『続・フィリピン・南国の光』 名古屋の夜

2019.04.19 (Fri)
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ついこの間、やっとフィリピン旅行の記事を書き終えたと思ったら再び再渡航です。
今回は名古屋で一泊、前日まで東京で祖母を見送って、そのまま長野の自宅へは戻らずに高速バスで名古屋入り。
名古屋の街はナナちゃんのメイド姿でお出迎え。田舎暮らしの長い私は久しぶりの華やいだ夜の街に、葬式帰りというのも忘れてのお上りさん気分丸出しです。






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大きなバックを抱えて街を歩き倒し、一通り名古屋の街を散策した後、東京の母親に電話をした。

「戒名変えることにしたから」

100歳のばあちゃんが死んだ。ばあちゃんが死んで葬式の準備という時に母親が電話をかけてきた。「おばあちゃん、西だっけ東だっけ?」と唐突に素っ頓狂な電話をかけてきた。
西か東か?西本願寺か東本願寺かってことらしい。しかし、そんな相談は今まで受けたこともないし、当然ながら今までそんなことは考えたこともない。身内の葬式は爺さん以来、もう何十年ぶりのことだ。

「いろいろ周りに聞いてみる」

そのまま電話を切ったものの、こちらの親戚に聞いても、そりゃ、長野にはつれあいの爺さんの縁故はいないからわかるはずもなし。それでも心当たりを方々あったてみたが、また母親から「大丈夫だから」と電話がかかってきた。

急ぎ帰郷して、当日葬式始まったら、うちは親せきが少なくって家族葬ということにはしたものの集まったのは東京にいる10人と長野の私だけ。そんな少人数ということもあって葬式の段取りなど相談できる人も少ない。みんな顔をそろえたところでお通夜が始まってみると、あれ?なんだかいつもと様子がちょっと違う。おや?聞いたことないお経だな?坊さんの説教もなんだか変な感じ。大体お経が平明な口語体で聞いててあらかた意味が解るような。

で、どういうことかというと、そもそもの宗派、浄土宗と浄土真宗を間違ってたわけ。

「西だっけ東だっけ?」

いやいや、浄土宗?真宗?て聞かれてたら、「そりゃ、浄土宗だろ」って答えてたのだろうけど。いきなり電話口で東西を問われたら、それはどっちだっけ?ってなってしまいました。

爺さんも、ばあちゃんの親類もみんなみんな浄土宗なのに、違う宗派の戒名つけられて、違う船に載せられて、せっかく100歳まで生きたのに、今じゃ、みんなと違うところに独りで送られてきっとばあちゃん、今頃此処は何処?って迷ってるよ。








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「お経あげなおしてもらって戒名も浄土宗に変えてもらったから。」

何ともあっけらかんとしたものだ。うちの家族はいつもこんな感じ。そそっかしいし、一番肝心なところが抜けている。

ばあちゃんは痴ほう症を患って10年近く施設に入っていた。入所した当初は体も弱っていて一年持たないんじゃないかと思っていたが、都会のマンションで一人で暮らしているより施設の生活のほうがあっていたのか、あれよあれよと見る見る元気になってとうとう100歳の天寿を全うした。そもそもうちの母方の家系は長生きが多いようで、中にはお通夜の晩に生き返った人もいる。お経を読んでいる最中に棺桶からむっくり起きだして「腹減った。なんか食わせろ」と言ったそうだ。葬式用に並んでいたおにぎりを三つ、ぺろりと平らげて、そのばあさまはまた三日後に棺桶に逆戻りした。






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もう、フィリピンへの飛行機の予約はしてあったし、父親も旧友たちと沖縄旅行を予定しており、二人の姪っ子、ばあちゃんにとってはひ孫の二人はともに受験で追い込みの日程は超過密だし、母親は実の母の宗派も間違えるで、そんな家族が右往左往する中でとうのボケてしまっていたはずのばあさんが一番しっかりしていたようで、みんなが一人も欠けずに集まれるように家族の多忙な日程を縫ってピンポイントにその日と選で100歳の長い人生に幕を下ろした。


二日前にばあさんの葬式を済ませた私は、長距離バスに揺られて西も東も分からない名古屋の街についたばかり。まばゆいばかりの大都会のネオンを眺めながら夢なのかうつつなのか、なんだかふわふわしたようで、そのうえ、明日には飛行機でフィリピンへ。久しぶりの都会で羽を伸ばそうと夜の街の客引きの声に耳を傾けてはみたものの、なんと、名古屋のキャバクラの相場がそれはそれは高いこと。東京なんかよりも二割は高い。

「今夜はおとなしく、やめておくか。」

母親の電話を切った後、冷たいベンチに腰を下ろしながらコンビニで買いこんだ飲みかけの缶ビールを片手に街のネオンを眺めていた。
暮れの賑わいに雑踏の行きかう夜の街。ばあちゃんのお見舞いに行ったとき、老人ホームの近くの公園で、車いすを押しながらばあちゃんと一緒に大声で歌った『木曽節』を今夜は独りで口ずさむ。

「心置きなく楽しんでおいで。」

そう、ばあちゃんが言ってくれているような気がした。






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Vashti Bunyan - Just Another Diamond Day






覚書;18日に稲の苗起こし、今日はインド野菜の畑準備、マルチ敷設。明日はモロッコインゲンの畑の石灰処理。ジャガイモ準備。
以前『アクアテラリウム』で紹介した『ヴァシュティ・バニヤン』の名作。
いろいろ考えるのがめんどくさい時、畑仕事で疲れた時はいつもこの曲。












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少彦名のきのこ図鑑6 シロキクラゲ

2018.10.20 (Sat)
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10月1日撮影
折れて朽ちた地面の枯れ枝に生えていました。広葉樹の森のなかではよく見かけるキノコ。名前の通り真っ白に透き通った木耳です。
それほど珍しくはないにしても一度に取れる量はほんのひとつまみ。それでも癖がなくおいしいキノコなので見つけたら必ず持ち帰っています。





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さっと湯がいて酢の物に。
ほんとにちょびっとですね。飲み屋のお通しにもなりません。
味はつるつるとして癖のない歯ごたえ。キノコが嫌いな人でも抵抗なく食べられるんじゃないかな。
最近は栽培物も流通しているようで、世界三大美女の一人、かの楊貴妃は美容を保つために毎日食していたとか。滋養強壮、コレステロールを下げ、動脈硬化、心臓病にもいいとのこと。しかし、それよりなによりこうやってちょこっと食卓に添えるだけで今日一日を幸せに振り返る、精神衛生を健全に保つためには効果絶大な森の白い宝石です。







Art Bears - In Two Minds



Art Bears
さて、この曲が精神衛生上どんな効果をもたらすかは定かではありませんが、今日のように森に分け入るといつの間にか口ずさんでいる私の大好きな曲、これってちょっと変態でしょうか。
アート・ベアーズ、イギリスのアヴァンギャルド・ロック・バンド、ヘンリーカウ/HENRY COWのメンバー三人 クリス・カトラー/Chris Cutler (percussion, texts)、フレッド・フリス/ Fred Frith (guitar, bass guitar, violin, keyboards)、ダグマー・クラウス/ Dagmar Krause (vocals; previously of Slapp Happy)がヘンリー・カウ解散後新たに結成したアバンギャルド・ロック、プログレッシブ・ロック・バンド。ボーカルのダグマー・クラウスはスラップハッピーでも、その歌声を聞かせるドイツ人のボーカリスト、以前、過去記事『霧のドライブ』でも紹介しました。
今夜の曲が収録されているアルバム、『Hopes and Fears』は私がまだ、音楽の森で右も左もわからずさ迷っていたころ、突然頭上に降り注いだ暖かな木漏れ日のような、自閉症の少年に未来を指示しめしてくれた、自分にとってはとても大切な一枚、プログレの迷宮から少年を救ってくれた奇跡の作品です。とかく難解なアプローチが際立っていたヘンリー・カウから三人組のシンプルな構成になって、より肉体的に、グルーブ感のあるセッション・バンドに進化しています。そこはバンドの中核であるクリス・カトラーのパーカッションの役割が非常に大きい、一見とっつきづらい音楽ですが三人の個性がぶつかり合う音と音のバイブレーションがダイレクトに体幹を突き動かす魂の一枚です。



過去記事 『霧のドライブ』










諏訪市立湖南小学校後山分校

2018.08.20 (Mon)
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今年中の取り壊しが決定しました。
以前、ブログで紹介した後山分校。また一つ、懐かしい風景が日本から消えてゆきます。






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私の家からは隣村。こちらに引っ越してすぐ、偶然見つけたときの衝撃は今でも忘れられません。

過去記事霧のドライブ』






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丘陵地に建てられた立派な校舎。
分校と言われる割にはとても凝った、一度目にしたら忘れられない不思議なたたずまいがあります。






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裏山の斜面に向けて二階から空中スロープが突き出ています。
何のための廊下でしょう。






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映画やドラマのロケ地にも多数なっているようです。
代表的なものにフジテレビの『ゴーイング マイ ホーム』や映画では『ひぐらしのなく頃に』などがあります。
私はどちらも見たことがありませんが。







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近所の方からは夏のうちに取り壊しと聞いています。
消えてなくなってしまう前に出来るだけ記録にとどめておこうと思います。






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トイレですかね。
煙突は肥溜めのガスを抜くためのもの。臭突と呼ぶのだそうです。





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廃校 廃墟
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図書室だったのでしょうか。『文』の文字が読めます。棚の上には捨て忘れた野球のグローブ。






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木造二階建てなのですが、斜面に建てられているために一見すると3階建てのように見えます。






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体育館。
正面から見て左側面。








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校門の石垣にアケビがなってました。
子供たちがいればきっと取り合いっこになってたでしょうね。










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お盆を過ぎたとたんに急に秋めいてきました。
眩しかった夏の日々は過ぎてゆき、またつらい冬がやってきます。








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Aretha Franklin - (You Make Me Feel Like) A Natural Woman




アレサ・フランクリンが16日に亡くなりました。
偉大な女性ソウル歌手、彼女に代わる人はやはり見当たりません。
過ぎ去ってゆく全てのものを偲んで。






たこ八郎

2018.08.05 (Sun)
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ある日、いつもの公園から帰ってくると家の中がすっごく臭かった。
昼間からカーテンを閉めて薄暗いリビングに母親がこっちを向いて鼻をつまみながらソファーのほうを指さして苦笑いしている。
並べられたソファーには見たこともない浮浪者がいびきをかいて眠っていた。

それがたこさんとの初対面だった。

たこ八郎。本名、斎藤清作。元日本フライ級チャンピオン、日本屈指の名コメディアン。父とは同じボクシングの仲間、一つ下の後輩、階級も彼のほうが軽い一つ下のフライ級。
現役の時はよくスパーリングの相手をさせられた。させられたというのもたこさんとやるのが本当に嫌だったそうだ。父のほうが彼より一つ重いバンタム級(当時はスーパーフライ級という階級はありませんでした。1980年新設)。当然試合をすれば圧勝なのだが、たこさん、これがどれだけ打ったって倒れない。打たれても打たれても手をぶらっと下げたままノーガードで頭から突っ込んでくる。しまいには相手が根負けしてみんなリングから逃げだしちゃう。『あしたのジョー』、矢吹丈のモデルになった伝説のボクサー。

たこさんは僕のことを『お坊ちゃん』と呼んでいた。お酒を飲むとすぐに酔っぱらった。というかお酒を飲んでないたこさんを見たことがない。酔うと子供の時の話ばかりした。僕のような子供を相手に楽しそうにお酒を飲んでいた。飲めば故郷が懐かしいとこぼした。終いにはいつも必ず泣き出した。おねしょしたカーキ色の作業ズボンを母親が洗ってた。

「お坊ちゃん、子供のころ、学校帰りに、毎日、麦畑に寝転んで、あの青い空を眺めながら、あれだよ、オナニーをするんだよ。きもちよかったなあー。あの真っ青な空。あの日に帰りたいなぁ。本当にあの青空はきれいだったなぁ。」

そういいながらいつものようにおいおい泣いていた。母親はたこさんがいるときはいつも黙って苦笑い。私は、とっても嬉しそうに話すたこさんが実はとっても寂しそうなんだなって。昼間、父が留守の家でたこさんの相手するのは私。酔っ払いのわけのわからない苦だ話になぜだかいつまでも付き合ってた。父ら友人の間では「迷惑かけて、ありがとう」というのが合言葉のようだった。  

ある日、明日CMの撮影がハワイであるので飛行機に乗らなきゃいけないという日に、家で、前日から飲み続けてべろんべろんに酔っぱらってて。仕事に行きたくないよーっ、て子供のように駄々をこねた。母親がタクシー呼んで無理やりに車に押し込めた。
「空港に行くにはね、こうこうこの電車に乗って、この時間には間に合うようにこうしてああして・・・運転手さん、お願いしますね。」
次の日たこさんから電話がかかってきた。飛行機に乗り遅れたって。山手線で眠りこけてぐるぐる回ってる間に飛行機、飛んでっちゃったって。
こんなこともあった。
カルビーだったかな?ポテトチップか何かのCM撮りでスポンサーの社長に製品の感想を聞かれたら、「おいしいけど、ちょっとしょっぱいね」って。
結局CM降ろされちゃった。

忙しくなって顔を見せなくなっても、よく電話だけはかけてきた。

「たこです。え、っと・・・・清作です。お坊ちゃまでいらっしゃいますか?お母上はいらっしゃいますか。」
「はい代わりました、はい、そうよ。仕事行ってる?ちゃんと食べてる?お酒ばっかり飲んでちゃだめよ。ご飯ちゃんと食べなさいね。」

ー 何の電話だったの?
ー 今何時かって、家に時計がないんだって。 
  
たこさん、他の人の話は駄々をこねて聞かなかったけど母親の言うことだけは素直に聴いていた。  




それから何年かしたある夏の日、たこさんが死んだ。お酒を飲んだまま海に入ってそのまま帰ってこなかった。
その日から直前、ここ半年、一年間はたこさんからかかってくる電話は長電話が多くなっていた。いつも母親は困ったような、深刻な顔で親身になって相談に乗ってあげていた。
電話口でいつも泣いていた。結婚するのがどうしてもいやだって。あるひとにずいぶんと言い寄られて、それこそ家にまで押しかけてくるようで困っているって。確かそのころはほとんど彼女と一緒に暮らしてたみたい。たこさんもその人がとっても面倒見のいい、良い人で好きだって言ってたらしいけど、でも自分には結婚する自信がないんだって。怖いんだって。いつまでも自由でいたいんだって。相手は名前は出さないけど、今でも芸能界で活躍してるあの人。母親はたこさんの話を聴きながらその彼女のことをずいぶん強引な人だと怒ってた。
           あき竹城   自殺
亡くなる一か月前は特に頻繁に電話がかかってきた。毎週、それこそ毎日。そして、あの日、たこさんは戻ってこなかった。私たち家族の間では、口には出さないけど、みんな、たこさんは自分で行っちゃったって思ってる。
たこさんの思い出。いやだなって思ったのは最初の日の、あの酒臭い、お風呂にも入っていない、強烈なあの匂いだけ。
ただただ思い出すのは人のいい笑顔と子供のようなあの泣き顔と。


夏の青空の下、いつものように酔っぱらったまんま、たこさんは自由の海に帰っていっちゃった。






 Somewhere over the Rainbow - IZ
  
 


イズラエル・カマカヴィヴォオレ
Israel Kaʻanoʻi Kamakawiwoʻole 愛称“IZ”ハワイアンの伝説的歌手。38歳の若さで死去。たこさんと一緒で神様に愛された人。
この曲、前にも紹介したけど、たこさんのための選曲となるとどうしてもこの曲しか思いつかない。僕も何かあると彼のアルバムを引っ張り出して聞いている。今も聞きながら涙が出てきて止まらない。

本当は日本ボクシング連盟の話を持ってこようかと思ってたけど、僕のたこさんと同列に書くにはあまりにあの会長は低俗すぎて。
たこ八郎の、斎藤清作さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

たこさん、ブログになんか書いちゃって、ごめんね。








ひぐらし雑記帳

2018.07.02 (Mon)
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6月28日
ひぐらしが鳴き始めた。
夕暮れの森の中で一匹だけさみしく鳴いていた。
ひぐらしの鳴き始めは記録してないから確かにはわからないがいつもの年よりかなり早い気がする。
梅雨も梅雨らしい日が一日もないままに一週間も早く開けてしまった。

6月27日
食堂で突然目がおかしくなった。
右の視界の上からぐるりと半円をかいてナイフで切ったように切れ込みが入った。その切れ込みから虹色の炎のようなものがめらめらと噴き出していた。そんな状態が10分余り続いた。食事をしている周りの友人の声が聞こえてはいるが何故か頭に入ってこない。吐きっぽい気がする。座っているのに立ち眩みのようだった。
仕事を半日で切り上げて大きな総合病院に行った。救急外来、きれいな見習の女医さんだった。帰りしなに『専門は?』と聞いてみたら『駆け出しでまだないんです』とのことだった。今度CT検査で頭の中を見てもらおうと思う。

猛烈に忙しい。
朝、二時間畑で仕事して、泥のついた長靴のまま会社に出る。
仕事が終わってからまた畑に出て日が暮れて暗くなっても山間の耕地で一人うろうろとしている。それでも全く追いつかない。
今日はやっとモロッコのトンネルを一本だけ建てた。豆の苗がもう伸びきっていて網でひっかけて少し痛めてしまった。風が強い、弦が風で折れてしまわないように明日も朝早く起きて夕方までにはもう一通り支柱を仕上げてしまおう。

キース・ジャレットを聞きながらせかされるように書いてる。
終わったらジャズを流しながらワールドカップを観戦しよう。





Keith Jarrett Standards Trio








Keith Jarrett キースジャレット / Standards, Vol.2 (Uhqcd) 【Hi Quality CD】


Keith Jarrett キースジャレット / Standards, Vol.1 (Uhqcd) 【Hi Quality CD】



アイヤッパへの道 vol.16

2017.12.14 (Thu)
アガスティアの葉

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Agastya
多少長い文章になりますがインドという国を知る手掛かりになれば。





二台のマイクロバスはチェンナイを離れ、いよいよ巡礼の旅に向かいます。
友人一族にとっては一年でもっとも重要な一大事。巡礼の初めとして、まずはアガスティア・ナディ・アストロロジー『アガスティアの葉』の先生の事務所に挨拶に向かいます。

アガスティアの葉 / Nadi astrology
今から3000年前、聖者アガスティアの予言を起源とする占い。何千、何万というアガスティアの葉と呼ばれる古代文字の書かれた一枚の葉に一人の人間の一生が書かれている、その人の前世から前世で行った善行、罪悪、前世から影響を受けるであろう彼の現世での運命、彼らが誕生した時から死に至るまで、彼ら、彼女らの死に至る原因と死ぬであろうその日時まで、一人の人間の一生が一つの物語としてその葉っぱに描かれている。彼らの人生が語られる言葉は古代タミル語で記され、アガスティアの葉がこの世に生まれてから3000年の間、何百回となく連綿と新しい葉に書き写され代々受け継がれてきた。被験者の親指の指紋をもとに該当するアガスティアの葉を探し出し、ナディ・リーダーと呼ばれるアガスティアの葉の詠み人が、彼、彼女の運命を事細かに読み聞かせる。現在、この正統なナディー・リーダーは世界に10人余りしか存在しない。


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事務所と呼んでいいのだろうか。意外とこじんまりしている。一階の待合室には順番を待つ顧客がずらりと、薄緑色のソファーに神妙な面持ちで座っている。中にはこれから結婚を考えている恋人同士だろうか。不安げに手を取り合って自分たちの運命をその列の中にゆだねている。現代のインドでも占いの結果次第で結婚相手を決めることが普通にある。両親たちが占星術で娘、息子の結婚相手の相性を計るのだ。恋愛結婚はまだまだ少なく、それなりに財力、地位のあるものでない限り、大概は古い習慣に縛られてしまう。それがいいか悪いかはわからない。インドの家族を見たときに、こんなに仲のいい家族は世界探してもないのじゃないかと思う。自由恋愛の日本で離婚率が高いのとは正反対だ。
しかしながら、自分の望んだ幸せを遂げることができない若者も現実には存在する。恋愛に関して思い通りになることはむしろまれなほうだ。インドの個人のお宅に呼ばれたとき、壁に若い女性の写真がぽつんと飾ってあることがよくあった。聞けば自ら命を絶った娘だという。理由は聞かない。聞かなくとも想像はつく。




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Agasthiyan Durai Suburathinam Nadi Jothida Nilayam



アガスティアの葉は古代タミル語で書かれている。インド人であろうと誰もが読めるものではない。ナディ・リーダー / Nadi Astrologer は幼い頃から師匠の家に泊まり込み身の回りの世話をしながらアガスティアの予言を学んでゆく。彼ら少年は生まれた時からナディ・リーダーになることを運命ずけられている。選ばれたもののみがアガスティアの予言を紐解くことができるわけだ。
インターネットを旅していると日本人でもアガスティアが読めると公言している人間がいる。断言しておく。彼は偽物だ。旅に出るとよくいる、不思議の国、インドに寄生する『おかしな奴ら』である。嘘だと思うなら試しにナディー・リーダーをお願いしてみるといい。きっと根掘り葉掘りいろいろなことを聞かれることだろう。心理学を学んだものならば簡単にそのトリックが見透かされる。
本物のナディー・リーダーは初見であなたの現状にはほとんど触れることはない。親指の指紋と、せいぜい年齢性別を聞くとても事務的な質問のみだ。採取された指紋をもとに数えきれない葉っぱの中から該当する一枚を探し出し解読する。無ければなかったことをそのまま報告する。インドの近代化が進み、それに伴って金儲け目的のあさましい輩、インド伝統文化を食い物にする人間が増えてきた。インドの伝統文化は好奇の目で見られている。それはインド国内でも同じ。いかがわしい偽宗教家が幅を利かせ世間をにぎわしている。そもそもアガスティアの葉を自ら保管していないのになぜそれを読めるのか?もしやレンタル?業務委託?インドの近代化、自由主義、資本主義とはこういったものなのかと相変わらずくさくさする。


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アガスティアの予言には Nadi astrology / アガスティアの葉の終焉に言及する予言があるらしい。
今から3000年後、数えればそれはちょうど今のこの現代、アガスティアの葉を悪用して人をだます人間が世界中に現れるだろうから、その時が来た日には自らこの予言に幕を引き我々のアガスティアの予言をこの世界から葬り去ってほしい。聖者アガスティアは自ら作りだしたナディ・アストロロジーの終わりを作り出したその時に予言していたのである。事実、アガスティアの葉を伝承する正当な導師は今や存在しない。アガスティアの予言を後世に伝える正当な老師は何十年も前に後継を定めることなくこの世を去っていた。友人たちを含め今残っている Nadi Astrologer たちが最後のリーダー。彼らがこの世を去ったとき、それはアガスティアの葉が終わりを迎える瞬間なのだ。


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彼と付き合うきっかけは運命的でも宗教的でもなかった。彼の素性も全く知らず、いつの間にか楽しい時も苦しい時も分かち合う仲になった。私は、彼が占いをやろうが崇高な宗教者であろうが全く関係はない。私にとっては仲のいい友達、話の分かる友人に他ならない。彼の仕事が占いだということを知ったのは付き合いだしてからかなり時間がたってからだ。彼自身も、日本で占い師だといえばいかがわしい存在と思われてしまうことを身をもって知っていた。だから、長い間私には隠していたのだという。さて、彼は占い師、だからと言って彼に対する見方が変わったわけではない。私は自分の目で見たものしか信じない。噂話など聞く耳は持たない。彼が崇高な宗教者だろうがいかがわしい占い師だろうが私の知ったことではない。

彼はアガスティアの葉を『科学』だという。インド文明が何千年にわたって集積してきたデーターの集大成だという。
なるほど、そんなものか。占星術にしろ血液型占いにしろ何かしら根拠があるはず。ああなるほど、そんなものか。ただ、彼のオカルト、不思議に対する考え方、スタンスが聞けただけでも安心した。彼のバックボーンは友情に無関係といいながら、実のところまったく気にしなかったわけではない。多少は気にはなっていたということ。ちなみに彼は幽霊をとても怖がる。

私は『幽霊』を信じている。唐突に何?てところだが、私のオカルトに対するスタンスも同時に披露しておきたい。ついでだがスピリチャルという言葉が大嫌いだ。なんだか軽すぎて裏っ側が透けて見えてしまう。
さて、その『信じる』というのはこうだ。
『幽霊』は在る。『幽霊』は存在するのではなく『幽霊』は在るように『在る』のだ。必死に幽霊の存在を証明しようとするオカルト信奉者のが言うように『幽霊』が実際に存在すると言い切ってしまったならば、もし科学的にその存在がエネルギーなり実態なり、存在として立証されてしまったなら、その瞬間、きっと『幽霊』は我々の目の前から消えてなくなってしまう。幽霊実在の証明によって幽霊は幽霊たる根拠を失うのだ。幽霊の存在を科学的に証明することが現実に起きたならば、それは『幽霊』を抹殺すること。そう、死んだものをもう一度我々は殺すことになる。
『幽霊』は『在る』。見た人間がいる以上幽霊はこの世にある。日本に山や川や美しい自然があるのと同様に。たとえ幻だろうと何かの見間違いだろうと。幽霊は日本の長い歴史と文化を身にまとい、人間の不完全さを嘲笑し、未だ見ぬ死への憧憬と畏怖を体現する。科学が進んだこの世の中にも、幻とも現とも計り知れない世界に幽霊はあるように『在る』
反対に幽霊や不可思議な現象をことさらに否定しようとする人間もいる。私は幽霊を見た時の感動を否定するほど無味無臭な人間でもない。ちょいとまえ、同じようなことを言っていた人をテレビだったろうか、見た記憶がある。『在る』という言葉を使って幽霊の存在を語っていた。以前にも同じようなことをこのブログで書いた気がする。はてさて、彼はどこで私の卒業論文を読んだのだろう。それとも人の考えることというのはたいして差がないということか。卒論は『内田百閒』についてだった。


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友人の言っている『科学』というものを何となくわかったふりをして深く考えることもなく「そういうものか」と理解したふり ー見て見ぬふりー をしたまま友人として付き合ってきた。たとえ、彼の占いが世間によくあるまやかしのたぐいだとしても彼に対する友情は何ら変わらない。そう思いながら友人関係を長く続けてきた。そんなある日、彼の驚くべき能力をまざまざと見せつけられる事件が起きた。




ある日、食事を終えリラックスした友人は突然こんなことを私に向かって言い出した。

― この紙に何か言葉を書いてみてくれないか?
― そしたらその紙を小さく折りたたんで右手で握ってくれ。
― 今から君が何を書いたか当てて見せるから。

僕の左手を友人は握りながら

― 生まれた年は?
― 生まれた月は?日にちは?
― 母親の名は?お父さんは?
― 好きな色は?

私の手を握っている反対側の手
彼は左手の指の関節を使って何やら数を数えている。

― あなた、『LOVE』て書いたでしょ。

当たってた・・・・

目の前で書いたから指の運びで分かったのか
ありきたりの言葉だから当てずっぽうで当てたのか
友人に、周りの人間にも見えないように隠れて書いた。
最後はトイレにこもって日本語で、それも漢字で、書いた紙をゴマ粒のように小さくたたんで右手でぎゅっと握りしめた。
彼は3回も、それもいとも簡単に私の書いた単語を当ててしまった。
涙が出た、恐ろしさで紙を持った右手が震えるのを隠せなかった。




それでも彼との関係は変わらない。
たぶん彼と一番喧嘩する相手がこの私だ。








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アガスティアの葉 瞑想室にて
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後記
野村沙知代さんもアガスティアの葉の信奉者だったようですね。彼の顧客だったかどうかは確認してみないとわかりませんが、占った方を聞けば政界、財界、芸能界、それはそれはそうそうたる方々です。
彼女が幸せに人生を全うできたのも彼らの力は小さくなかったと思います。



不思議な体験・豊住公園

2017.06.25 (Sun)
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ボリジ 花を白ワインに浮かべるとピンク色に変わります


(追記26/6/2017:追記を先頭に持ってくるのはおかしいですが、今母親に電話で確かめてみたところ、ここに書いた事は確かにあったとのことでした。ただ、どういった事件だったのかはよくわからないそうです。)

今日は予報通り未明から雨、畑には出られないので朝寝坊して居りゃいいものを5時にはもう起きだして「今日は片付けでもすっか」とぼんやり考えていたら、グラグラグラ、大きい地震がありました。
下からどどどっと突き上げるような揺れと同時に携帯のアラートが鳴って築80年のぼろ屋に住む少彦名はちょっとプチパニック。この辺は湖の周りと違って地盤がしっかりしているので揺れはそれほどでも無かったですが、日ごろほとんど地震のない場所に住んでしまうとこういう時は慌ててしまいます。
揺れが収まって、「アラートが鳴るくらいだから・・・」と思い、もしやどこかで大きな被害がとテレビをつけたら、規模も小さく震源は岐阜との県境とのこと。浅いところの地震で少し揺れましたが大地震ではない様子。やっぱり地震といえば東京が心配ですからひとまず安心です。
岐阜といえば、御岳山が噴火する一、二週間前も変な地震が立て続けにあって、地面の下から大きなハンマーで一発、ゴンとぶったたかれるような全く不気味な衝撃が何回かありました。こりゃ近々何かあるなと感じていたところ案の定、お山から離れたこの場所でさえおかしいなと思っていたくらいですから御岳の地元の人は気が付いていたと思います。当時は行楽日和の掻き入れ時、実行されなかった警告と入山規制。その辺の事情は想像するしかありませんが。
日曜日の朝のテレビ番組、そんなことをうつらうつらと考えながらぼんやり画面を眺めていると、ゲリラ豪雨に対する対策プロジェクト、東京の巨大下水道建設工事の話がやっていました。場所は江東区、豊住公園の地下、私が生まれた家のすぐ近くです。



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ムスクマロウ お茶やサラダに使います



物心がついたころ、朝から晩まで遊んだ場所、母親が起きると私の姿は寝床にはすでになく、ご飯も食べずに草むらの中を探検していました。公園は大きな台地のようになっていてその地下には水道の施設が埋まっています。街の公園としては特別大きいほうで、遊びに来る人も少なく当時はちょっとした遊具があるばかりでただただ広い寂しい場所でした。
「そういえば、あんなことがあったなあ」
外の雨を眺めながらぼんやりと思い出したことがあります。





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ケンブリッジ・スカーレット・ベルガモット
名前は柑橘系のベルガモットに香りが似ているため




ある夏の朝、季節はもしかすると今ぐらいだったかもしれません。いつものように寝ている母親を起こさぬように家を抜け出して公園に向かいました。多分まだ保育園にも行っていない時分だと思います。運河にかかる太鼓橋を渡って二、三十段はある台地の階段を上ってゆくと、そこはあたり一面牛乳を流したような真っ白な朝靄のなか。霧の奥には咲いたばかりのアジサイの青い色がぼやけて滲んでいます。公園につくとまず真っ先に行くのは赤やブルーのマーブルカラーの丸い椅子が点在する広場、靄の中、滲んで見えるアジサイの絵の具の中に今日は珍しく十数人の大人の人影があちらへこちらへ動いています。何だろうと思いながら近づいた広場のコンクリートのタイルの上には、ぱっと散らしたような鮮やかな赤い点々がぽつりぽつりと広がっていて、歩を進め、一歩一歩歩くたびに何かガラスのようなものが「チリッ、チリッ」っと靴の下で砕けるのを感じます。男たちは皆スーツを着て子供の私なんかには構うこともなく、手にはカメラをもってアジサイの中を灰色の影は、うようよとあちらにこちらに動き回っている。私は、男たちの折り目のついたスーツの脚とピカピカに光った靴の合間を縫うように歩きコンクリートの上にちりばめられた赤い点々を夢中で追っかけていました。
アジサイの通路を右に左に折れながら、赤い血のようなものを追っかけていると、アジサイの咲いている植込みの、ふと開けた黒土の場所に大きな穴がぽっかり、子供一人寝そべることができる程のくぼみが黒い土をえぐってできていました。公園を濃い朝靄が満たす中、あたりはひんやりと夏の草の香りが漂っていて、こんなに大勢の人がいるというのに、あたりは不思議なくらいに静かでした。
幼い私がその場所で彼らの話を聞いて理解したのか、そのあとだれか、近所の大人から話を聞いたのかわかりませんが。若い男女、二人の無理心中、爆弾を抱えて自殺したということでした。

あ、今も地震だ。



(追記:記憶をたどってみると女性、赤ちゃん、人形、というキーワードが記憶の中から浮かんできます。先ほど心中と書きましたがそれではない気がします)

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Wild Blue Yonder / ワイルド・ブルー・ヨンダー 『彼方に広がる荒々しい青い空』



母親にこのことを聞いても覚えていないといいます。いくら探しても事件の記事は出てきません。でも決して夢ではないのです。穴だってしばらく残っていました。慌ててすぐに帰って今見てきたことを話した記憶がしっかり残っています。

今日からしばらく雨の日が続くようです。玄関のアジサイもここ二、三日で綺麗な花を咲かせることでしょう。




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豊住公園 : 〒135-0016 東京都江東区東陽6−1 電話: 03-3647-9111





Iron and Wine - Naked as We Came




Iron and Wine - Sunset Soon Forgotten





Iron and Wine
アイアン・アンド・ワイン、シンガーソングライター、本名はサミュエル・ビーム
アルバムごとにバンド形式のロックっぽくなって売り上げも伸ばしてるけど僕はこのころの弾き語りのほうが好き







おうまがどき

2016.07.08 (Fri)
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今日は機械がうまく動かなかったりで思うようにはかどりませんから日差しは限りなく強烈でへこたれた私は仕事も途中で切り上げて。




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カメラ片手に何をとるあてもなく
特に期待もしないでほっつき歩くのは久しぶりです

村の大根で使う道具が入った大きなコンテナ
カメラ持って出るといつもと違って見えるから面白い






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毎日思うのだけれど、なんで私はこんな山奥で暮らしているんだろうと
ふと、部屋でテレビを見ていると車の音が聞こえてきたりしたら
あ、暴走族かな
なんて、マンションの5階にいる記憶が普通によみがえって








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子供の時から自然の中で暮らすのが夢だったけれど
こうやって山の中に居を構えてみると
自分が生きてるのか死んでいるのか
其れすらわからないほどふわふわしたようで

とにかく、風とか、日差しとか、肌触りとか
あふれかえる情報を処理できない赤子のようです









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黄昏時
一日の中で一番好きな時間

缶けりをしながら、隠れるほうも、探すほうも、だんだんと不安になってくる時間
野球をしながら投げるボールが見えなくなってくる時間
遊びに夢中になって、なぜかむやみに盛り上がる時間
誰が「もう、帰ろうよ」と言い出すのかとドキドキする時間








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民族学者の柳田国男は黄昏時を「誰そ彼とき」と読んだ。日が暮れてあたりが朦朧と溶け出してゆく中、暗闇をあちらからやってくるすれ違う君は
「だれそかれ・・・・」









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たそがれどき
日没まじかのこの時間を昔の人は「逢魔が時」と呼んだ










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その昔、身の回りには当たり前のように得体のしれないもの、魑魅魍魎、妖怪変化が普通に闊歩していた
今、こうして最新式のデジタルカメラを携え、佇んでいる私の周りにも
茂みの暗がりに身を潜めてこちらをじっとうかがっている彼らの息遣いが夕闇とともに忍び寄ってくる











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「こんばんわ」
隣村の牧場主が声をかけてきた
見ればずいぶんな泥だらけ。まるで肥溜めに落ちたよう
牛が逃げ出して追いかけている最中だとか
あと二頭。宵闇と追いかけっこ










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おうまがどき
この時間が一日のうちで一番好きだ
遊びの終わりに一日で一番盛り上がる時間
その日の仕事からやっと解放される時間
走り疲れた足を休め、しばし空を見上げる時間










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誰かが最初に
「もう、帰ろうか」
と、言い出す時間








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もう少しもう少し
もうすこしすれば
会えるかもしれないよ、会えるかもしれないよ。








Cheryl Grice-Watterson - Misty








4匹目の小犬 / 犬にまつわる不思議な話

2015.11.03 (Tue)
この間、ある人にこの話をしてあげたのね
そうしたら

2015.05.28 (Thu)の記事



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写真はももの去年生まれた子。
飼ってあげたいと思ったけど一人暮らしだから寂しい思いもさせてしまうと思って。
この日が里子に出す最後の日








「4匹目の小犬」


たしかその日は今日のように晴れた気持のいい朝だった。


私はとある都営住宅の一室を訪ねるところ。朝一番に問い合わせの電話があり、その足でメモした住所を尋ねてきた。
そこは都内の公営アパート、芝生に落ちるこぼれ日を横切り、うす肌色の鉄製のドアをノックするとすぐに扉が開いた。年のころは50過ぎのこぎれいなご婦人、その後ろから何匹かの子犬が勢いよく駆け寄ってくる。

 「あらあら、ダメですよ。ごめんなさいね!せっかくの背広に・・・・・」
 「いいんですよ、私、犬好きですから」

ペットがいる家に招かれた営業マンのいつものやり取り。ご婦人と二人で隣の和室に小犬たちを追いたて、ぴっしゃっとふすまを閉める。
さてと、今日の営業はキマッタも同然だ・・・・

彼女の現状を聞きだして其れに対する解決策を提示する。商談は問題なくすんなりとすすむ。客のほうから電話をかけてきたアポイント、決まらないはずはない

 「では、明日、お見積もりと、あわせてご契約書をお持ちいたしますのでよろしくお願いします。ただ、私のほうが明日予定で埋まっているものですから、私の部下に担当させることにいたしましょう。それでもかまいませんでしょうか」

小一時間ばかりで仕事は片付けて、となりの部屋に閉じ込めていたシー・ズーたちを居間に招き入れた。

 「おや?」

飛び出してきたのは三匹の小犬たち、確か追いやったときには4匹いたはずなのに。

 「あれ・・・・一匹足りないようなんですけど」

隅っこに隠れていないか隣の部屋をきょろきょろと覗き込む

 「あら、本当!やっぱり見えましたか。」


彼女の顔がぱっと華やいだ

 「実は先月、一匹亡くしたばかりで・・・・・」

そういうと、彼女は肩越しに振り返ってテレビの脇の写真を指差した。
そこにはじっとこちらを見つめながら首を傾げる可愛らしい白い小さな犬がうつっていた。

彼女はこのアパートに一人暮らし。三匹の犬たちに囲まれているとはいえ、やはりいとおしい愛犬を亡くした傷は察するに余りある。
写真の子がいなくなってから一ヶ月。
誰もいない部屋で鈴の音を聞いたり、足にじゃれ付いてくるのを感じたり、みんなと楽しそうに遊んでいる姿が見えたり。
色々と不思議なことが日々おきるそうだ。


 「やっぱりいるんですね。本当にここにいるんですね!」

彼女は飛び上がらんばかりに喜んでいた





さて、次の日の午後、部下を例のお宅へ行かせて4時間は経つ。契約は問題なくいただけただろうか?
そのとき携帯がなった。

 「どうだ。うまくいったかい?俺がすべて段取りしたんだから、今度、ビール一杯おごれよ」

 「見ちゃいました」

 「は・・・・」

 「見たでしょ、課長も・・・・4匹いたのに・・・・出てきたら、3匹なんですよ・・・・」

彼には昨日のことは話していなかった。なぜかわからないが、きっと彼も同じものを見るだろうなという確信みたいなものがあったから。

 「何で言ってくれないんですか。そしたら俺、絶対行かなかったのに・・・・・」






後記 2015.11.4
先日、インド映画のロケで東京に向かう車中、撮影で知り合った女性にこの話を聞かせたら「それ、パクリでしょ」と言わんばかりにネット上のどこかのサイトで読んだことがあると言ってました。怖い話ばかり載せたサイトだったと記憶しているそうです。もうすでにどちらかで転載されてある程度広がっているのだと思うと不思議な気分です

このまま怪談の定番になったり都市伝説化したりしたら面白いですね。どこかで出版でもしたらしっかり印税もらおうかしら。念押しですがこれは実話です。発信元が「私」というのは実に愉快なものです



謎の守屋神社-インドと古代日本との関わりについての一考察

2015.06.10 (Wed)
2016/06/26 
今、NHKで御柱を放送してました
ただ引っ張ってるところを映してたのかと思ったらとてもいい番組になっていました
祭りの間、いろんなことがあったので見ないでおこうと思いながらやっぱり見てしまいました
で、見た後の感想ですって?
諏訪に引っ越して本当によかったなと

巷に横行する日本ユダヤ人説(日ユ同祖論)などに代表される疑似科学、安易なオカルト論者、軽薄でスピリチャルな雰囲気に異を唱える記事です。ちなみにユダヤ人の「ダビデの星」の使用は17世紀以降、起源は古代タミルナードと考えています。


高遠城址をあとにして、突如少彦名を襲う春の嵐
雷が鳴り、行く手を遮る灰色の霧を抜けると
そこには、打ち捨てられた古い神社の鳥居がぽっかりと口を開いているのでした

『桜露』より続き


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守屋神社/物部守屋神社
諏訪湖の南、守屋山を隔てて諏訪大社の裏側に位置する
物部守屋の一族が蘇我との戦に破れたどり着いたこの地で開山したと言う伝説が伝わっている




さて、以前よりこの守屋神社には多少の興味を持っていた少彦名
元来方向音痴の私が偶然出くわしたこの好機を逃す手はございません
あわや通り越したスバルサンバートラックのきびすをドリフトさながら取って返し鳥居の傍らに倉卒の車輪を休めたのであります

 
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さて、飛び出だすのはあやかしか妖怪変化か・・・・・・
なぜか気になるアルミ製の妖怪ポスト



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赤松がくねくねとからまる雨の参道を音も立てずに上って行きます




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程なく行くとお堂が見えてきました
人里はなれた峠道
あたりの雰囲気と比べると非常に重厚な立派なものです





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さらに上を見上げれば本堂と思われる切妻作りのお社が見えてまいりました

諏訪の地に来て覚えたのはどんな神社でも立派な本殿と思しき建物の奥に必ず正真の本殿が控えていることを






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逸るその足を石段の水溜りにおとしながら電池の切れ掛かったカメラを小脇にかかえた少彦名
やがて雨にぬれた石段の頂上はうつむく視線に途切れ赤く松葉の敷き詰めた境内が視界に広がったかと思うと

『あっ!』

『あっ!あ!!』

冷たい雨に濡れ日が落ちかけた森のお堂からぬっと人が現れればそれはそれはびっくりする
互いが互い、犬を連れた老人と私は声を上げて飛び上がった





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めったに人の訪れることのない古い神社で別に悪いことをしていたわけでもないのに妙にうろたえて言い訳がましくしゃべっている私がいる。前からこの神社が気になっていたこと、思わず行き当たってうれしくて上ってきたことなど

老人も、私がこの忘れられたお社に興味を持っていることにうれしく思ったのか守屋神社の来歴をポツリポツリと話し始めた

さて、この守屋神社にまつわる老人の話
聞けば聞くほどその謎は深まってゆく







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この神社が物部守屋を祭っていることは先に述べた。鳥居の額にも物部守屋神社としっかり書かれている。今から1400年前、蘇我馬子との権力抗争に敗れ、都を追われた物部一族の一集団が縁故を頼ってたどり着いたのがこの地だという。その縁故というのが諏訪大社の神官をつかさどる守矢氏、もしくは諏訪氏だったのか、それは定かではないが中央を追われた一族は遠い信州の地まで命からがらたどり着いたわけだ。しかしながら、朝廷に敗れ落ち延びてきた物部氏はいわば逆賊、都での戦に破れた恥辱に恥じ入りこの山里に身を隠しその姓を守屋と改めてこの地に隠れ住んだ。そしてのちに、彼らの始祖、物部守屋を祭ったのがこの神社であると老人の言によればそういうことになるようなのだ・・・・ が、しかしちょっとまって欲しい。元来、この守屋山は諏訪大社のご神体、その神聖な御山に、いわばよそ者である物部守屋なる新参者を新たに神として祭るというのはあり得る事なのだろうか?そもそも守屋山は物部氏がたどり着く以前からモリヤの御山として長らく信仰の対象であったはずなのだ。
 整理する意味もかねて諏訪大社の宮司さんに電話で問い合わせしてみた。
すると諏訪大社の聖域、いわゆる禁足地には守屋山の山頂は実は含まれていないそうだ。現在の禁足地、諏訪大社の神聖なる聖域は現在の行政区域、現状の寺社所有地と一致しているとのことだったが、古文書等でも確認できる限り諏訪大社の聖域は大社より見渡せる範囲の守屋山東側、諏訪湖畔に面した守屋山の一部であり、一般に言われている守屋山の山体すべてが諏訪のご神体というわけではないようなのだ。さて、こうなれば、物部氏をその山腹に神として迎え入れることには支障がないように一見、見受けられる。守屋山を背にして大社と反対側に位置する守屋神社は諏訪大社とは全く別の系譜を持つ、諏訪大社とはまったく無縁な神を祭ったものということになる。
 さて、ここでさらに歴史をさかのぼってみることにしよう。現在の諏訪大社の祭神、建御名方神(タケミナカタノカミ)が国譲りの神話によって出雲の国を追われ諏訪に逃れてこの地を治め現在に至るわけだが、お諏訪様が統治するそれよりも昔、諏訪周辺を束ねていたのは古代よりの神、洩矢神(モリヤ、モレヤ)であった。洩矢神は諏訪周辺で有史以前から永らく信仰されてきた土着の神である。そこに、西より山を越えて侵入してきた建御名方神の勢力が押し寄せてくるのである。そしてこの戦によりモレヤの神は奮戦むなしく敗れ去ってしまう。建御名方神はすでに出雲の地で朝廷の神々に屈し大和の神のひとつとして延命を許されていた。その勢力が諏訪の地を掌握するということは諏訪が大和の国の一国として統治されること、永きにわたり固有の文化を固持してきた一独立国家から、大和朝廷の中央集権体制に組み込まれ、大和の国の一地方として存続することを意味する。
 ここに、出雲勢の統治する、諏訪氏の時代があらたに始まるのであるが、と同時に一つの疑問が浮かび上がってくる。それはすなわち、これまで諏訪の国をモレヤの神と共に守ってきた守矢一族、自らの領土、諏訪の地を守るために出雲勢と生死をかけて戦ったであろう守矢一族が、敗戦ののちも何故かその処遇を許された上に、こともあろうか古代の神、モレヤにとってかわった大和の神、新たに建御名方神を祭った諏訪大社の神長官という最高職を授かり、以前のままの一族の権威をその後も維持し続け、結果その地位は近世まで連綿と代々受け継がれる強固な地盤を築いたという事実である。その決定は極めて政治的な事案、新たな勢力が諏訪の地を首尾よく収めるために中央政府がとったコンセンサスといえばそれまでだが、とにもかくにも、ここに諏訪を統治す建御名方神の末裔、諏訪氏と守矢氏の政治的、宗教的治世が始まるのである。その一方で、守屋山の裏側、この諏訪大社の反対側に位置するこの守屋神社周辺のごく限られた地域で起きたことは少々事情が異なるようなのだ。先も書いたように、ここでは物部守屋なる名が振って沸いたように突然現れるのである。さて、この事実が皆さんにはどう映るだろうか、かく言う私には非常に突拍子のないことのように思われてならないのだ。守屋山をはさんだ光と影、この二つの対比に歴史的なコントラストを感じずにはいられないのだ。さて、ここからは想像も踏まえて私なりに考えてみることにしよう。
 真っ先に引っかかるのが守屋姓と守矢姓の『一文字』の違いである。古代、諏訪を統治してきた守矢一族と守屋山、山を挟んで物部守屋を祖とするのが守屋姓の一族、私には守矢と守屋の一文字の違いはただの偶然ではないように思える。ここには必然的な何か、矢を屋と違えた何かもっとほかの決定的な『事件』があったような気がしてならないのだ。守矢姓と守屋姓、先ほど守屋神社をあえて諏訪大社の裏側と記したように、この表と裏、この位置関係はもっとある必然的な対比を暗示しているのではないだろうか。すなわち、それは出雲勢が押し寄せてきたときにこの一族に起こった歴史的事件、そこには守矢一族の内部で起きた裏切りと政治的な抗争が引き起こしたある悲劇的な物語があったのではなかろうか。それはすなわちモリヤ一族の内部分裂、出雲勢の大軍と戦う戦火のさなか洩矢神を正当な神とあがめ徹底抗戦を呼びかけたモレヤ一族と、出雲勢に降伏し建御名方神にこの地を譲り渡そうと説いた神官一派との内部分裂、迫りくる外敵を目前にして二つに引き裂かれた諏訪の地は強大な出雲勢の前に圧倒され、善戦もむなしく敗走する洩矢一族の残党はかつては仲間であった出雲勢に組した神官一族と袂を分かち、追われるように長く住み慣れた諏訪の地を後に山間の人里離れたこの地に隠れ住んだのではないだろうか。そう考えるとすべてが理にかなってごく自然な説明がつくように私には思えるのだ。守屋と一字を違えたこと、敗れたことにより信仰を奪われたこと(モリヤの祠は神官長の守る敷地内にある)、モリヤ山のふもとに新たなる神が迎え入れられたこと、守矢氏が新長官に任命されたこと・・・・ それら数々の事実の自然な成り行きのすべてが容易に説明できるように思えるのだ。遠い昔、隠れ里に身を潜めた守屋一族が後に自らの存在意義を示す為か、または滅び行く物部氏に自らを投影し共感を覚えずにはいられなかったものなのか、自らに似た境遇の物部守屋を新たに一族の祭神として迎え入れ、この山に祭ったというのがこの神社の始まりなのではないだろうか。期せずして、当時、物部氏は新興宗教の仏教派と対立し、本来の、日本古来の神こそが唯一信仰する対象であるべきとする勢力の中心であった。彼らは歴史から消えてゆこうとする洩矢神と物部氏を重合わせていたのではないだろうか。太古、守屋山を二分する宗教対立があったとしても決しておかしくはない。





「ここは、ホッサマグナの交差するところでパワースポットでも有名なんだよ。旧約聖書にはモリヤという山が描かれていて、ここにたどり着いたユダヤ教徒、キリスト教徒がこの神社の興りだという人もいるんだよ」

「実は、モリヤという言葉はインドにもあるんですよ。御柱ととてもよく似たお祭りがネパールにもありますし、モリヤはヒンドゥー教のある神様をさす言葉だったりするんですよ。実は、そういうこともあってここまで登ってきたんです」


老人は一瞬嫌な顔をした。
そして、その話題には一切触れず、聖母マリアの話、ある新興宗教家から多額の寄付をいただいた話などを続けた


彼にとってはインドの神々より金髪の神様のほうが好みらしい




インドとのかかわり
これは私の全くの妄想として聞いて欲しい
 私の友人、若いインド人の留学生から聞く話としてインドの言葉、特に南インド、タミル語の中には日本語と非常によく似た、もしくは同じ発音の言葉が沢山あるという。さらに、タミル語のアルファベットは日本のあいうえおと全く同じならび、来日当初はあまりの共通点の多さにびっくりしたそうだ。タミル人はインドの先住民族、古代タミル語はサンスクリット文字よりもはるかに古い。

 話は少々それるが、インドからやってきたものは意外と多い。例えば民間信仰で有名な七福神のうちの三人はインド由来である。弁才天はインドの創造神、ブラフマーの妻、サラスヴァティーであり、毘沙門天は戦の神クベーラ、大黒天にいたってはその容姿からは全く想像もできない破壊の神、シヴァ神の化身マハーカーラ神だ。これらは、すべて仏教由来の伝承のようなので今回の事例とは切り離して考えるべきだがインドと日本、遠いようで意外と近い

 視点を日本に戻そう。諏訪大社の神官長を務めるのは代々守矢一族。守矢様は神官の長であり、かつ諏訪の神が降り立った現人神でもあられる。(諏訪大社には神殿がない、なぜならば山自体がご神体であり、神官長自身が神そのものを宿しているからである)インドではモリヤとは神様のこと。モリヤ、ムリヤ、モーリヤはガネーシャをあがめたたえる言葉なのである。そしてネパールには諏訪大社の大祭、御柱祭とそっくりなヒンドゥーのお祭り、インドラジャトラ祭がある。そしてそのネパールには『クマリ』と呼ばれる神が輪廻転生した生き神様の少女がいる。一方、諏訪の地ではモリヤ神の時代守矢一族の子供の中から現人神を選びだし、一年間神として崇めたという記録がある。その子供はその年の祭祀の日に神の信託を与えられ、幼い命は供犠(生贄)としてモリヤ神の祭壇に供された。

 老人の話では守屋神社の本堂には石の棒が収められているという。それは、インドの寺院で必ず見られる『リンガ』を連想させるではないか。さらに、洩矢神としばしば同一視されるミシャグジはここ諏訪では蛇神であるソソウ神と習合し、その姿は白蛇として現れる。それはまさにインドで言う川の神『ナーガ』であり日本で言う竜の姿、諏訪湖から流れ出づる『天竜川』である。ナーガはしばしば天気をつかさどる大蛇であり、怒ると旱魃に、なだめられると雨を降らす。守屋山頂に祭られた祠が旱魃の際の雨乞いの対象として拝まれたのに奇しくも呼応する。(巻末追記へ※)
 さらにさらに、諏訪太古の主、洩矢神(モレヤ)が建御名方神と戦ったときに使った武器は鉄の輪だという。同様に古代インドの戦士たちはチャクラムという鉄の輪で出来た武器を使用した。インド最高神の一人、ビシュヌはチャクラムをその右手に常に身につけている。そしてまた、ビシュヌと双璧をなすインド最高神の一人、シヴァは知恵の神ガネーシャ(モーリヤ)の父親、荒ぶる破壊の神、シヴァ神の名はインドでもたびたび『シワ』と発音され、東南アジアを渡って、『シワ』『シュワ』と変化する
・・・・諏訪・・・・・スワ・・・・シヴァ







「おや、この箱はなんでしょう?」

お堂の縁の下に小さな箱に入った子供用の真っ白なドレスと同じく真っ白なかわいい小さな靴が綺麗にそろえて収められている


「あ、これね、一週間ほどまえからこの本堂の前にお供えしてあったんだよ。何か悲しいことがあったんだね。そのままだと濡れてはいけないから、ここに移しておいたんだよ」



あたりはもう暗くなりかけている。
雨の音以外には何も聞こえない。
またいつか来よう。今度は晴れた青い空の下で。







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コメントご意見お待ちししています




追記
 
 先ほどインドの友達とこのことについて話していたらこんなことを。
ソソウ神のソソウって蛇の出す音を表現したんじゃない?インドでは蛇の声をそんな風に言うよ。
こうなればどんなことでも信じてしまいます。

 建御名方神の父親、大国主命はたびたび大黒天と同一視されることがある。これはその呼び名、オオクニ→ダイコクと変化したためだといわれているが・・・(先も述べたように大黒はインドのシヴァ神)
ちなみに少彦名は大国主命とは国造りで活躍した盟友、東京から移住した私、今となっては因縁めいた偶然のめぐり合わせ

 インドでは無駄遣いする人を心にクベーラ神がすんでいるという
毘沙門天はインドでは相当な浪費家らしい

 ナーガの場合はなだめると雨が降るが守屋山の場合は怒らせて雨を降らせる。
※雨乞いには東峰にある守屋神社奥宮の石祠を谷へつき落とし、神の怒りをかって雨を降らせてもらったといういささか乱暴な伝承もある。/信州山岳ガイド 信濃毎日新聞社より抜粋
雨乞いの対象としてだけでなくこのような類似点の数々をどう捉えるべきなのか。

この神社には狛犬が二対ある。鳥居の二体と本殿の二体だ。実は、本殿の狛犬は以前盗まれたことがある。老人の話だとこの村に千葉の石屋が出入りしていたときと時期を同じくして持ち去られてしまったらしい。村では仕方なく鳥居脇に狛犬を新たに据え付けたところ、ほどなくして持ち去られていた狛犬が帰ってきた。盗人に何か祟りでもあったのではないかというのが村でのもっぱらの噂である。


2015.10.2 追記
前から気になっていたことがひとつありました。それは、守矢氏がなぜ神官長という非常に高い位を受けることができたのかということです。これには二通りの考察ができると思います。
ひとつは出雲勢がこの地を収めるにあたり先住権力者の協力がぜひとも必要であったこと
もうひとつは、一部の造反がモレヤ一族の内部で起こり結果、建御名方神の勝利につながったこと。洩矢神は手に鉄の輪を、対する建御名方神がこの戦いで使ったのが藤の蔓、絡め取るには絶好の武器だと思うのですが・・・・

    
2016/06/30 追記
 太古の神、ミシャグジは一説によるとジムグリという赤い蛇、「ミ赤蛇」という字を当て、大社でジムグリを明神様と呼んでいたそうです。先日、雨の日に田圃の草を刈っていてジムグリの首をはねてしまいました。悪いことが起きないといいのですが。


2019/04/10 追記
モリヤ神を祭った神社、『洩矢神社』は諏訪湖の北、岡谷市にあります。仮に出雲勢が北から侵入したとすれば諏訪平野を望む諏訪湖の入り口、洩矢神社の現在地は諏訪の地を制圧する侵攻経路のちょうど分岐点にあたります。洩矢神社の建立された場所はいわば両軍にとっての軍事的要所。古代この近辺にモリヤ勢の要塞があり洩矢神社周辺が両軍の最前線だった可能性は十分あります。ちなみに出雲の侵入経路はナビタイムで検索しました。






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