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不思議な体験・豊住公園

2017.06.25 (Sun)
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ボリジ 花を白ワインに浮かべるとピンク色に変わります


(追記26/6/2017:追記を先頭に持ってくるのはおかしいですが、今母親に電話で確かめてみたところ、ここに書いた事は確かにあったとのことでした。ただ、どういった事件だったのかはよくわからないそうです。)

今日は予報通り未明から雨、畑には出られないので朝寝坊して居りゃいいものを5時にはもう起きだして「今日は片付けでもすっか」とぼんやり考えていたら、グラグラグラ、大きい地震がありました。
下からどどどっと突き上げるような揺れと同時に携帯のアラートが鳴って築80年のぼろ屋に住む少彦名はちょっとプチパニック。この辺は湖の周りと違って地盤がしっかりしているので揺れはそれほどでも無かったですが、日ごろほとんど地震のない場所に住んでしまうとこういう時は慌ててしまいます。
揺れが収まって、「アラートが鳴るくらいだから・・・」と思い、もしやどこかで大きな被害がとテレビをつけたら、規模も小さく震源は岐阜との県境とのこと。浅いところの地震で少し揺れましたが大地震ではない様子。やっぱり地震といえば東京が心配ですからひとまず安心です。
岐阜といえば、御岳山が噴火する一、二週間前も変な地震が立て続けにあって、地面の下から大きなハンマーで一発、ゴンとぶったたかれるような全く不気味な衝撃が何回かありました。こりゃ近々何かあるなと感じていたところ案の定、お山から離れたこの場所でさえおかしいなと思っていたくらいですから御岳の地元の人は気が付いていたと思います。当時は行楽日和の掻き入れ時、実行されなかった警告と入山規制。その辺の事情は想像するしかありませんが。
日曜日の朝のテレビ番組、そんなことをうつらうつらと考えながらぼんやり画面を眺めていると、ゲリラ豪雨に対する対策プロジェクト、東京の巨大下水道建設工事の話がやっていました。場所は江東区、豊住公園の地下、私が生まれた家のすぐ近くです。



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ムスクマロウ お茶やサラダに使います



物心がついたころ、朝から晩まで遊んだ場所、母親が起きると私の姿は寝床にはすでになく、ご飯も食べずに草むらの中を探検していました。公園は大きな台地のようになっていてその地下には水道の施設が埋まっています。街の公園としては特別大きいほうで、遊びに来る人も少なく当時はちょっとした遊具があるばかりでただただ広い寂しい場所でした。
「そういえば、あんなことがあったなあ」
外の雨を眺めながらぼんやりと思い出したことがあります。





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ケンブリッジ・スカーレット・ベルガモット
名前は柑橘系のベルガモットに香りが似ているため




ある夏の朝、季節はもしかすると今ぐらいだったかもしれません。いつものように寝ている母親を起こさぬように家を抜け出して公園に向かいました。多分まだ保育園にも行っていない時分だと思います。運河にかかる太鼓橋を渡って二、三十段はある台地の階段を上ってゆくと、そこはあたり一面牛乳を流したような真っ白な朝靄のなか。霧の奥には咲いたばかりのアジサイの青い色がぼやけて滲んでいます。公園につくとまず真っ先に行くのは赤やブルーのマーブルカラーの丸い椅子が点在する広場、靄の中、滲んで見えるアジサイの絵の具の中に今日は珍しく十数人の大人の人影があちらへこちらへ動いています。何だろうと思いながら近づいた広場のコンクリートのタイルの上には、ぱっと散らしたような鮮やかな赤い点々がぽつりぽつりと広がっていて、歩を進め、一歩一歩歩くたびに何かガラスのようなものが「チリッ、チリッ」っと靴の下で砕けるのを感じます。男たちは皆スーツを着て子供の私なんかには構うこともなく、手にはカメラをもってアジサイの中を灰色の影は、うようよとあちらにこちらに動き回っている。私は、男たちの折り目のついたスーツの脚とピカピカに光った靴の合間を縫うように歩きコンクリートの上にちりばめられた赤い点々を夢中で追っかけていました。
アジサイの通路を右に左に折れながら、赤い血のようなものを追っかけていると、アジサイの咲いている植込みの、ふと開けた黒土の場所に大きな穴がぽっかり、子供一人寝そべることができる程のくぼみが黒い土をえぐってできていました。公園を濃い朝靄が満たす中、あたりはひんやりと夏の草の香りが漂っていて、こんなに大勢の人がいるというのに、あたりは不思議なくらいに静かでした。
幼い私がその場所で彼らの話を聞いて理解したのか、そのあとだれか、近所の大人から話を聞いたのかわかりませんが。若い男女、二人の無理心中、爆弾を抱えて自殺したということでした。

あ、今も地震だ。



(追記:記憶をたどってみると女性、赤ちゃん、人形、というキーワードが記憶の中から浮かんできます。先ほど心中と書きましたがそれではない気がします)

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Wild Blue Yonder / ワイルド・ブルー・ヨンダー 『彼方に広がる荒々しい青い空』



母親にこのことを聞いても覚えていないといいます。いくら探しても事件の記事は出てきません。でも決して夢ではないのです。穴だってしばらく残っていました。慌ててすぐに帰って今見てきたことを話した記憶がしっかり残っています。

今日からしばらく雨の日が続くようです。玄関のアジサイもここ二、三日で綺麗な花を咲かせることでしょう。




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豊住公園 : 〒135-0016 東京都江東区東陽6−1 電話: 03-3647-9111





Iron and Wine - Naked as We Came




Iron and Wine - Sunset Soon Forgotten





Iron and Wine
アイアン・アンド・ワイン、シンガーソングライター、本名はサミュエル・ビーム
アルバムごとにバンド形式のロックっぽくなって売り上げも伸ばしてるけど僕はこのころの弾き語りのほうが好き







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おうまがどき

2016.07.08 (Fri)
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今日は機械がうまく動かなかったりで思うようにはかどりませんから日差しは限りなく強烈でへこたれた私は仕事も途中で切り上げて。




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カメラ片手に何をとるあてもなく
特に期待もしないでほっつき歩くのは久しぶりです

村の大根で使う道具が入った大きなコンテナ
カメラ持って出るといつもと違って見えるから面白い






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毎日思うのだけれど、なんで私はこんな山奥で暮らしているんだろうと
ふと、部屋でテレビを見ていると車の音が聞こえてきたりしたら
あ、暴走族かな
なんて、マンションの5階にいる記憶が普通によみがえって








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子供の時から自然の中で暮らすのが夢だったけれど
こうやって山の中に居を構えてみると
自分が生きてるのか死んでいるのか
其れすらわからないほどふわふわしたようで

とにかく、風とか、日差しとか、肌触りとか
あふれかえる情報を処理できない赤子のようです









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黄昏時
一日の中で一番好きな時間

缶けりをしながら、隠れるほうも、探すほうも、だんだんと不安になってくる時間
野球をしながら投げるボールが見えなくなってくる時間
遊びに夢中になって、なぜかむやみに盛り上がる時間
誰が「もう、帰ろうよ」と言い出すのかとドキドキする時間








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民族学者の柳田国男は黄昏時を「誰そ彼とき」と読んだ。日が暮れてあたりが朦朧と溶け出してゆく中、暗闇をあちらからやってくるすれ違う君は
「だれそかれ・・・・」









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たそがれどき
日没まじかのこの時間を昔の人は「逢魔が時」と呼んだ










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その昔、身の回りには当たり前のように得体のしれないもの、魑魅魍魎、妖怪変化が普通に闊歩していた
今、こうして最新式のデジタルカメラを携え、佇んでいる私の周りにも
茂みの暗がりに身を潜めてこちらをじっとうかがっている彼らの息遣いが夕闇とともに忍び寄ってくる











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「こんばんわ」
隣村の牧場主が声をかけてきた
見ればずいぶんな泥だらけ。まるで肥溜めに落ちたよう
牛が逃げ出して追いかけている最中だとか
あと二頭。宵闇と追いかけっこ










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おうまがどき
この時間が一日のうちで一番好きだ
遊びの終わりに一日で一番盛り上がる時間
その日の仕事からやっと解放される時間
走り疲れた足を休め、しばし空を見上げる時間










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誰かが最初に
「もう、帰ろうか」
と、言い出す時間








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もう少しもう少し
もうすこしすれば
会えるかもしれないよ、会えるかもしれないよ。








Cheryl Grice-Watterson - Misty








とら

2014.07.10 (Thu)
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猫にまつわる不思議な話。
みんなもひとつふたつあると思うんだ・・・・・





 もう、何年も前になるが、福岡に仕事で住んでいたことがあって、明日東京の本社で会議があるから書類や資料をそろえたり旅の準備をしていた。
空港に向かう途中、ケイタイが鳴ったんだ。


なぜかわからないけど、
「あ、これは、トラに何かあったな」
て、瞬間感じたんだ。
着信を見たら母親から。出てみると案の定涙声で、トラがトラが、って。

もう駄目みたいだって。もって一日。
ちょうど今からかえるからって母親に伝えて電話を切った。

トラはもう何十年も前にもらってきたきじトラのオス猫。あれ、何歳だったっけッて考えてみたらどう数えても25歳。20年だってずいぶんな長生きだけど。
名前はボクが付けた。ちっちゃなぬいぐるみを投げると犬みたいに持ってきた。何時も追っかけまわしては、顔から尻尾からこねくり回してた。きっと僕のことは苦手にしてたんじゃないかな。きれいな端正な男の子だったよ。

東京について、一日会議して、久しぶりだから会社全員でカラオケに行って、本当は帰ってトラを看取ってやらなきゃならなかったんだけど、怖くてね。トラが死んでいくのをみるのが。
それで、そのまま夜明かししちゃったんだ。でも、酔えなかったな。あんなに呑んだのに。
朝の電車で、実家に帰って、いよいよ家のドアの前。もう死んじゃったんだろうな。悪いことしたなって、家に入ってみたら家族全員がみんな立ち上がって集まってる。

「お兄ちゃん!早く早く!!」

そこには、箱の中にバスタオルを敷いて、まるでせんべいみたいにペッちゃんこになったトラが横たわっていた。
「早く早く、トラまってるよ!」
ペッちゃんこに変わり果てたトラ。でも、10秒に一回くらいでそのぺちゃんこのおなかがふっと膨らむんだ。
ゴメンねゴメンね・・・・なでてあげたらもう氷のように冷たくなってる。においだって、あの太陽のにおいじゃない。死臭というんだろう、腐ったような甘い匂いがしてる。けど、時折、浅く、フーといいながらおなかが膨らむ。一生懸命まっててくれたんだ。
ゴメンねゴメンね・・・・・家族に言われるままに抱っこしてあげた。冷たくなった体。紙のように軽い。目をつぶったまま力なく抱かれるトラ。とら!とら、!聞こえてるかい。帰ってきたよ!待たせてごめんな・・・・

トラは僕の腕の中で、三度、力なく呼吸をして、最後に大きく息を吐いたら、そのまま動かなくなった。抱きかかえてほんの30秒。苦しかったんだろうな。そう思ったら涙が止まらなくなった。待っててくれてありがとう。みんなが声を上げて泣いた。


一番嫌われてたと思ってたんだけど。
最後まで意地悪しちゃったな。




それから一ヶ月。じつは、不思議なことはこれだけじゃなかったんだ。

またケイタイが鳴った。今度はチビか?例のとおり嫌な予感がした。
チビは、真っ黒の女の子。トラよりもずいぶん若くて、気が強い美人さん。いつも、トラとけんかしてご飯のときでも男のトラを差し置いてがつがつ食べちゃう。みんなあんまり仲がいいとは思ってなかったんだ。

「チビ、死んじゃった」

母親はもう泣いてなかった。
話によると、あれからまったく食事を食べなくなったらしい。見る見る弱っていってトラのあとを追うように今朝亡くなった。それがちょうどトラがなくなった一ヵ月後。同じ日の同じ時刻。

まるで作り話。でも本当なんだ。

猫って、薄情に見えて、実はずいぶんと情が深い、優しいこなんだな。





犬の散歩 / 少彦名


新説ドラえもん

2014.02.04 (Tue)
真説 ドラえもん

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ゲーテの戯曲『ファウスト』で知られる冥界の使者、メフィストフェレス、別名を「ドラえもん」。そのドラえもんに魂を売り渡してしまった主人公「野比 のび太」、これはどこにでもいるごく平凡な青年が突如現れた奇想天外なる運命に翻弄され、次々と繰り広げられる人生の悲喜劇をめぐって人間の深遠に深く、そして鋭く迫った現代の一大叙事詩である。

ある日、物語の主人公、野比のび太は、誘惑の悪魔、ドラえもんをふとしたきっかけで机の引き出しより呼び覚ましてしまった。と同時に、彼の欲望と悲劇の冒険、すなわち、人生における混乱と光明、正義と偽りのまがまがしい世界に彼は深く突き落とされて行く。一個のか弱い魂でしかない「青年のび太」は、時に挫折し、時にかれの友人達に助けられ、次々に降りかかるさまざまな人生の試練を乗り越えながら、人間の真実の姿、人間にとっての真の幸福とはなんぞや、という人類の普遍的命題に突き当たり、そしてその謎を解き明かしてゆく。混沌と混乱渦巻く現代社会の中で、新たなる人間像を、真に理想の人間の姿を、ついに見出し、そして彼自らに取り戻してゆく。

発表当初、のび太の憧れの女性、「しずかちゃん」の入浴シーンがあまりにも露骨であるとのことで発禁処分という憂き目を見ることになるが、かの文豪、川端康成の尽力によりほどなくその禁を解かれた。川端氏いわく、「しずかちゃんの入浴シーンなくしてドラえもんは語れず。この作品に接していなければ「伊豆の踊り子」の発表はなかった」と後年語っ ている。

近年、研究者の間では、「ドラえもん」は実在する、という説がまことしやかに議論されている。それによればドラえもんが人類の歴史上、初めて出現したのはインダス文明後期、ヴェーダの神々が繰り広げる戦争神話の中にしばしば見出すことができるという。その赤く大きく引き裂かれた口、そして真っ青な面相はおのずとある強大なる神を容易に想像することができよう。そう、怒れる神、ヒンドゥー教の破壊神、「シバ」の化身ではなかったか、という仮説はあまりにも有名である。









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