『続・フィリピン・南国の光』 名古屋の夜

2019.04.19 (Fri)
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ついこの間、やっとフィリピン旅行の記事を書き終えたと思ったら再び再渡航です。
今回は名古屋で一泊、前日まで東京で祖母を見送って、そのまま長野の自宅へは戻らずに高速バスで名古屋入り。
名古屋の街はナナちゃんのメイド姿でお出迎え。田舎暮らしの長い私は久しぶりの華やいだ夜の街に、葬式帰りというのも忘れてのお上りさん気分丸出しです。






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大きなバックを抱えて街を歩き倒し、一通り名古屋の街を散策した後、東京の母親に電話をした。

「戒名変えることにしたから」

100歳のばあちゃんが死んだ。ばあちゃんが死んで葬式の準備という時に母親が電話をかけてきた。「おばあちゃん、西だっけ東だっけ?」と唐突に素っ頓狂な電話をかけてきた。
西か東か?西本願寺か東本願寺かってことらしい。しかし、そんな相談は今まで受けたこともないし、当然ながら今までそんなことは考えたこともない。身内の葬式は爺さん以来、もう何十年ぶりのことだ。

「いろいろ周りに聞いてみる」

そのまま電話を切ったものの、こちらの親戚に聞いても、そりゃ、長野にはつれあいの爺さんの縁故はいないからわかるはずもなし。それでも心当たりを方々あったてみたが、また母親から「大丈夫だから」と電話がかかってきた。

急ぎ帰郷して、当日葬式始まったら、うちは親せきが少なくって家族葬ということにはしたものの集まったのは東京にいる10人と長野の私だけ。そんな少人数ということもあって葬式の段取りなど相談できる人も少ない。みんな顔をそろえたところでお通夜が始まってみると、あれ?なんだかいつもと様子がちょっと違う。おや?聞いたことないお経だな?坊さんの説教もなんだか変な感じ。大体お経が平明な口語体で聞いててあらかた意味が解るような。

で、どういうことかというと、そもそもの宗派、浄土宗と浄土真宗を間違ってたわけ。

「西だっけ東だっけ?」

いやいや、浄土宗?真宗?て聞かれてたら、「そりゃ、浄土宗だろ」って答えてたのだろうけど。いきなり電話口で東西を問われたら、それはどっちだっけ?ってなってしまいました。

爺さんも、ばあちゃんの親類もみんなみんな浄土宗なのに、違う宗派の戒名つけられて、違う船に載せられて、せっかく100歳まで生きたのに、今じゃ、みんなと違うところに独りで送られてきっとばあちゃん、今頃此処は何処?って迷ってるよ。








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「お経あげなおしてもらって戒名も浄土宗に変えてもらったから。」

何ともあっけらかんとしたものだ。うちの家族はいつもこんな感じ。そそっかしいし、一番肝心なところが抜けている。

ばあちゃんは痴ほう症を患って10年近く施設に入っていた。入所した当初は体も弱っていて一年持たないんじゃないかと思っていたが、都会のマンションで一人で暮らしているより施設の生活のほうがあっていたのか、あれよあれよと見る見る元気になってとうとう100歳の天寿を全うした。そもそもうちの母方の家系は長生きが多いようで、中にはお通夜の晩に生き返った人もいる。お経を読んでいる最中に棺桶からむっくり起きだして「腹減った。なんか食わせろ」と言ったそうだ。葬式用に並んでいたおにぎりを三つ、ぺろりと平らげて、そのばあさまはまた三日後に棺桶に逆戻りした。






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もう、フィリピンへの飛行機の予約はしてあったし、父親も旧友たちと沖縄旅行を予定しており、二人の姪っ子、ばあちゃんにとってはひ孫の二人はともに受験で追い込みの日程は超過密だし、母親は実の母の宗派も間違えるで、そんな家族が右往左往する中でとうのボケてしまっていたはずのばあさんが一番しっかりしていたようで、みんなが一人も欠けずに集まれるように家族の多忙な日程を縫ってピンポイントにその日と選で100歳の長い人生に幕を下ろした。


二日前にばあさんの葬式を済ませた私は、長距離バスに揺られて西も東も分からない名古屋の街についたばかり。まばゆいばかりの大都会のネオンを眺めながら夢なのかうつつなのか、なんだかふわふわしたようで、そのうえ、明日には飛行機でフィリピンへ。久しぶりの都会で羽を伸ばそうと夜の街の客引きの声に耳を傾けてはみたものの、なんと、名古屋のキャバクラの相場がそれはそれは高いこと。東京なんかよりも二割は高い。

「今夜はおとなしく、やめておくか。」

母親の電話を切った後、冷たいベンチに腰を下ろしながらコンビニで買いこんだ飲みかけの缶ビールを片手に街のネオンを眺めていた。
暮れの賑わいに雑踏の行きかう夜の街。ばあちゃんのお見舞いに行ったとき、老人ホームの近くの公園で、車いすを押しながらばあちゃんと一緒に大声で歌った『木曽節』を今夜は独りで口ずさむ。

「心置きなく楽しんでおいで。」

そう、ばあちゃんが言ってくれているような気がした。






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Vashti Bunyan - Just Another Diamond Day






覚書;18日に稲の苗起こし、今日はインド野菜の畑準備、マルチ敷設。明日はモロッコインゲンの畑の石灰処理。ジャガイモ準備。
以前『アクアテラリウム』で紹介した『ヴァシュティ・バニヤン』の名作。
いろいろ考えるのがめんどくさい時、畑仕事で疲れた時はいつもこの曲。












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歌合戦 2018

2018.12.31 (Mon)
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冒頭追記
昨年はお世話になりました。
記事の頭にわざわざ追記というのも音風水は音楽ブログのつもりなのですが曲のレビューにコメントがあまりにも少ないことに悩んでおります。どうか皆さま、年賀状の仕分けで忙しい私を元気づける意味でも何かしら書いていただけると幸いです。とくに、当方、普段はあまり音楽聞かないよという人に向けて書いておりますので詳しくない方もお気軽にどうぞ!!




今年もあっという間の大晦日。やりたいことの半分もできなかった今年一年、今年紹介した名曲とともに悲喜こもごもの一年間を振り返る『音・風・水』年末歌合戦。振り返れば悔いが残る年ではあったけれどそこそこ立派にやり切ったんじゃないかな。悔いが残る年末というのもこうして区切りをつけたとき、また来年頑張ろうという新年への原動力に。さて泣いても笑っても今年も残すところ一日、来年こそ幸多かれと願いを込めて『音・風・水』年末歌合戦、開催です。








Yegna Ft Aster Aweke - TAITU






今年紹介した曲では文句なしの第一位。エチオピアのアイドルグループ、ヤンニャと大御所アスター・アウェケ共演の少年少女たちに送る未来への賛歌。彼女たちを中心に展開するアフリカ女性を支援する運動、ガールズハブは現在も健在で、ラジオやSNSを通じて世界へと発信を続けています。この曲で歌われている『Taitu』とは19世紀のエチオピアの女王『タイトゥ・ベトゥル / Taytu Betul』のこと。ビデオの中でアスター・アウェケ演じるのがその女王様。主人公の少女が通う学校の教室にもその肖像画が飾られているのを見ることができます。国内での奴隷販売を禁止し、アドワの戦いでは夫、メネリク二世とともに自ら軍団の先頭に立ちイタリア軍を撃退、帝国の独立を守り抜いたエチオピアの伝説的ヒロイン。そんな彼女のように『私たちだってできるのよ』と5人の少女がアフリカの若人たちにエールを送る可能性への応援歌。フェイスブック『Yegna』で活動の様子が見られますので興味のある方は私の過去の稚拙な文章と共に是非とも目を通してほしい。聞けば必ず元気になる、いい曲です。



『Yegna  明日への切符』





私が所有しているアスター・アウェケのCD












Girma Beyene / Ene Negn Bay Manesh






プレゼント企画でクイズのシンキングタイム用に使った楽曲。引き続きエチオピアからの一曲です。
60年代当時、首都のアジスアベバはアフリカでも有数の大都市で夜の町は活気に満ちていました。『スウィンギング・アジス』と呼ばれたムーブメントのさなか、音楽界のドンとして頭角を現したのがこのギルマ・ベイェネ。アディスアベバ生まれ、生年月日は不詳、ちなみにエチオピアがアディスアベバに首都を遷都したのは先のタイトゥ女王の時代です。

アメリカツアー中に祖国エチオピアで軍事クーデターが勃発しそのまま亡命、しばらく音楽界からは姿を消していましたが帰国後、再び活動を再開、そんな生きている伝説の現在の姿もあわせて、どうぞ。



Enkèn yèlélèbesh by Girma Bèyènè & Akalé Wubé







『ブログ開設5周年記念プレゼント企画』














TACO / な・い・し・ょのエンペラーマジック






毎年一曲は変な曲が混じります。その中でもこの人達は極めて危険。レコードにうんこのおまけ付けたりライブで自分の体にナイフを突き刺してそのまま精神病院に入れられたり。ツイッター見たら山崎晴美さん、まだまだ現役でございました。




『水虫にはキッチンハイター』
















Emilie Simon - Dame De Lotus





いいなぁ、この曲。今年一番聞いた曲かも。結構前から持っていた一枚だけど何故か今になって引っ張り出してはよく聞いている。この曲みたいに単純なメロディーや無機質なリズムの断片が幾つも重なり合って一つの建造物を作り上げていくように。シンプルな旋律が何重にも重なり、絡み合って有機的な塊を作り出してゆくように。そんな作品が私はとっても好きです。ただかわいいだけじゃない、ぜひお会いしたい女性の一人。





『ミンミンゼミ』



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Devendra Banhart - Little Yellow Spider






記念すべきブログ第一回目に紹介したデヴェンドラ・バンハート、Devendra Obi Banhart ミドルネームのオビはスターウォーズのオビ・ワン・ケノービから、インド人の名前だねってインドの友達が言ってたから調べてみたら彼の両親が師事していたインドの導師が名付け親なんだって。道理でインドをちゃかしたような曲があったり見てくれもインド人みたいだったり。ベネズエラ生まれのアメリカ育ち。なんてことない曲ばっかりなんだけどいつの間にか聞き入ってしまう、不思議な歌声の持ち主です。





Devendra Banhart - Carmensita








『音・風・水 ブログ開設5周年』
















On The Road / Emi Meyer





文句なしにいい曲ですね、なので解説は無し。プリウスのCMソング。調べてみたら日本人だったのでうれしかったな。




『フィリピン・南国の光』 台風













The Damned - Shadow Of Love





意外と反響があったのがこの曲。おかげで、7曲選曲の今日の予定が8曲になってしまった。音楽ブログのつもりだけど選曲に難ありなのか私のブログは曲に対するコメントがほとんどありません。




『台風』











Lost on You - LP





〆はこの曲。この曲もシンプルでよくありがちなバラードなんだけど、ではその辺の平凡な曲とどこが違うかっていうと、この曲には不思議な魔法がかかってるってこと。その魔法をしっかり言葉で解説できたならいい作品がいくつでもかけるようになるんですけど。Google検索『Lost on You 和訳』で毎日20件以上の閲覧数があるこちらのページ、翻訳、頑張った甲斐がありました。





『歌詞和訳  Lost on You / LP』













どうです、一曲でも気に入った曲がありましたでしょうか?徹夜のバイト帰り、勢いで一気に書いてみました。
それでは、私は明日の仕事が控えているので寝ることにします。きっと夢の中では数限りない名曲が。そんな私にかまわず終わろうとしているこの一年、いったい来年はどんな年になりますでしょうか。来年こそはと思うところは、皆さんも山ほどあることでしょう。何の変りもない毎年の年の瀬、しかし不思議なことに年が明けるのがいつになく楽しみなのは、いったいなぜなのか。一人一人の心に秘めた思いとともに、来年もよい年でありますように。








少彦名のきのこ図鑑6 シロキクラゲ

2018.10.20 (Sat)
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10月1日撮影
折れて朽ちた地面の枯れ枝に生えていました。広葉樹の森のなかではよく見かけるキノコ。名前の通り真っ白に透き通った木耳です。
それほど珍しくはないにしても一度に取れる量はほんのひとつまみ。それでも癖がなくおいしいキノコなので見つけたら必ず持ち帰っています。





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さっと湯がいて酢の物に。
ほんとにちょびっとですね。飲み屋のお通しにもなりません。
味はつるつるとして癖のない歯ごたえ。キノコが嫌いな人でも抵抗なく食べられるんじゃないかな。
最近は栽培物も流通しているようで、世界三大美女の一人、かの楊貴妃は美容を保つために毎日食していたとか。滋養強壮、コレステロールを下げ、動脈硬化、心臓病にもいいとのこと。しかし、それよりなによりこうやってちょこっと食卓に添えるだけで今日一日を幸せに振り返る、精神衛生を健全に保つためには効果絶大な森の白い宝石です。







Art Bears - In Two Minds



Art Bears
さて、この曲が精神衛生上どんな効果をもたらすかは定かではありませんが、今日のように森に分け入るといつの間にか口ずさんでいる私の大好きな曲、これってちょっと変態でしょうか。
アート・ベアーズ、イギリスのアヴァンギャルド・ロック・バンド、ヘンリーカウ/HENRY COWのメンバー三人 クリス・カトラー/Chris Cutler (percussion, texts)、フレッド・フリス/ Fred Frith (guitar, bass guitar, violin, keyboards)、ダグマー・クラウス/ Dagmar Krause (vocals; previously of Slapp Happy)がヘンリー・カウ解散後新たに結成したアバンギャルド・ロック、プログレッシブ・ロック・バンド。ボーカルのダグマー・クラウスはスラップハッピーでも、その歌声を聞かせるドイツ人のボーカリスト、以前、過去記事『霧のドライブ』でも紹介しました。
今夜の曲が収録されているアルバム、『Hopes and Fears』は私がまだ、音楽の森で右も左もわからずさ迷っていたころ、突然頭上に降り注いだ暖かな木漏れ日のような、自閉症の少年に未来を指示しめしてくれた、自分にとってはとても大切な一枚、プログレの迷宮から少年を救ってくれた奇跡の作品です。とかく難解なアプローチが際立っていたヘンリー・カウから三人組のシンプルな構成になって、より肉体的に、グルーブ感のあるセッション・バンドに進化しています。そこはバンドの中核であるクリス・カトラーのパーカッションの役割が非常に大きい、一見とっつきづらい音楽ですが三人の個性がぶつかり合う音と音のバイブレーションがダイレクトに体幹を突き動かす魂の一枚です。



過去記事 『霧のドライブ』










諏訪市立湖南小学校後山分校

2018.08.20 (Mon)
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今年中の取り壊しが決定しました。
以前、ブログで紹介した後山分校。また一つ、懐かしい風景が日本から消えてゆきます。






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私の家からは隣村。こちらに引っ越してすぐ、偶然見つけたときの衝撃は今でも忘れられません。

過去記事霧のドライブ』






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丘陵地に建てられた立派な校舎。
分校と言われる割にはとても凝った、一度目にしたら忘れられない不思議なたたずまいがあります。






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裏山の斜面に向けて二階から空中スロープが突き出ています。
何のための廊下でしょう。






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映画やドラマのロケ地にも多数なっているようです。
代表的なものにフジテレビの『ゴーイング マイ ホーム』や映画では『ひぐらしのなく頃に』などがあります。
私はどちらも見たことがありませんが。







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近所の方からは夏のうちに取り壊しと聞いています。
消えてなくなってしまう前に出来るだけ記録にとどめておこうと思います。






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トイレですかね。
煙突は肥溜めのガスを抜くためのもの。臭突と呼ぶのだそうです。





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廃校 廃墟
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図書室だったのでしょうか。『文』の文字が読めます。棚の上には捨て忘れた野球のグローブ。






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木造二階建てなのですが、斜面に建てられているために一見すると3階建てのように見えます。






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体育館。
正面から見て左側面。








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校門の石垣にアケビがなってました。
子供たちがいればきっと取り合いっこになってたでしょうね。










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お盆を過ぎたとたんに急に秋めいてきました。
眩しかった夏の日々は過ぎてゆき、またつらい冬がやってきます。








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Aretha Franklin - (You Make Me Feel Like) A Natural Woman




アレサ・フランクリンが16日に亡くなりました。
偉大な女性ソウル歌手、彼女に代わる人はやはり見当たりません。
過ぎ去ってゆく全てのものを偲んで。






たこ八郎

2018.08.05 (Sun)
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ある日、いつもの公園から帰ってくると家の中がすっごく臭かった。
昼間からカーテンを閉めて薄暗いリビングに母親がこっちを向いて鼻をつまみながらソファーのほうを指さして苦笑いしている。
並べられたソファーには見たこともない浮浪者がいびきをかいて眠っていた。

それがたこさんとの初対面だった。

たこ八郎。本名、斎藤清作。元日本フライ級チャンピオン、日本屈指の名コメディアン。父とは同じボクシングの仲間、一つ下の後輩、階級も彼のほうが軽い一つ下のフライ級。
現役の時はよくスパーリングの相手をさせられた。させられたというのもたこさんとやるのが本当に嫌だったそうだ。父のほうが彼より一つ重いバンタム級(当時はスーパーフライ級という階級はありませんでした。1980年新設)。当然試合をすれば圧勝なのだが、たこさん、これがどれだけ打ったって倒れない。打たれても打たれても手をぶらっと下げたままノーガードで頭から突っ込んでくる。しまいには相手が根負けしてみんなリングから逃げだしちゃう。『あしたのジョー』、矢吹丈のモデルになった伝説のボクサー。

たこさんは僕のことを『お坊ちゃん』と呼んでいた。お酒を飲むとすぐに酔っぱらった。というかお酒を飲んでないたこさんを見たことがない。酔うと子供の時の話ばかりした。僕のような子供を相手に楽しそうにお酒を飲んでいた。飲めば故郷が懐かしいとこぼした。終いにはいつも必ず泣き出した。おねしょしたカーキ色の作業ズボンを母親が洗ってた。

「お坊ちゃん、子供のころ、学校帰りに、毎日、麦畑に寝転んで、あの青い空を眺めながら、あれだよ、オナニーをするんだよ。きもちよかったなあー。あの真っ青な空。あの日に帰りたいなぁ。本当にあの青空はきれいだったなぁ。」

そういいながらいつものようにおいおい泣いていた。母親はたこさんがいるときはいつも黙って苦笑い。私は、とっても嬉しそうに話すたこさんが実はとっても寂しそうなんだなって。昼間、父が留守の家でたこさんの相手するのは私。酔っ払いのわけのわからない苦だ話になぜだかいつまでも付き合ってた。父ら友人の間では「迷惑かけて、ありがとう」というのが合言葉のようだった。  

ある日、明日CMの撮影がハワイであるので飛行機に乗らなきゃいけないという日に、家で、前日から飲み続けてべろんべろんに酔っぱらってて。仕事に行きたくないよーっ、て子供のように駄々をこねた。母親がタクシー呼んで無理やりに車に押し込めた。
「空港に行くにはね、こうこうこの電車に乗って、この時間には間に合うようにこうしてああして・・・運転手さん、お願いしますね。」
次の日たこさんから電話がかかってきた。飛行機に乗り遅れたって。山手線で眠りこけてぐるぐる回ってる間に飛行機、飛んでっちゃったって。
こんなこともあった。
カルビーだったかな?ポテトチップか何かのCM撮りでスポンサーの社長に製品の感想を聞かれたら、「おいしいけど、ちょっとしょっぱいね」って。
結局CM降ろされちゃった。

忙しくなって顔を見せなくなっても、よく電話だけはかけてきた。

「たこです。え、っと・・・・清作です。お坊ちゃまでいらっしゃいますか?お母上はいらっしゃいますか。」
「はい代わりました、はい、そうよ。仕事行ってる?ちゃんと食べてる?お酒ばっかり飲んでちゃだめよ。ご飯ちゃんと食べなさいね。」

ー 何の電話だったの?
ー 今何時かって、家に時計がないんだって。 
  
たこさん、他の人の話は駄々をこねて聞かなかったけど母親の言うことだけは素直に聴いていた。  




それから何年かしたある夏の日、たこさんが死んだ。お酒を飲んだまま海に入ってそのまま帰ってこなかった。
その日から直前、ここ半年、一年間はたこさんからかかってくる電話は長電話が多くなっていた。いつも母親は困ったような、深刻な顔で親身になって相談に乗ってあげていた。
電話口でいつも泣いていた。結婚するのがどうしてもいやだって。あるひとにずいぶんと言い寄られて、それこそ家にまで押しかけてくるようで困っているって。確かそのころはほとんど彼女と一緒に暮らしてたみたい。たこさんもその人がとっても面倒見のいい、良い人で好きだって言ってたらしいけど、でも自分には結婚する自信がないんだって。怖いんだって。いつまでも自由でいたいんだって。相手は名前は出さないけど、今でも芸能界で活躍してるあの人。母親はたこさんの話を聴きながらその彼女のことをずいぶん強引な人だと怒ってた。
           あき竹城   自殺
亡くなる一か月前は特に頻繁に電話がかかってきた。毎週、それこそ毎日。そして、あの日、たこさんは戻ってこなかった。私たち家族の間では、口には出さないけど、みんな、たこさんは自分で行っちゃったって思ってる。
たこさんの思い出。いやだなって思ったのは最初の日の、あの酒臭い、お風呂にも入っていない、強烈なあの匂いだけ。
ただただ思い出すのは人のいい笑顔と子供のようなあの泣き顔と。


夏の青空の下、いつものように酔っぱらったまんま、たこさんは自由の海に帰っていっちゃった。






 Somewhere over the Rainbow - IZ
  
 


イズラエル・カマカヴィヴォオレ
Israel Kaʻanoʻi Kamakawiwoʻole 愛称“IZ”ハワイアンの伝説的歌手。38歳の若さで死去。たこさんと一緒で神様に愛された人。
この曲、前にも紹介したけど、たこさんのための選曲となるとどうしてもこの曲しか思いつかない。僕も何かあると彼のアルバムを引っ張り出して聞いている。今も聞きながら涙が出てきて止まらない。

本当は日本ボクシング連盟の話を持ってこようかと思ってたけど、僕のたこさんと同列に書くにはあまりにあの会長は低俗すぎて。
たこ八郎の、斎藤清作さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

たこさん、ブログになんか書いちゃって、ごめんね。








ミンミンゼミ

2018.07.29 (Sun)
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今日ミンミンゼミが初めて鳴いた。
いよいよ八月、いろいろなものが一度にどっと押し寄せてくる季節です。





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田んぼの雑草もあらかたかたずいて、『恐ろしく草の多い田んぼ』から『普通に雑草の多い田んぼ』くらいにはなりました。
写真は今回大活躍した白兵戦の秘密兵器、『ゴリアテMk.II』 一代目は
『妄想・ドイツ機甲師団 第2話』で登場したすっごい重くて方向転換するのも一苦労だった奴。百姓初めて一年目だったのであの作業は心底泣きました。ブログも始めたばかりだったので何とかして面白い話題を書いてやろうと『妄想ドイツ機甲師団』なんて無理やりカテゴリー立ち上げたりなんかして、でもそうこうしてるうちに書きたいネタなんかは日々自然と降ってくるもので結局この企画、第二話で終わっちゃた。今読み返せばなんともかわいらしくわくわく感は伝わってくるけど、文字で残すというのは責任の伴うものでこの場合は責任というほど重大なものではないけど、「あら、恥ずかしい♡」というくらいのむずむず感はこうやって世界の片隅に残ってゆくんだろうな。ブログネタは日々増え続けて今では本当に書きたいことが書けなくなって、なぜって、書かなきゃという強迫観念もあるしそれに伴ってちゃんと書こうと意気込みするものだからどうしても筆が止まってしまう。インド紀行とか、フィリピンの旅とか、上野大根のこととか・・・・。そんなこんなでミンミンゼミにかこつけて息抜きがてらどうでもいいことを記事にしてかいています。






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やっと水面が見えるようになりました。あとは時間を見て株間の草をとっていくだけ。でも、普通の田んぼの管理でいえばこの状態から「草が生えてきたぞ!」とばかり草かきの作業が始まるんですけどね。
ミンミンゼミといえばこの辺では昔はあまり鳴き声を聞かなかったんだそう。そういえば、東京にいたときも子供の時はセミといえば“アブラゼミ”。東京でミンミンゼミが増えてきたのはここ数10年くらいじゃないですか?しかしそんなことよりいつも思うのはセミの鳴き声と書いてみてとっても違和感を感じること。だって、セミって声を出すような口もってないでしょ。







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カレーリーフ・久美子さんから頂いた金山寺味噌で、初物のキュウリをいただきました。金山寺味噌ってちょっと高級なお味噌だと思ってたら中にいろいろ野菜がつけてあって少し甘くって想像してたのと全然違った。これ、ご飯に乗せたらすごくおいしそうだね。新米ができるまでしまって取っておこう。お味噌といえば、そうそう、くんざんさんにいただいた手作り味噌。おつゆのみにして少しずついただいてたんだけど、おいちゃんがいたく気に入って、分けてくれって分けてあげたらあっという間になくなって、少し残しといてって言っておいたんだけど、あーあ、キュウリが採れ始まるのを楽しみにしてたんだけどな。

今日は一日炎天下で草刈り。水風呂浴びてパンツ一丁に金山寺味噌とお皿に乗ったキュウリ一本。首の日焼けにビールがしみるぜ。







Emilie Simon - Song of the storm





エミリー・シモン
フランスの女性歌手、作曲家。幼少より音楽の英才教育を受けた不思議少女。かと思ってたらなんてことない、今夜紹介した一曲目は"La Marche de l'Empereur"のサウンドトラック。いつか見てやろうと思ってた皇帝ペンギンの家族を一年間追い続けたドキュメンタリー映画を全編担当してる半端ない才女でした。大体私の持っているアルバムもデビュー作かなと思ってたら2006年までに発表していた三作品のベスト盤。情報的な音楽知識には全く無頓着なのでこういう機会がないとほぼ調べないのですがかえって予備知識なしに音楽に接することができるのでよしとします。さて、このコケティッシュな女の子、追いかければ追いかけるほど危ない香りが致します。どこか、ケイトブッシュを彷彿とさせるような、否、ケイトの生き写しではないかしら。いい女というのは世の中にたくさんいるけれどこういう女にのめりこんだらやけどじゃすみませんね。やけどというかドライアイスに触ったら手から皮膚が焼けてはがれて離れない感じ。そういえば皇帝ペンギンは遥か南極の南半球。今、日本は死人が出るほどの異常な夏ですが、南半球のペンギンたちは、たった今、この時間も世界で一番厳しい冬を耐え忍んでいるんだろうな‥‥ なんて考えてたら、ほら、彼女の音楽聞いてるとなんか不思議な気分になっちゃうでしょ。



Emilie Simon - Dame De Lotus




かっこいい女ですね。才能があって美人でしかも魅力的で、神様はどうしてこうもえこひいきなんでしょうか。二曲彼女のオリジナルを紹介したけど実は彼女の曲で一番好きなのはザ・ストゥージズのカバー曲。原曲のイメージを壊さずに全く別の楽曲に仕上げています。脱帽です。
そういえばずいぶん前に紹介した私の大好きな曲、クリス・アイザックの Wicked Game もカバーしてたな。もしかしたら音楽の趣味が奇麗な彼女と合うのかもしれないな。と、世迷言はこれくらいにして、では、オリジナルと合わせて、二曲続けてどうぞ。
(デビュー盤と今回紹介したコンピュレーション盤とは若干バージョンが違います。聞き比べるのも面白いかもしれません)




Emilie Simon - I Wanna Be Your Dog



The Stooges - I wanna be your dog










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歌丸さん

2018.07.12 (Thu)
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歌丸さんが死んだ
なんだか嘘みたいだ

テレビで見たときからお爺さんだった
笑点では毒舌の憎まれ役だった
創作落語の出だとは知らなかった

私は東京の下町育ち
五代目三遊亭圓楽、『若竹ビル』のすぐ隣に住んでいた。
初めて見た落語はそこで見た円楽師匠の高座。
円楽さんは朝早くから箒片手に近所の路地を掃除していた。

歌丸さんの高座はきっと見たいときにいつでも見れると思っていた。
気がついたら一度も見ないで終わってしまった。
改めて思うのは
当たり前だけど『歌丸さん』て一人しかいなかったんだなと。
なんかミック・ジャガーとかデヴィッド・ボウイとか、そんなロックスター達と全くおんなじ。

歌丸さんが死んだ。
本当にかっこいい男が死んじゃった。




Shivaree - Goodnight Moon











ひぐらし雑記帳

2018.07.02 (Mon)
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6月28日
ひぐらしが鳴き始めた。
夕暮れの森の中で一匹だけさみしく鳴いていた。
ひぐらしの鳴き始めは記録してないから確かにはわからないがいつもの年よりかなり早い気がする。
梅雨も梅雨らしい日が一日もないままに一週間も早く開けてしまった。

6月27日
食堂で突然目がおかしくなった。
右の視界の上からぐるりと半円をかいてナイフで切ったように切れ込みが入った。その切れ込みから虹色の炎のようなものがめらめらと噴き出していた。そんな状態が10分余り続いた。食事をしている周りの友人の声が聞こえてはいるが何故か頭に入ってこない。吐きっぽい気がする。座っているのに立ち眩みのようだった。
仕事を半日で切り上げて大きな総合病院に行った。救急外来、きれいな見習の女医さんだった。帰りしなに『専門は?』と聞いてみたら『駆け出しでまだないんです』とのことだった。今度CT検査で頭の中を見てもらおうと思う。

猛烈に忙しい。
朝、二時間畑で仕事して、泥のついた長靴のまま会社に出る。
仕事が終わってからまた畑に出て日が暮れて暗くなっても山間の耕地で一人うろうろとしている。それでも全く追いつかない。
今日はやっとモロッコのトンネルを一本だけ建てた。豆の苗がもう伸びきっていて網でひっかけて少し痛めてしまった。風が強い、弦が風で折れてしまわないように明日も朝早く起きて夕方までにはもう一通り支柱を仕上げてしまおう。

キース・ジャレットを聞きながらせかされるように書いてる。
終わったらジャズを流しながらワールドカップを観戦しよう。





Keith Jarrett Standards Trio








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『フィリピン・南国の光』 オリジン

2018.01.09 (Tue)
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憎っくき鶏の雄たけびに今朝も南国の安らかな夢を破られて、まだ夜も明けきらぬうちから目が覚めてしまった。
日の出は南国といえども季節は冬ですから朝の4時といえば日本と同じで町は真っ暗。それでもフィリピンの人たちはとても早起きで通りからは人の声や道を急ぐ足音がまばらと聞こえてくる。毛布をかぶり何度も寝ようと試みてはいるがこうひっきりなしに鳴かれてはうとうとすることも難しい。前夜のビールが抜けただけでもよしとして寝てる家人を後にこっそりと家を抜け出して朝の街を散歩することにした。



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乗り合いバスのジープニー / jeepneyが出勤のお客を満載して街道を走ってゆく。朝5時だというのにもうすでに半分のお店がシャッターを開いて営業をしている。露店や行商が狭い歩道を行きかっている。





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自転車のリアカーにアルミの寸胴を積んだ物売りが脇に止まって何かを売っている。
なんだと聞くと「トウフ」だと答えた。






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タホ / Taho
おぼろ豆腐にタピオカや水蜜をかけて食べるデザート。大きいカップで20ペソ。小さいのが10ペソ。
せっかくなので大きいのを頼んだ。スプーンなどついているわけでもなく傾けてずるずると吸い込む。
おいしい。



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街の中心にあるカソリックの教会、Immaculate Conception Parish Church。1866年に建てられた古い教会。フィリピンの歴史的建造物の一つ。フィリピン革命などいくつもの戦火の中で悲劇の舞台にもなった場所。日本統治下でも多くの住民が処刑されているそうです。


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写真をとってもいいということで何枚か撮らせていただいた。
天井は修理のために足場がかけられている。




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そういえば今日は日曜日。大勢の信者がミサのために集まっていた。
きっと日本人は私だけ、見るからに場違いな疎外感をひしひしと感じて非常に居心地が悪い。きらびやかな装飾、光り輝く彫像、厳かに響き渡る讃美歌。人々を恐れおののかせるにはもってこいの良くできた舞台装置。

宗教のことを語る前に少し私の立ち位置を確認されておきたい。宗教を語るときは場が混乱するのは常であるから出来るだけ誤解を招かぬように。
まず、私は一神教については批判的である。一神教は人類が越えなければならない最後の障壁だと思っている。ただ、私にはキリスト教徒、イスラム教徒の友人がたくさんいる。当然私の考えも彼らは知っている。そのうえ宗教施設は大好きである。特に教会の美しさにはしばしば目を奪われる。あの厳粛な雰囲気の中に何時間でも浸っていることができる。白状するが以前のかみさんは白人女性、クリスマスもイースターも一緒にお祝いした。別れた理由は信仰の違いではありません。

さて、フィリピンという名の由来をご存知でしょうか。フィリップ王の統治する国、この国はアジアにあってスペインの王、フェリペ二世(当時は皇太子)の名前を冠した国なのです。日本に西洋文化が流れ着いた同じ時期、白人の強大な軍事力の前にひれ伏し征服された国々の一つです。300年に及ぶスペイン統治時代の後、侵略者を撃退し独立した後もフィリピンという国名を変えることはしなかった。フィリピンにキリスト教が広まったのはスペイン統治時代、ではそれ以前はと周りのフィリピン人に聞いてみてもだれ一人として答えられる人はいません。私の宿泊している家族の奥様は歯医者さん。大学で学位を持っているインテリのはずなのですがスペイン統治以前のこの国の歴史や宗教について訪ねてみても全く知らないという。子供たちに聞いてみて、きっと学校で習っているから。全く知らないうえに興味すらないようです。これは日本での話ですがフィリピンパブに行ったときにふと不思議になって同じ質問をしたことがあります。その時の答えに私は衝撃を受けました。
「スペイン人が来る前の歴史なんか恥ずかしくって何の役にも立たないわ!」
間髪入れず吐き捨てるように言い放つホステス。その顔は怒りに満ちています。キリスト教がやってくる前はフィリピンは暗黒の地、未開のとるに足らない島々だったというのです。
そこで調べて見ました。キリスト教が伝来するまでのフィリピンにはイスラム国家が存在していたようです。しかしあまりに資料が少ない。今のマレーシアあたりを想像すればいいのでしょうか?ヒンドゥや土着の神が融合した緩やかなイスラム国家を想像してみます。

目の前では、牧師さんが長々とビデオの前で説教をしています。言葉はわかりませんが非常に具体的で寓話的な話をされているのでしょう。私は子供の時にキリストが磔にされた三日目に生き返った話を母親から聞きました。その時最初に思ったのは何でこんなオカルトな話を大の大人が信じるのだろうか、と。なんと罰当たりなことでしょう。こんなことをミサの最中に考えているのは私だけ、彼ら信者から見れば異教徒の私は『悪魔の申し子』排除すべき存在なのでしょう。哀れな子羊の群れに紛れ込んだテロルスト。社会を乱す邪悪な存在です。創造主はそれ以外の存在を認めようとはしません。我こそは全知全能であり異教徒の神はすべて悪だと。すなわち偉大な神の力が強ければ強いほど悪魔の力も大きくなる。逆を言えば悪魔の邪悪な力を借りてキリスト教の神は大きく強大になってゆく。今回のこの一連のブログ、南国の光と題した理由は光が強ければ強いほどはっきりと浮かび上がる『影』の部分を暗喩してのこと。しかし、きっとキリスト教社会のこのようなコミュニティにわが身を置いたならば、私のような不遜な不謹慎なものでも、集団から外れる恐ろしさから神に頼らざるを得なくなることは目に見えて明白。そう、これは厳粛な舞台装置、『原罪』を人々の心に植え付ける強大なシステムなのです。

車でフィリピンの家族と旅行に出たとき、信号に止まると必ず花売りや物乞いや笛吹きがやってきて金銭をせびります。中には目の見えない息子の手を引きながら混雑した車の間を物乞いさまよう年老いた母親もいます。フィリピンの友人は彼らは○○だから早く窓を閉めなさい!といいます。一人に金を渡すと後から後からやってきて収集がつかなくなります。それはインドも同じ、よく経験することです。しかし、このとき彼らはわざわざ原住民の名前を呼んで私をいさめました。他意はないかもしれません。ただふとした拍子に本心が現れることもあります。なんと呼んでいたかは忘れてしまいましたが山に住む少数民族を呼ぶ蔑称のようです。
フィリピン人の顔を見ると同じ家族でも様々な人がいます。私たちのようなアジア的な顔、肌の色の黒いもの、白いもの、白人のような表情の人。フィリピンの人達と、錦糸町で遊んだフィリピンパブのお姉ちゃんも含めて、彼らと接して感じたのは、征服者であるスペイン人を家系に持つこと、白人的な容姿を持つこと、それがいかに血統的に優れた特権的なものであるのか、白人の血を引くことを人々は誇りに思っているようです。逆を言えばフィリピンの原住民に対する差別意識が根底に流れていると気づかされます。フィリピンの貧困の原因は単純に経済的構造に端を発していることではないのかもしれません。国を蹂躙したスペインへのあこがれと信仰。いま、窓の外でしきりに車のガラスをたたいて私に訴えかけている哀れな老婆、きっとあの人こそがこの国のオリジン / origin であるはずなのに。








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教会を出て、いつものように肉屋の角を曲がって、もう起きだしているであろう友人のうちに帰ります。
少し行ったところで、またあの豆腐売りにあいました。






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「いくらだっけ?」
「20ペソって言ったろう」


ぼったくられたのではといぶかしがって聞きに来たのだと感じたようです。


「もう一つくれないか?」


私はまだ温かいプラスティックのコップをもってコンビニのわきで座り込んでいる物乞いの老婆に近寄りました。


「・・・・メリークリスマス。」


老婆は真っ白のタホを片手にいつまでも私のほうに手を合わせていました。










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Boney M - Rivers of Babylon




バビロンの流れのほとりにすわり、
柳にたて琴をかけ、
シオンを思い、すすり泣いた。

わたしたちをとりこにした者が、歌を求め、
しいたげる者が慰みに「シオンの歌をうたえ」と命じた。
異国の地にあって、どうして主の歌がうたえよう。



ボニー・M、バビロンの河。1978年に大ヒットした懐かしのディスコ・ミュージック。今回、数回にわたってディスコ・ソングが続いたのは実はこの曲をこの回にぶつけたかったため。期せずして前回のジンギスカンと同じ西ドイツで結成されたユニット。軽快で明るいメロディーとは裏腹に詩の内容は聖書の一片、バビロンの捕囚。ユダヤ人が国を滅ぼされてバビロンに強制移住させられ悲嘆にくれるという内容のもの。
このバンドのために集められたメンバーはカリブ海やインド洋、アフリカなど、キリスト教徒に征服され自らの宗教を奪われた国の人たち。これって何かの皮肉なのでしょうか。










アイヤッパへの道 vol.16

2017.12.14 (Thu)
アガスティアの葉

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Agastya
多少長い文章になりますがインドという国を知る手掛かりになれば。





二台のマイクロバスはチェンナイを離れ、いよいよ巡礼の旅に向かいます。
友人一族にとっては一年でもっとも重要な一大事。巡礼の初めとして、まずはアガスティア・ナディ・アストロロジー『アガスティアの葉』の先生の事務所に挨拶に向かいます。

アガスティアの葉 / Nadi astrology
今から3000年前、聖者アガスティアの予言を起源とする占い。何千、何万というアガスティアの葉と呼ばれる古代文字の書かれた一枚の葉に一人の人間の一生が書かれている、その人の前世から前世で行った善行、罪悪、前世から影響を受けるであろう彼の現世での運命、彼らが誕生した時から死に至るまで、彼ら、彼女らの死に至る原因と死ぬであろうその日時まで、一人の人間の一生が一つの物語としてその葉っぱに描かれている。彼らの人生が語られる言葉は古代タミル語で記され、アガスティアの葉がこの世に生まれてから3000年の間、何百回となく連綿と新しい葉に書き写され代々受け継がれてきた。被験者の親指の指紋をもとに該当するアガスティアの葉を探し出し、ナディ・リーダーと呼ばれるアガスティアの葉の詠み人が、彼、彼女の運命を事細かに読み聞かせる。現在、この正統なナディー・リーダーは世界に10人余りしか存在しない。


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事務所と呼んでいいのだろうか。意外とこじんまりしている。一階の待合室には順番を待つ顧客がずらりと、薄緑色のソファーに神妙な面持ちで座っている。中にはこれから結婚を考えている恋人同士だろうか。不安げに手を取り合って自分たちの運命をその列の中にゆだねている。現代のインドでも占いの結果次第で結婚相手を決めることが普通にある。両親たちが占星術で娘、息子の結婚相手の相性を計るのだ。恋愛結婚はまだまだ少なく、それなりに財力、地位のあるものでない限り、大概は古い習慣に縛られてしまう。それがいいか悪いかはわからない。インドの家族を見たときに、こんなに仲のいい家族は世界探してもないのじゃないかと思う。自由恋愛の日本で離婚率が高いのとは正反対だ。
しかしながら、自分の望んだ幸せを遂げることができない若者も現実には存在する。恋愛に関して思い通りになることはむしろまれなほうだ。インドの個人のお宅に呼ばれたとき、壁に若い女性の写真がぽつんと飾ってあることがよくあった。聞けば自ら命を絶った娘だという。理由は聞かない。聞かなくとも想像はつく。




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Agasthiyan Durai Suburathinam Nadi Jothida Nilayam



アガスティアの葉は古代タミル語で書かれている。インド人であろうと誰もが読めるものではない。ナディ・リーダー / Nadi Astrologer は幼い頃から師匠の家に泊まり込み身の回りの世話をしながらアガスティアの予言を学んでゆく。彼ら少年は生まれた時からナディ・リーダーになることを運命ずけられている。選ばれたもののみがアガスティアの予言を紐解くことができるわけだ。
インターネットを旅していると日本人でもアガスティアが読めると公言している人間がいる。断言しておく。彼は偽物だ。旅に出るとよくいる、不思議の国、インドに寄生する『おかしな奴ら』である。嘘だと思うなら試しにナディー・リーダーをお願いしてみるといい。きっと根掘り葉掘りいろいろなことを聞かれることだろう。心理学を学んだものならば簡単にそのトリックが見透かされる。
本物のナディー・リーダーは初見であなたの現状にはほとんど触れることはない。親指の指紋と、せいぜい年齢性別を聞くとても事務的な質問のみだ。採取された指紋をもとに数えきれない葉っぱの中から該当する一枚を探し出し解読する。無ければなかったことをそのまま報告する。インドの近代化が進み、それに伴って金儲け目的のあさましい輩、インド伝統文化を食い物にする人間が増えてきた。インドの伝統文化は好奇の目で見られている。それはインド国内でも同じ。いかがわしい偽宗教家が幅を利かせ世間をにぎわしている。そもそもアガスティアの葉を自ら保管していないのになぜそれを読めるのか?もしやレンタル?業務委託?インドの近代化、自由主義、資本主義とはこういったものなのかと相変わらずくさくさする。


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アガスティアの予言には Nadi astrology / アガスティアの葉の終焉に言及する予言があるらしい。
今から3000年後、数えればそれはちょうど今のこの現代、アガスティアの葉を悪用して人をだます人間が世界中に現れるだろうから、その時が来た日には自らこの予言に幕を引き我々のアガスティアの予言をこの世界から葬り去ってほしい。聖者アガスティアは自ら作りだしたナディ・アストロロジーの終わりを作り出したその時に予言していたのである。事実、アガスティアの葉を伝承する正当な導師は今や存在しない。アガスティアの予言を後世に伝える正当な老師は何十年も前に後継を定めることなくこの世を去っていた。友人たちを含め今残っている Nadi Astrologer たちが最後のリーダー。彼らがこの世を去ったとき、それはアガスティアの葉が終わりを迎える瞬間なのだ。


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彼と付き合うきっかけは運命的でも宗教的でもなかった。彼の素性も全く知らず、いつの間にか楽しい時も苦しい時も分かち合う仲になった。私は、彼が占いをやろうが崇高な宗教者であろうが全く関係はない。私にとっては仲のいい友達、話の分かる友人に他ならない。彼の仕事が占いだということを知ったのは付き合いだしてからかなり時間がたってからだ。彼自身も、日本で占い師だといえばいかがわしい存在と思われてしまうことを身をもって知っていた。だから、長い間私には隠していたのだという。さて、彼は占い師、だからと言って彼に対する見方が変わったわけではない。私は自分の目で見たものしか信じない。噂話など聞く耳は持たない。彼が崇高な宗教者だろうがいかがわしい占い師だろうが私の知ったことではない。

彼はアガスティアの葉を『科学』だという。インド文明が何千年にわたって集積してきたデーターの集大成だという。
なるほど、そんなものか。占星術にしろ血液型占いにしろ何かしら根拠があるはず。ああなるほど、そんなものか。ただ、彼のオカルト、不思議に対する考え方、スタンスが聞けただけでも安心した。彼のバックボーンは友情に無関係といいながら、実のところまったく気にしなかったわけではない。多少は気にはなっていたということ。ちなみに彼は幽霊をとても怖がる。

私は『幽霊』を信じている。唐突に何?てところだが、私のオカルトに対するスタンスも同時に披露しておきたい。ついでだがスピリチャルという言葉が大嫌いだ。なんだか軽すぎて裏っ側が透けて見えてしまう。
さて、その『信じる』というのはこうだ。
『幽霊』は在る。『幽霊』は存在するのではなく『幽霊』は在るように『在る』のだ。必死に幽霊の存在を証明しようとするオカルト信奉者のが言うように『幽霊』が実際に存在すると言い切ってしまったならば、もし科学的にその存在がエネルギーなり実態なり、存在として立証されてしまったなら、その瞬間、きっと『幽霊』は我々の目の前から消えてなくなってしまう。幽霊実在の証明によって幽霊は幽霊たる根拠を失うのだ。幽霊の存在を科学的に証明することが現実に起きたならば、それは『幽霊』を抹殺すること。そう、死んだものをもう一度我々は殺すことになる。
『幽霊』は『在る』。見た人間がいる以上幽霊はこの世にある。日本に山や川や美しい自然があるのと同様に。たとえ幻だろうと何かの見間違いだろうと。幽霊は日本の長い歴史と文化を身にまとい、人間の不完全さを嘲笑し、未だ見ぬ死への憧憬と畏怖を体現する。科学が進んだこの世の中にも、幻とも現とも計り知れない世界に幽霊はあるように『在る』
反対に幽霊や不可思議な現象をことさらに否定しようとする人間もいる。私は幽霊を見た時の感動を否定するほど無味無臭な人間でもない。ちょいとまえ、同じようなことを言っていた人をテレビだったろうか、見た記憶がある。『在る』という言葉を使って幽霊の存在を語っていた。以前にも同じようなことをこのブログで書いた気がする。はてさて、彼はどこで私の卒業論文を読んだのだろう。それとも人の考えることというのはたいして差がないということか。卒論は『内田百閒』についてだった。


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友人の言っている『科学』というものを何となくわかったふりをして深く考えることもなく「そういうものか」と理解したふり ー見て見ぬふりー をしたまま友人として付き合ってきた。たとえ、彼の占いが世間によくあるまやかしのたぐいだとしても彼に対する友情は何ら変わらない。そう思いながら友人関係を長く続けてきた。そんなある日、彼の驚くべき能力をまざまざと見せつけられる事件が起きた。




ある日、食事を終えリラックスした友人は突然こんなことを私に向かって言い出した。

― この紙に何か言葉を書いてみてくれないか?
― そしたらその紙を小さく折りたたんで右手で握ってくれ。
― 今から君が何を書いたか当てて見せるから。

僕の左手を友人は握りながら

― 生まれた年は?
― 生まれた月は?日にちは?
― 母親の名は?お父さんは?
― 好きな色は?

私の手を握っている反対側の手
彼は左手の指の関節を使って何やら数を数えている。

― あなた、『LOVE』て書いたでしょ。

当たってた・・・・

目の前で書いたから指の運びで分かったのか
ありきたりの言葉だから当てずっぽうで当てたのか
友人に、周りの人間にも見えないように隠れて書いた。
最後はトイレにこもって日本語で、それも漢字で、書いた紙をゴマ粒のように小さくたたんで右手でぎゅっと握りしめた。
彼は3回も、それもいとも簡単に私の書いた単語を当ててしまった。
涙が出た、恐ろしさで紙を持った右手が震えるのを隠せなかった。




それでも彼との関係は変わらない。
たぶん彼と一番喧嘩する相手がこの私だ。








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アガスティアの葉 瞑想室にて
Agasthiyan Durai Suburathinam Nadi Jothida Nilayam 





後記
野村沙知代さんもアガスティアの葉の信奉者だったようですね。彼の顧客だったかどうかは確認してみないとわかりませんが、占った方を聞けば政界、財界、芸能界、それはそれはそうそうたる方々です。
彼女が幸せに人生を全うできたのも彼らの力は小さくなかったと思います。



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