高遠の夜桜

2018.05.25 (Fri)
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と、その前に
ブログ開設5周年記念プレゼント企画
の応募、これにて締め切らせていただきます。たくさんのご応募、ありがとうございました。
抽選会は次回の記事で、お楽しみに。



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先月、4月の春先に、確か4月6日に行った高遠の夜桜。



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急に暖かくなった今年の春先。例年よりも一週間以上早い開花に世間の気持ちがついていけない花見客の足もまだまだで客足もまばら。てきやのおやじも客足が伸びずに頭を抱えていましたっけ。



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それでもここ数日やっと賑わいを見せてきて、きっと日中は大変な賑わいになると、今年は夜桜を楽しみたいと友人たちとカメラ片手に訪れてみました。



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高遠城は武田信玄の配下、武田軍団、伝説の軍師、山本勘助が設計した城。私のご先祖も足しげく登城した名城。
高遠コヒガンサクラは高遠にのみ自生する貴重な桜。小ぶりで薄桃色のかわいい花をつけます。



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この日は日暮れとともに急に寒くなってついには雪まで降ってきました。
桜を映した城内の池では蛙が鳴いて、その上を雪が舞っている。
雪に、蛙に、夜空に浮かび上がる極彩色の桜。何とも不思議な戦国のお城の夜桜見物。




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桜といえば潔い散り際。
武田の滅亡とともに高遠城は籠城する守備隊の命を散らし落城する。



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次の日の朝はうっすら雪化粧
何とも不思議な夜の桜でした。







Pram - omnichord



Pram — Cinnabar





Pram / プラム
1988年結成のイギリスのバンド。1998年発表の4枚目のアルバム『North Pole Radio Station』から二曲。Pramは乳母車のこと。子供時代の暗い記憶を題材におもちゃのピアノ、テープ・ループ、電子オルガンの旋律が展開します。




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『フィリピン・南国の光』 オリジン

2018.01.09 (Tue)
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憎っくき鶏の雄たけびに今朝も南国の安らかな夢を破られて、まだ夜も明けきらぬうちから目が覚めてしまった。
日の出は南国といえども季節は冬ですから朝の4時といえば日本と同じで町は真っ暗。それでもフィリピンの人たちはとても早起きで通りからは人の声や道を急ぐ足音がまばらと聞こえてくる。毛布をかぶり何度も寝ようと試みてはいるがこうひっきりなしに鳴かれてはうとうとすることも難しい。前夜のビールが抜けただけでもよしとして寝てる家人を後にこっそりと家を抜け出して朝の街を散歩することにした。



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乗り合いバスのジープニー / jeepneyが出勤のお客を満載して街道を走ってゆく。朝5時だというのにもうすでに半分のお店がシャッターを開いて営業をしている。露店や行商が狭い歩道を行きかっている。





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自転車のリアカーにアルミの寸胴を積んだ物売りが脇に止まって何かを売っている。
なんだと聞くと「トウフ」だと答えた。






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タホ / Taho
おぼろ豆腐にタピオカや水蜜をかけて食べるデザート。大きいカップで20ペソ。小さいのが10ペソ。
せっかくなので大きいのを頼んだ。スプーンなどついているわけでもなく傾けてずるずると吸い込む。
おいしい。



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街の中心にあるカソリックの教会、Immaculate Conception Parish Church。1866年に建てられた古い教会。フィリピンの歴史的建造物の一つ。フィリピン革命などいくつもの戦火の中で悲劇の舞台にもなった場所。日本統治下でも多くの住民が処刑されているそうです。


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写真をとってもいいということで何枚か撮らせていただいた。
天井は修理のために足場がかけられている。




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そういえば今日は日曜日。大勢の信者がミサのために集まっていた。
きっと日本人は私だけ、見るからに場違いな疎外感をひしひしと感じて非常に居心地が悪い。きらびやかな装飾、光り輝く彫像、厳かに響き渡る讃美歌。人々を恐れおののかせるにはもってこいの良くできた舞台装置。

宗教のことを語る前に少し私の立ち位置を確認されておきたい。宗教を語るときは場が混乱するのは常であるから出来るだけ誤解を招かぬように。
まず、私は一神教については批判的である。一神教は人類が越えなければならない最後の障壁だと思っている。ただ、私にはキリスト教徒、イスラム教徒の友人がたくさんいる。当然私の考えも彼らは知っている。そのうえ宗教施設は大好きである。特に教会の美しさにはしばしば目を奪われる。あの厳粛な雰囲気の中に何時間でも浸っていることができる。白状するが以前のかみさんは白人女性、クリスマスもイースターも一緒にお祝いした。別れた理由は信仰の違いではありません。

さて、フィリピンという名の由来をご存知でしょうか。フィリップ王の統治する国、この国はアジアにあってスペインの王、フェリペ二世(当時は皇太子)の名前を冠した国なのです。日本に西洋文化が流れ着いた同じ時期、白人の強大な軍事力の前にひれ伏し征服された国々の一つです。300年に及ぶスペイン統治時代の後、侵略者を撃退し独立した後もフィリピンという国名を変えることはしなかった。フィリピンにキリスト教が広まったのはスペイン統治時代、ではそれ以前はと周りのフィリピン人に聞いてみてもだれ一人として答えられる人はいません。私の宿泊している家族の奥様は歯医者さん。大学で学位を持っているインテリのはずなのですがスペイン統治以前のこの国の歴史や宗教について訪ねてみても全く知らないという。子供たちに聞いてみて、きっと学校で習っているから。全く知らないうえに興味すらないようです。これは日本での話ですがフィリピンパブに行ったときにふと不思議になって同じ質問をしたことがあります。その時の答えに私は衝撃を受けました。
「スペイン人が来る前の歴史なんか恥ずかしくって何の役にも立たないわ!」
間髪入れず吐き捨てるように言い放つホステス。その顔は怒りに満ちています。キリスト教がやってくる前はフィリピンは暗黒の地、未開のとるに足らない島々だったというのです。
そこで調べて見ました。キリスト教が伝来するまでのフィリピンにはイスラム国家が存在していたようです。しかしあまりに資料が少ない。今のマレーシアあたりを想像すればいいのでしょうか?ヒンドゥや土着の神が融合した緩やかなイスラム国家を想像してみます。

目の前では、牧師さんが長々とビデオの前で説教をしています。言葉はわかりませんが非常に具体的で寓話的な話をされているのでしょう。私は子供の時にキリストが磔にされた三日目に生き返った話を母親から聞きました。その時最初に思ったのは何でこんなオカルトな話を大の大人が信じるのだろうか、と。なんと罰当たりなことでしょう。こんなことをミサの最中に考えているのは私だけ、彼ら信者から見れば異教徒の私は『悪魔の申し子』排除すべき存在なのでしょう。哀れな子羊の群れに紛れ込んだテロルスト。社会を乱す邪悪な存在です。創造主はそれ以外の存在を認めようとはしません。我こそは全知全能であり異教徒の神はすべて悪だと。すなわち偉大な神の力が強ければ強いほど悪魔の力も大きくなる。逆を言えば悪魔の邪悪な力を借りてキリスト教の神は大きく強大になってゆく。今回のこの一連のブログ、南国の光と題した理由は光が強ければ強いほどはっきりと浮かび上がる『影』の部分を暗喩してのこと。しかし、きっとキリスト教社会のこのようなコミュニティにわが身を置いたならば、私のような不遜な不謹慎なものでも、集団から外れる恐ろしさから神に頼らざるを得なくなることは目に見えて明白。そう、これは厳粛な舞台装置、『原罪』を人々の心に植え付ける強大なシステムなのです。

車でフィリピンの家族と旅行に出たとき、信号に止まると必ず花売りや物乞いや笛吹きがやってきて金銭をせびります。中には目の見えない息子の手を引きながら混雑した車の間を物乞いさまよう年老いた母親もいます。フィリピンの友人は彼らは○○だから早く窓を閉めなさい!といいます。一人に金を渡すと後から後からやってきて収集がつかなくなります。それはインドも同じ、よく経験することです。しかし、このとき彼らはわざわざ原住民の名前を呼んで私をいさめました。他意はないかもしれません。ただふとした拍子に本心が現れることもあります。なんと呼んでいたかは忘れてしまいましたが山に住む少数民族を呼ぶ蔑称のようです。
フィリピン人の顔を見ると同じ家族でも様々な人がいます。私たちのようなアジア的な顔、肌の色の黒いもの、白いもの、白人のような表情の人。フィリピンの人達と、錦糸町で遊んだフィリピンパブのお姉ちゃんも含めて、彼らと接して感じたのは、征服者であるスペイン人を家系に持つこと、白人的な容姿を持つこと、それがいかに血統的に優れた特権的なものであるのか、白人の血を引くことを人々は誇りに思っているようです。逆を言えばフィリピンの原住民に対する差別意識が根底に流れていると気づかされます。フィリピンの貧困の原因は単純に経済的構造に端を発していることではないのかもしれません。国を蹂躙したスペインへのあこがれと信仰。いま、窓の外でしきりに車のガラスをたたいて私に訴えかけている哀れな老婆、きっとあの人こそがこの国のオリジン / origin であるはずなのに。








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教会を出て、いつものように肉屋の角を曲がって、もう起きだしているであろう友人のうちに帰ります。
少し行ったところで、またあの豆腐売りにあいました。






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「いくらだっけ?」
「20ペソって言ったろう」


ぼったくられたのではといぶかしがって聞きに来たのだと感じたようです。


「もう一つくれないか?」


私はまだ温かいプラスティックのコップをもってコンビニのわきで座り込んでいる物乞いの老婆に近寄りました。


「・・・・メリークリスマス。」


老婆は真っ白のタホを片手にいつまでも私のほうに手を合わせていました。










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Boney M - Rivers of Babylon




バビロンの流れのほとりにすわり、
柳にたて琴をかけ、
シオンを思い、すすり泣いた。

わたしたちをとりこにした者が、歌を求め、
しいたげる者が慰みに「シオンの歌をうたえ」と命じた。
異国の地にあって、どうして主の歌がうたえよう。



ボニー・M、バビロンの河。1978年に大ヒットした懐かしのディスコ・ミュージック。今回、数回にわたってディスコ・ソングが続いたのは実はこの曲をこの回にぶつけたかったため。期せずして前回のジンギスカンと同じ西ドイツで結成されたユニット。軽快で明るいメロディーとは裏腹に詩の内容は聖書の一片、バビロンの捕囚。ユダヤ人が国を滅ぼされてバビロンに強制移住させられ悲嘆にくれるという内容のもの。
このバンドのために集められたメンバーはカリブ海やインド洋、アフリカなど、キリスト教徒に征服され自らの宗教を奪われた国の人たち。これって何かの皮肉なのでしょうか。










富岡八幡宮殺傷事件

2017.12.08 (Fri)
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私の氏神様は深川富岡八幡

とんでもないことが起きてしまったようです。境内で日本刀、慌てて東京の母親に電話をしました。本当は明るい違う記事を書こうと思ていたのですがPCを開いたら、突然そんな事件が目に飛び込んできました。

江東区といっても、現在もっぱら注目されているのは新しい埋立地ばかり。江東区のイメージは草木の生えないゴミで埋め尽くした海に広がる灰色な埋立地の風景。有明だとか、夢の島だとか、大田区と争っているオリンピック埋立地だとか。それに反して本来の江東区、いわゆるヨーロッパに旅行したときに耳にする旧市街と呼ばれる区域、それが門前仲町(よその人は門仲と呼びますが地元の人は仲町と呼ぶ)、木場、深川などの中川より西、下町旧深川区といわれる地域だ。私はこの地区の生まれ。八幡様の氏子である。
富岡八幡といえば江戸三大祭りの一つ、深川水かけ祭り、120基の神輿が街を埋め尽くす寺社一社のみの祭りでは浅草をしのぐ日本最大の盛大なお祭り。一般には浅草の神輿が全国的に有名なようだが、私にいわせれば浅草のみこしは観光化されて、そもそも町人の担ぐ神輿があるのか無いのか、昔の姿をすっかり忘れてしまっているように見える。ちなみに『せいや!せいや!』の掛け声は戦後に生まれた邪道なもの。昔ながらの『わっしょい、わっしょい』を守り通しているのは我々深川の祭り、なので調子が行ったり来たりで神輿の進むのが非常に遅い。いわゆる練り歩きである。ついでにいつか言ってやろうと心に溜めていたことなのだが、大体祭神が御腰になる神聖な御神輿に人が乗るなんざ罰当たりも甚だしい。神輿は一年に一度、神様が神社からお出ましになり町中をめぐり人々の無病息災を祈るもの。その神輿に乗るなんざ不届き千万、不遜なさまはみるに堪えない。それも大体が他所から来た担ぎ屋のどこの馬の骨ともわからない、目立ちたいだけの半ぱなヤクザのやること。我々が一年仕事で苦労してやっと訪れたお祭りでなんで人間のくずなど神輿に担いで乗せようか。神輿に乗るのは人としては常識のない者のやることです。ヤクザの語源、おいちょかぶで8+9+3は10、20のドボン、役に立たない数だということで人として害悪にしかならない人間のことをたとえてやくざと呼ぶ。浅草でも神輿乗りはやっと禁止になったようですね。深川のお祭りは昔から墨の入った人間は神輿を担げないことになってます。街の力が非常に強い。しかしながら現在でも、各地域の寄り合いでは、祭りの顔役、しっかりと刺青を入れた着流しのご老人。この方々はヤクザとはちょいとわけが違う。永く命がけで街を守ってきた、人々の呼ぶところの任侠と言われる『かたぎ』の方々を拝見することがあります。ヤクザの入れている入れ墨は彼らのようなその身を挺して自分の街を守ってきた堅気様、威勢のいい町火消や、街の治安を守る地域の顔役がそのプライドと心意気を示すために入れた刺青を真似たもの。彼らの威信に何とかへつらって彼らの威厳にあずかろうとイキがって入れた人生のまがい物が今の入れ墨です。虎の威を借る、本来ならそんなもの入れずともあなたのその腕力をもってすれば人の道は自ら開けるというのに。

報道で聞けば宗教法人内紛の様相。寺社といえば昔は地域に根差した開けた場所であったはずなのに今では宗教法人という名の閉ざされた秘密結社のよう。最近作られた深川八幡の敷地内にある深川不動の新本堂、および内仏殿。狭い境内に威風堂々とその景観を見事に汚している鉄筋コンクリートの不細工な建物はいったい何のために造られたのか?どのようなお金で建設されたのか?そんなもの作る金があったら今この瞬間、明日もわからず困窮している人々に寄付でもしなさいな。以前、不動尊について寺社の方に質問した際に、非常に不遜な、無礼な態度をされた覚えがある。きっと彼らは衆中を救う寺の本文をすでにすっかり忘れてしまっているのだろう。
富岡八幡宮の関係者、二人死亡、一人が意識不明の重篤、一人負傷。移住したこの長野でも善光寺で住職のセクハラ、パワハラ事件が話題になった。宗教法人とはいったい何なのだろう。私たち、神社、寺院の氏子、信者はけっして彼らの食い物ではない。宗教法人とは私服を蓄えるシステムでは決してないはず。あの時のお不動様で受けた冷たい対応を思い出すとそんなことを肌身に感じずにはいられない。


死者は合わせて3人になりました。もっともこのうちの二人は容疑者のようです。殺されたのは容疑者の姉、富岡八幡の宮司。
富岡八幡の周辺は最近いろいろと騒がしかった。脱税疑惑、今年の10月には、宮司の後継人事をめぐり神社本庁と対立、離脱したのはニュースで知っていました。事件直前、富岡八幡のブログにセクハラ、パワハラを訴える宮司による記事『世の中間違ってやしませんか?』がアップされています。アメーバブログ『富岡八幡宮公式ブログ』、気味が悪いのでリンクはしません。この4時間後に彼女は死ぬことになります。
富岡八幡は江戸勧進相撲発祥の地、横綱襲名の折は奉納土俵入りの儀式が境内で執り行われます。そちら相撲界の現状は皆さんも知っての通り、泥沼の様相を呈しています。思い返せば宮司の後継問題を巡り怪文書がばらまかれたこともありました。門前の有名食堂での青酸カリ混入殺人未遂事件で世間を騒がせたのはいつのことだったか。裕士ちゃん誘拐殺人事件の時、この子の死体が見つかったのは八幡様の境内にある空井戸だったと記憶しています。(この井戸には幽霊が出ると噂されていました)
今年の8月17日の彼女のブログによるとまた別の怪文書がまかれた事実が書いてありました。そのブログのページには不吉なことに大きく自身の墓と『祟り神』という文字が記されています。



今年は深川祭り本祭りの年。めでたいはずの年回りに彼らはいったいなんてことをしてくれたのでしょう。





追記

貴乃花のご意見番にも何やら怪しげな宮司だか宗教家がいましたね。龍神総宮社ですか、昭和38年創設の新興宗教団体のようです。インタビューか何かで非常に乱暴な言葉で話していました。坊主と違って宮司という職はあまり人間性を問われないものなのでしょうか。こういうことが続くともはや人心を惑わす妖怪ですね。

追記の追記
龍神総宮社のホームページ覗いてみました。今後貴乃花に加勢する見方は一切しないことに決めました。報道画面からはわからない薄気味悪さを相撲協会のほかの理事、関取衆は貴乃花から感じているのでしょう。




不二子ちゃんからの手紙

2017.12.05 (Tue)
けさ、雪隠に立ったら雪に凍える廊下の柱にこんな矢文が刺さっておった。

『殿のお命を狙うものあり、ご注意召されよ』

そして一緒に添えられていた浮世絵には一人の妖しき女人の人相書が


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その人心を惑わす面妖なる容姿、これはただごとでは済まされぬ。誰かある!皆のものよ、直ちにこの不埒な女人を探し出し、お縄でぎゅうぎゅうに縛り上げてわが面前に引っ立てよ。その暁にはこの者とお酒を一献・・・いや、世間を騒がせた騒乱反逆の罪で激しく罰することとするぞ!

しかし、このような女がこの片田舎におったというのは・・・・・
ええーい、早くゆかぬか、早急にこの者をひっとらえてわしの前に連れてまいるのじゃ!きっとその時は思いっきりお仕置きしてやるぞー!




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はい、失礼いたしました。お友達のお知り合い。名前も知りませぬ。




Marc Bolan / Dreamy Lady







松本城ビールフェスティバル中止

2017.07.31 (Mon)
緊急報道

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松本市教育委員会は今春改正した松本城公園の使用許可の運用を定める内規に基づき今年九月に開催される予定だった「ビアフェス信州クラフトビールフェスティバルin松本」の自粛を要請、中止に追い込んだ。
イベントの中止を決定したのは教育委員会の構成員
たった5名のロートル



『飲酒を伴うイベントは、史跡の品格にふさわしくないと判断した』



品格あるお前ら、一生酒飲むんじゃねーぞ!





教育部 教育政策課
〒390-0874 長野県松本市大手3丁目8番13号(大手事務所4階)
電話:0263-33-3980 FAX:0263-33-3934

追記
松本市教育委員会に電話で問い合わせたところ中止の理由をお堀周りの通路の拡張工事とイベントに伴うテントの造営等で一般の観光客の写真撮影等に支障をきたす恐れがあるため中止要請をかけたと説明を受けた。『品格』という報道はあくまで誤解で本意ではないとの言い分だった。
ビールフェスティバル開催予定日の一か月後、『信州・松本そば祭り』は予定通り開催される。あの説明は嘘のようだ。ある特定の文化を標的に圧力をかける行為はファシズムの何物でもない。






Throbbing Gristle / Hot on The Heels of Love





長野県は『教育県』 進学率が全国で29位。下から数えるほうが早い






おせちもいいけど・・・・

2016.01.07 (Thu)
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あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします


90センチ水槽に他所で伸び放題になっていた松藻を門松に見立てて飾り付けしてみました。なかなかおめでたい感じに仕上がったのではないでしょうか

年末は仕事で忙しく、いつにない暖かさで過ぎていった年の暮れ、これっぽっちも正月気分はなく何となく迎えた元旦。
さて、ひと段落ついたことだし二三日のんびりするかな



と思っていましたらいきなり奴らがやってまいりました



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大晦日の晩は仕事で一睡もせずに初日の出と共に家に帰りついた少彦名、身支度もそこそこ、そのまま拉致られバラジのスタッフを乗せたレンタルの白いハイエースは一路、乗鞍のスキー場へ

当然私が運転です





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お昼は分水嶺でカレーのお弁当
辛くて酸っぱいタマリンドライスにバナナの揚げ物を乗せた本格エスニカン
本年最初のお食事はおせちでもなく雑煮でもなくまぎれもない本格インド料理なのでした






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この日の宿は民宿「いちい」さん
民宿とはいっても廃業してもう十年近く。今では特別な友人以外は泊まることはできません
お部屋も温泉も厨房もすべて貸切状態
乗鞍に湧くのは白濁した温泉、pH3の酸性硫化水素泉

いうことなしです




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写真は日本ミツバチの蜂の巣からはちみつを抽出している様子
抽出といっても砕いた蜂の巣をガーゼに乗せて自然と滴っていくのを待っているのだとか
少しつまんで食べさせてもらいましたがそのおいしいこと
どんなケーキ屋さんもこの味にはかないません





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今年もやりたいことがいっぱいあるのですがきっと一つも手が付けられずに終わってしまう気がします
そうそう、私今年で丸三年の新参者なんですが、なんと御柱祭りの役員に選ばれてしまいました。
私の村に住むのは七十過ぎのご老体ばかりで私のほかに出る人がいないのです
ずいぶんと名誉なことなのでしょうが少々気が重い、なにせ死人も出る荒っぽい祭りですからね





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辰野町の茅葺のやかたに勢ぞろいした御柱様
今年はいい樅の樹が見つからず辰野の山から切り出したそうです。こうして上社八本が勢ぞろいするのは珍しく機会があれば訪れるのもいいかもしれません


ここで一口メモ
帰りしなに諏訪大社下社に寄ったのですが参拝客がほとんどいません。正月なのにおかしいなと社務所の巫女さんに聞いてみましたらこの時期、下社の神様は秋宮にいらっしゃって初詣はそちらにお参りするのだそうです。春宮に帰ってくるのは夏の盛り、お舟祭りのお舟に乗って秋宮からお引越しします



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最終日は我が家でカレーの夕べ
今年の正月は結局スパイスずくめでした



余っていた上野大根でダルカレー作ってもらいました


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あの辛い大根がカレーで煮るとジャガイモのようにホクホクになりました
でも、彼らには物足りないようです、パンチがないのだとか
実はインドのダイコンは上野の漬け大根よりさらに辛いのだそうです
上野大根もむせるほど辛いというのに彼らはそれを生でバリバリ食べてしまいます






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雪も少なく時間もなく、駆け足で回った今回の旅行、みんな楽しめたでしょうか
さあ、明日から仕事です

また一年間、みんなで元気に頑張っていきましょう







The Animals - The House of the Rising Sun



アニマルズ / The Animals
1962年結成のイギリスのバンド。日本ではあまりにも過小に評価されている感があるミュージシャンですが、現在のバンドスタイル音楽を確立した筋金入りの硬派ロックバンド、本物の音が聴ける希少な存在です。そのブルースに根差した粗削りなサウンドは名前があらわすように粗野で野蛮なロックそのもの。エリック・バートンは崇拝するに値する偉大なボーカリストの一人です。この偉大なロックバンドがいまだに日本で広く認知されていないのはあまりに日本の音楽シーンが稚拙だということを物語る象徴的な事例です。聞き手、作り手、そして音楽評論家のどこかとても大事なところが大きく欠落している証拠だと思っています。さあ、今からでも遅くはない、日本酒をスッコッチに持ち替えて英国の浪花節に耳を傾けてみようじゃありませんか。祭りの昂揚する一瞬の刹那、この短い三分間の中に人生の喜びや悲哀を歌い上げる小さな巨人、エリック・バートンはステージに上がったその瞬間に最高に輝く火花の一瞬のようです




Eric Burdon & The Animals - See See Rider





あしたのジョー  尾藤イサオ
Ashita no Joe opening




アニマルズの『悲しき願い/Don't Let Me Be Misunderstood』をカバーしてました。訳詞もなかなかで原曲よりかっこいいかもしれません。日本きっての隠れたブルースシンガー。ところでアニマルスの原曲のシングル盤のほうだったかな、サビのところで微妙にピッチがずれるのはなんででしょうかね。



さて、今年は御柱の年、硬派な一年になりそうです













御柱 御事始

2015.04.27 (Mon)
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寒さにふるえていた山間の村も今は春爛漫
桜が咲き誇り、梅花が香をたき、こぶしが天高く日差しに輝き、雪に耐えてきた野の草がいっせいに花をつける

それはもう音を立てるがごとくに騒々しいほどぎやかなもの





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花の香りにさそわれてやってきたのは虫だけではありません
桜の花を追いかけて養蜂家の方もこの里にやってまいりました







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そして、村の畑にはなにやら物々しい猛者たちが車列を連ねてやってきます





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その数ざっと300人
御柱祭、四賀・豊田地区有志の方々です
本日は、来年の御柱祭に向けて練習用の木を山より授かりに参ったとのことです







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今まさに伐られんとする木の前には祭壇が設けられ、神主の神を呼び出すその道を祓い清める声

おおおおお----------

よく通る警蹕の響きが澄んだ春の空をまっすぐに伸びていきます







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いよいよ、樅の木に斧が入れられます
興奮します
はじめてみる切り出しの様子が御柱だとは私もついぞ思いませんでした








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大木のこずえが左右にゆらゆらっと揺れたかと思うとバリバリという木材のはじける音が響き渡り、樅の大木はゆっくりとその体を波打たせながら倒れていきます








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御柱は六年に一度、こちらでは数えで七年、ですから七年に一度という言い方をします。諏訪大社は上社、下社があり、それぞれ前宮、本宮、春宮、秋宮があり四本の御柱を奉納しますので計、十六本の御柱が山出しされるわけです。そのほかに、各部落には諏訪大社の分社がそれぞれ存在し、大小無数の御柱が来年にはこの地域を埋め尽くすことになります。木落とし、川越し、建御柱、他に例をみないこのお祭りはとても危険なお祭り、毎回死者が出るほどの奇祭です。この木を使った練習は11月頃からだそうで、今日の伐採にかける思いもひとしおでしょう。






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木遣を歌いながら御神木を曳きます
樹齢75年、人の一生と同じ齢の木がその命を終えました










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こちらはメドデコに使う木
上社は男、下社は女性。上社の御柱には前後四本のメドデコが立ちます





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静まり返った森の木々をかぜがびゅびゅうと流れていきます
御柱を授けていただいた心ばかりの御礼
自然を大切にし、自然を敬う人々の営みがはるか古代の時代から脈々と受け継がれているのです






御柱祭は日本では他に例のない奇祭。建て柱は出雲や伊勢神宮にも見られますが太古の姿を今に残すのはここ諏訪大社のみです。
しかしながら、目をはるか西方に移してみると、この御柱祭とよく似たお祭りがこのアジアには点在しています。そのうちのひとつ、非常に良く似たお祭りが存在するのがネパール。毎年9月に行われるインドラジャトラ祭です。
じつは、御柱のお祭りをインド、現在は国境をことにするネパールの幾つかの祭事と絡めてお話をする構想は以前からあったのですが、この時期に皆様にご披露することになってしまったことは本当に残念でなりません。ネパールも日本と同じ地震の多い国、私の愛する街、カトマンズがあのような悲惨な状況になってしまったのは本当に悲しいことです。







今回この記事を書くに当たって、はるか彼方の地、ネパールで起きてしまった大地震の被災者の方々に深くお悔やみ申し上げます。ネパールはインドに並んで私が大好きな国のひとつ。友人も沢山います。今回のことで何もなければと心から願っています。








さて、気持を取り直して今夜はこんな曲で



Nakka Mukka Female


https://www.youtube.com/watch?v=2CWmdKJ6zNc&list=PL7A5C48AF25EECAA0&index=3





友達のネパール人が酔っ払うといつも踊っていた曲
曲自体はタミルの曲だったかな
今電話したら彼の家はだいじょうぶだって







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