだ。遠い昔、隠れ里に身を潜めた守屋一族が後に自らの存在意義を示す為か、または滅び行く物部氏に自らを投影し共感を覚えずにはいられなかったものなのか、自らに似た境遇の物部守屋を新たに一族の祭神として迎え入れ、この山に祭ったとたというのがこの神社の始まりなのではないだろうか。期せずして、当時、物部氏は新興宗教の仏教派と対立し、本来の、日本古来の神こそが唯一信仰する対象であるべきとする勢力の中心であった。彼らは歴史から消えてゆこうとする洩矢神と物部氏を重合わせていたのではないだろうか。太古、守屋山を二分する宗教対立があったとしても決しておかしくはない。





ここは、ホッサマグナの交差するところでパワースポットでも有名なんだよ。旧約聖書にはモリヤという山が描かれていて、ここにたどり着いたユダヤ教徒、キリスト教徒がこの神社の興りだという人もいるんだよ」

「実は、モリヤという言葉はインドにもあるんですよ。御柱ととてもよく似たお祭りがネパールにもありますし、モリヤはヒンドゥー教のある神様をさす言葉だったりするんですよ。実は、そういうこともあってここまで登ってきたんです」


老人は一瞬嫌な顔をした。
そして、その話題には一切触れず、聖母マリアの話、ある新興宗教家から多額の寄付をいただいた話などを続けた


彼にとってはインドの神々より金髪の神様のほうが好みらしい




インドとのかかわり
これは私の全くの妄想として聞いて欲しい
 私の友人、若いインド人の留学生から聞く話としてインドの言葉、特に南インド、タミル語の中には日本語と非常によく似た、もしくは同じ発音の言葉が沢山あるという。さらに、タミル語のアルファベットは日本のあいうえおと全く同じならび、来日当初はあまりの共通点の多さにびっくりしたそうだ。タミル人はインドの先住民族、古代タミル語はサンスクリット文字よりもはるかに古い。

 話は少々それるが、インドからやってきたものは意外と多い。例えば民間信仰で有名な七福神のうちの三人はインド由来である。弁才天はインドの創造神、ブラフマーの妻、サラスヴァティーであり、毘沙門天は戦の神クベーラ、大黒天にいたってはその容姿からは全く想像もできない破壊の神、シヴァ神の化身マハーカーラ神だ。これらは、すべて仏教由来の伝承のようなので今回の事例とは切り離して考えるべきだがインドと日本、遠いようで意外と近い

 視点を日本に戻そう。諏訪大社の神官長を務めるのは代々守矢一族。守矢様は神官の長であり、かつ諏訪の神が降り立った現人神でもあられる。(諏訪大社には神殿がない、なぜならば山自体がご神体であり、神官長自身が神そのものを宿しているからである)インドではモリヤとは神様のこと。モリヤ、ムリヤ、モーリヤはガネーシャをあがめたたえる言葉なのである。そしてネパールには諏訪大社の大祭、御柱祭とそっくりなヒンドゥーのお祭り、インドラジャトラ祭がある。そしてそのネパールには『クマリ』と呼ばれる神が輪廻転生した生き神様の少女がいる。(モリヤ神の時代、一族の子供の中から現人神を選びだし、一年間神として崇めたという記録がある。その子供はその年の祭祀の日に神の信託を与えられ、その命は供犠としてモリヤ神の祭壇に供された。)

 老人の話では守屋神社の本堂には石の棒が収められているという。それは、インドの寺院で必ず見られる『リンガ』を連想させるではないか。さらに、洩矢神としばしば同一視されるミシャグジはここ諏訪では蛇神であるソソウ神と習合し、その姿は白蛇として現れる。それはまさにインドで言う川の神『ナーガ』であり日本で言う竜の姿『天竜川』である。ナーガはしばしば天気をつかさどる大蛇であり、怒ると旱魃に、なだめられると雨を降らす。守屋山頂に祭られた祠が旱魃の際の雨乞いの対象として拝まれたのに奇しくも呼応する。(巻末追記へ※)
 さらにさらに、諏訪太古の主、洩矢神(モレヤ)が建御名方神と戦ったときに使った武器は鉄の輪だという。同様に古代インドの戦士たちはチャクラムという鉄の輪で出来た武器を使用した。インド最高神の一人、ビシュヌはチャクラムをその右手に常に身につけている。そしてまた、ビシュヌと双璧をなすインド最高神の一人、シヴァは知恵の神ガネーシャ(モーリヤ)の父親、荒ぶる破壊の神、シヴァ神の名はインドでもたびたび『シワ』と発音され、東南アジアを渡って、『シワ』『シュワ』と変化する
・・・・諏訪・・・・・スワ・・・・シヴァ







「おや、この箱はなんでしょう?」

お堂の縁の下に小さな箱に入った子供用の真っ白なドレスと同じく真っ白なかわいい小さな靴が綺麗にそろえて収められている


「あ、これね、一週間ほどまえからこの本堂の前にお供えしてあったんだよ。何か悲しいことがあったんだね。そのままだと濡れてはいけないから、ここに移しておいたんだよ」



あたりはもう暗くなりかけている。
雨の音以外には何も聞こえない。
またいつか来よう。今度は晴れた青い空の下で。







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コメントご意見お待ちししています




追記
 
 先ほどインドの友達とこのことについて話していたらこんなことを。
ソソウ神のソソウって蛇の出す音を表現したんじゃない?インドでは蛇の声をそんな風に言うよ。
こうなればどんなことでも信じてしまいます。

 建御名方神の父親、大国主命はたびたび大黒天と同一視されることがある。これはその呼び名、オオクニ→ダイコクと変化したためだといわれているが・・・(先も述べたように大黒はインドのシヴァ神)
ちなみに少彦名は大国主命とは国造りで活躍した盟友、東京から移住した私、今となっては因縁めいた偶然のめぐり合わせ

 インドでは無駄遣いする人を心にクベーラ神がすんでいるという
毘沙門天はインドでは相当な浪費家らしい

 ナーガの場合はなだめると雨が降るが守屋山の場合は怒らせて雨を降らせる。
※雨乞いには東峰にある守屋神社奥宮の石祠を谷へつき落とし、神の怒りをかって雨を降らせてもらったといういささか乱暴な伝承もある。/信州山岳ガイド 信濃毎日新聞社より抜粋
おいおい、雨乞いの対象としてだけでなくこのような類似点の数々をどう捉えるべきなのか。探せば探すほどあとからあとからでてくるよ

この神社には狛犬が二対ある。鳥居の二体と本殿の二体だ。実は、本殿の狛犬は以前盗まれたことがある。老人の話だとこの村に千葉の石屋が出入りしていたときと時期を同じくして持ち去られてしまったらしい。村では仕方なく鳥居脇に狛犬を新たに据え付けたところ、ほどなくして持ち去られていた狛犬が帰ってきた。盗人に何か祟りでもあったのではないかというのが村でのもっぱらの噂である。


2015.10.2 追記
前から気になっていたことがひとつありました。それは、守矢氏がなぜ神官長という非常に高い位を受けることができたのかということです。これには二通りの考察ができると思います。
ひとつは出雲勢がこの地を収めるにあたり先住権力者の協力がぜひとも必要であったこと
もうひとつは、一部の造反がモレヤ一族の内部で起こり結果、建御名方神の勝利につながったこと。洩矢神は手に鉄の輪を、対する建御名方神がこの戦いで使ったのが藤の蔓、絡め取るには絶好の武器だと思うのですが・・・・

    
2016/06/30 追記
 太古の神、ミシャグジは一説によるとジムグリという赤い蛇、「ミ赤蛇」という字を当て、大社でジムグリを明神様と呼んでいたそうです。先日、雨の日に田圃の草を刈っていてジムグリの首をはねてしまいました。悪いことが起きないといいのですが。




トマトの苗を無料でゲットする方法

2016.06.15 (Wed)
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まずは農家さんとお友達になります






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やおら、トマトの脇芽取りのお手伝いを申し出ます







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これが脇芽
茎と葉っぱの間やトマトの根元からどんどん出てきます
油断しているとあっという間に大きくなってしまいます








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ほんの三十分やっただけでこんなに取れました
下の列は去年落ちたトマトの実から発芽した新芽
農家さんに頼んでお持ち帰りしましょう







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持って帰ってきた芽や苗はすぐに土に挿してみましょう
水につけて少し水揚げさせてもいいかもしれません
最初は驚くほどしんなりとしてしまうでしょう
でも、たいがい大丈夫
トマトは案外とっても丈夫な植物です
何本かは水槽の外掛濾過機に差し込んで発根させてみました






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すぐに根っこが出てきます





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挿し芽をしてから一週間
もうここまで来れば安心です
あとは実が付くまでたっぷり水を与えて大きな木にしてあげましょう
もちろんどんどん出てくる脇芽は欠いてしまいます
最初の収穫ができる頃から水は控えめに
木の頂上がしんなりお辞儀してきたらたっぷり水やり
水を控えたトマトはどんどん甘くなりますよ



脇芽で採れたトマトは若干味が落ちるという人もいます
それはそれ、物は試しに収穫してみて糖度検査してみようと思います







Les Négresses Vertes - Voilà l'été






Les Négresses Vertes  / レ・ネグレス・ベルト

Voilà l'été! Voilà l'été!・・・ほれ!夏だ!!そら!夏だ!!

今夜は梅雨をすっ飛ばしてちょっと早い夏をご紹介いたしましょう
一時期、フランスでラジオをつければ MANO NEGRA か,この Les Négresses Vertes の曲ばかりがかかっていた時がありました。人種のるつぼ、パリのロックシーンはそれだけ切り取ってもまさにワールドオブミュージック。ブルースあり、ユーロあり、パンク、ラテン、ジプシー、アフリカン、果てはコーランまで、世界のありとあらゆる音楽がこの国に集結している感があります。
 1987年結成、『Voilà l'été』は1989年のヒット曲です。残念ながらその四年後、バンドとしてもこれからというときの1993年、ボーカルのHelnoがコカインの過剰摂取で亡くなってしまいました。
 もうすぐトマトが真っ赤に実るあの暑い夏の日々がやってきます。心の準備はいかがですか?彼らの熱い地中海の息吹をビシビシ感じながら、準備運動もかねて、軽快なリズムに激しく腰を動かしてみましょう。
ところで、フランスで Voilà l'été が町中に流れていたあの暑い夏、東京の街にはどんな曲が流れていたかというと
・・・・・『おどるポンポコリン』だって。



バンド、Mano Negra の記事はこちら
大根を干す



Les Négresses Vertes - Zobi La Mouche



Les Négresses Vertes - IL









Love In Tokyo

2016.05.29 (Sun)
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御柱が終わってすぐ東京に行った
久しぶりの東京だったので写真に撮ってみた





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東京にはゴミがない
久しぶりに来てみて今更感心した
それと比べて田舎の峠道のほうがよっぽど汚い
車からごみを投げ捨てる奴はよっぽど頭が悪い




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4年前、このカメラを買ってから写真を撮るようになった
それまで写真に残すということがこんなに簡単にできるとは思っていなかった



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インドに初めて行ったとき、普通のカメラはとっくに時代遅れだった
大きな古いカメラを首から下げて残り少ないフィルムを気にしながら撮った





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今ではいらない画像は捨ててしまえばいい
ピントも露出もシャッターを押せばカメラが勝手にやってくれる
画像の編集だってお茶の子さいさい
写真を撮ることが生活の一部になった



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前から気がついてたことなんだけど
縦の構図がやたらと多い




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意識して横で撮ろうと思っているんだけどどうしても選ぶ段になるとこんな感じになってしまう



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雨が上がってきれいな街が余計にきれいに見える



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散歩するには飽きない町だな





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いつもは画像10枚と決めてブログを書いているけど
久々の東京だからちょっと画像多めです




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この辺はお散歩コースだったな
お散歩って言っても自転車だけど







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交通ルールがきびしくなって自転車の運転にも気を使わなくちゃいけなくなったけど







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自転車もカメラも
気が付けば僕の気ままな相棒です













Love In Tokyo





Love In Tokyo
1966年、オリンピック直後の日本で撮影された奇跡のインド映画。高度成長真っただ中の日本を舞台に全編フルカラーで撮影された渾身のヒンディムービーです。敗戦から立ち直りオリンピックを期に再び世界の表舞台に躍り出た日本を諸手を挙げて歓迎してくれたインドならではの日本愛に満ちた作品。監督はプラモッド・チャクラボルティ/Pramod Chakravorty、主演はインド屈指の映画一族、ムルケジー家の一人、ジョイ・ムケルジー/Joy Mukherjee(一世を風靡したキュートな女優さん、カジョール Kajolは彼の姪っ子)と アーシャー・パーレーク /Asha Parekh。私は、この映画をもうすでに三度も見ました(見せられました)
それでは、昔懐かしい日本の貴重な映像とともに現在の東京の姿に思いを巡らせながら、どうぞお楽しみください。



Sayonara Sayonara



O Mere Shahe Khuban







本宮一 建御柱 事故

2016.05.24 (Tue)
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青空に天高く立ち上がる本宮一之御柱
それは本当に素晴らしく誇らしい風景でした



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その日は空はすっきりと晴れ渡って入るのですが時折強風の吹き荒れるいやな天気でした
こんなに強い風の中、いったい無事に御柱が建ちあがるのか、皆、口には出さないけれどきっと同じ心配をしていました



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長く、厳かな神事の後、斧取りによる冠落しの儀が始まりました
一時間をかけて御柱の頭を三角錐に切り落としてゆきます



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その間を木遣りがなき、ラッパ隊が斧に力を与えます

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古風なお祭りに軍隊式の突撃ラッパ
最初は非常に異様な、奇妙な違和感を感じました
そもそも喇叭隊も新しいものなんだろうと思いいろいろと老人たちに聞いてみるとやはり戦時中から導入されたスタイルのようです
御柱祭りは戦前戦中もとだえることなくここ諏訪の地で行われていました
しかし、戦争でほとんど多くの成年男子が兵隊にとられてしまう中、女子や老人だけのお祭りでは寂しかろうと祭りに威勢を加えるために街の消防団がはじめたのが喇叭隊の始まりだそうです
今では御柱祭りにはなくてはならない存在になっています






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祭の喧騒とは裏腹に、境内は参拝者もなくひっそりと静まり返っています


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時折吹き荒れる強い風に、山がどーどーとなっています



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諏訪大社は神殿のない原初的な様式を保つ神社
他社と比べてこじんまりとした質素なつくりではありますが、おのずと居住まいを正す厳かさがあります





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いよいよ、運命の建て御柱が始まります


先ほどまでの風もピタリとやみました
これは吉報なのでしょうか
その時はだれもがそう思っていたはずです




運命のと書いたのはこの後事故が起きてしまったからです
全国放送で日本中の人が知ってる事実なのでここに書いています
しかし私が改めて書いているのは何のためなのでしょう。こうして書いている間も自問自答するばかりです
きっと自分のために書いている。そう思うようにします。あの時の景色が胸につかえるとげのようにいつも心に引っかかっています
書くことで忘れることはないでしょうが、書かなければ前に進めない
読んでいただいているみなさんのために書いているのとはきっと違うのだと、自分の身勝手から描いているのだと思います



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二時間かけてゆっくり立ち上がってゆく巨大な柱、
まさに見事の一言でした。
青い空にオンべの赤い房の色、揺れる木の葉の間に命や時間やこの世のすべてのものが凝縮し集まり形になってゆく。
ラッパや、木遣りや人々の歓声に割れんばかりの境内なのにとても静かな恭しい光景です。



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見事直立する御柱
奇祭、諏訪の御柱祭り
氏子たちの思いが形になった瞬間です







後記
もし、あんなに大勢乗らなかったら、もし二時間もかけなかったら、もし最初の時間から乗っていなければ、もし御柱の縄足場撤去を建てかたの鳶がやっていたら、もし警察が時間厳守などといわなかったら、もし下にパワーシャベル機が置いていなかったら、もしヘルメットをかぶっていたなら
あんな事故にならずに済んだかもしれません
私は若いころ鳶もやった身です。片付け作業、撤去作業を行うときは細心の注意を払います。撤去作業は建てるときよりも数十倍恐ろしい、それこそ何が起きるかわからないのです。ですから、落ちた時にきっと立て方の職人が落ちたのだと思っていました。それならばただの不注意、業務上伴う仕方のないことかもしれない、そう思うようにしました。しかしまさか、なにも知らない素人に(失礼な言い方かもしれませんが)やらせていたとは夢にも思いませんでした。それを聞いたとき、いくらお祭りでもと怒りがわいたものです。
すべてが終わり、大総代の「99%は今まさに無事に終わりました、あと一パーセント事故のないようにお願いします!ありがとうございました!!」先ほどの万歳三唱でこの祭りは幕を下ろすはずでした。
昼間食べられなかった弁当を食べ終わり境内に踵を介した瞬間、「ドーン」という大きな地響きが起こりました。
『落ちた!!』
瞬時に判断したのは以前経験したことがあるから、あんな音は人が落ちるほかに聞いたことがありません。
御柱をけん引したワイヤーが揺れています。皆が柱を見つめたまま固まっています。女性が涙目で彼のはっぴに顔をうずめています。顔色を変えて駆けつける若者たち。男泣きに泣いている人もいます。
ああ、本当の事なんだ。
同じ村の先輩の足元に落ちてきた、その彼は、『きっと駄目だろう』と青ざめた顔で言っていました。近所でも幸い私の知った人ではなかった。だから、今回掲載した写真に写っていたとしてもわかりません
ついにいたたまれなくなり境内の外に出ました
「飲んできます」
昼間、仲間と一緒にこっそり抜け出して、生ビールを飲んだ大きな広間
夕日の中、今座っているのは私だけ
缶ビールを飲みながら涙が出てきました。最後の最後に御柱を穢してしまった悔しさと、のんきに弁当を食っていた間中、彼は一生懸命柱の上で自分の役割を果たそうとして必死だったことへの申しわけなさと。

最後の写真ありますね
あの時、あの柱の前にかかった境内の木の枝を切り落としました
随分乱暴なことをするなと思ってみてましたが誰かが指示したのでしょう
その木を切ったのが彼だったそうです


















最後の曳航 本宮一之御柱 

2016.05.19 (Thu)
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昨夜のあらしのような雨はすっかり上がって今日は朝から天をつく日本晴れ

いよいよ本宮一之御柱が上社を目指して動き出します





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朝一番の木遣り唄も俄然気合が入ります







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こちらも気合十分の木遣りのお姉さま
わかりますでしょうか?
頭の剃り込にははっきりと『本一』の文字が!



さて、私、裏方のチョイ役ではありますが皆さんに負けないように気合を入れて頑張っていきたいと思います
と、動き出しの準備を整えている矢先、柱の後方が嫌に騒々しい。氏子たちもそちらの方角に駆けていきます。
何やら、これはただ事ではありません。






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つっかけです!
後ろの柱の若い衆が本宮一めがけて突っ込んできます。その数ざっと50人!応戦するは同じく本宮一の柱、精鋭の梃子持ち衆、当然手にはあの長く太い梃子棒を振りかざして!
これはただではすみません!








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つっかけるとは前の柱が動かないことに業を煮やした梃子持ち衆が梃子棒を片手に前の柱に襲いかかること。お互いに長いこん棒で殴りあうのですからどんな悲惨なことになるかはたやすく想像がつきます。
その昔、御柱祭りはけんか祭りと称されました。柱を曳航する間、間断なく酒を飲み続け気合を入れまくる、以前、この突っ掛けで殴り殺された人もいるとかいないとか








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と、よくよく見ればなぜか皆さん満面の笑顔
そうなんです、これ、ただのデモンストレーション。二の柱の氏子さんたちがわざわざ大挙してあいさつに来てくれたのです。
そして、最後は敵味方、入り乱れて勝利の万歳三唱、
今日も楽しい一日になりそうです









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本宮に近づくに従って街道は狭く、綱を引く群衆も逃げる場所がありません


「 ヨイテコショー  ヨイサー 」


神の巨木が人々を押しのけて一歩一歩進んできます








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柱の到来を今か今かと待ち構える氏子たち








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お柱を迎えるために境内で打ち鳴らされる太鼓
祭の盛り上がりも最高潮に達します







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太鼓橋を越え、ついに鳥居の目前までやってまいりました
振り上げられるGOサインの白旗
しかし、この狭い鳥居
どうやって通り抜けるのでしょうか






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一人ひとりの気持ちが一つになる瞬間






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そんな瞬間を私はこのお祭りで何度も見てきました









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大木の間を縫うようにして進む一之御柱
メドデコにつないだ綱を曳く命綱の若者たち。
決して表に出ない目立たない存在ですが、その名の通り、皆の命をあずかるとても大切な役割です







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難所を一つ一つ乗り越えて、そのたびに湧き上がるどよめきと歓声。
歓喜に包まれながら、本宮一之御柱が最後の曳航を続けます









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柱を曳く氏子たちを迎え入れる木遣りの声
いよいよ、お柱の長い旅も終わりに近づいてきました








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境内に姿を現した本宮一の御柱
改めてみても巨大な柱です









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無事、柱を本宮に送り届けた氏子の力

木遣りの声も突撃ラッパも皆の歓声も
言葉に言い表せないくらい誇らしげです









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