『フィリピン・南国の光』 台風

2018.01.28 (Sun)
P1013785.jpg


パーティーが終わるころ、夜には雨が降り出していた。
南国といえども季節は冬、夜となればうっすらと肌寒く、宵闇に包まれたジャングルのテラスでコンピューターエンジニアのマニエルとビール片手に話し込んでいた。


「キリスト教が来る前の君たちの文化のことを教えてくれないか?」


私は、以前、こちらの記事で書いた長年の疑問を彼に投げかけてみた。もしかしたら君の気分を害する質問かもしれない。もしそれでも差し支えなかったら教えてくれないか。そう許しを乞うた上で彼に質問した。


「スペインはフィリピンのすべてを破壊していったよ。フィリピンは永い間スペインの奴隷で、アメリカに統治され、そう、戦争中は日本だったね。フィリピンの文化は征服者に粉々に壊されてしまったんだ。」


私が錦糸町のフィリピンパブで感じた疑問を率直に答えてくれたのは彼が初めてだった。


「でも、君はクリスチャンだよね」

「ああ、そうさ。フィリピンの抱えている問題はそんなに簡単ではないんだよ。」









P1013773.jpg



パーティの席で女の子に、「なんで、あなたたちは日本を許してくれたの?」と聞いてみた。
戦争当時、フィリピンではずいぶんひどいことをしてきた私たちの遠くない先祖。「昔は日本人のことを憎んでました。でも、日本にたくさんの『ジャパゆきさん』が行くようになって、日本人は実はいい人たちだ。私たちの想像していた鬼のような人たちとは違いました」と、たくさんの女性たちが日本のことを持ち帰って、今ではみんな日本が大好きになりました。
フィリピンに行く直前にマニラ市内に『慰安婦像』が建てられた。韓国人よ、日本とフィリピンの友情を頼むから邪魔しないでほしい。日本は中国でもフィリピンでも随分とひどいことをやった。朝鮮を併合したというのとはわけが違う残忍なことをだ。それでもフィリピンや中国の人は私を許してくれる。中国人の少女が上海空港で私に耳打ちした。「あそこにカメラがあるから大きい声では言えないけど、みんな中国政府はうそつき、大嫌いって思ってるのよ。」



P1013776.jpg


危惧していた通り旅行中もフィリピンの人から慰安婦像の話が出た。頼むからあの国の話はやめてくれ。しかし昔から私がこんな感情を持っていたわけではない。私は東京の下町生まれ。彼らの住む大規模部落が近くにあった。子供のころ親たちの世代が彼らを差別的にみているのに腹が立った。しかし、それにはそれなりの理由があるのを知るのにはそれほど時間はかからない。
闇金、パチンコ屋、ヤクザにチンピラ。長いあいだ男として生きていればいろんな人間にあう。そのなかで彼らとかかわって仕事上苦い思いをしたのは一度や二度ではない。外国に旅に出ても、そこでも彼らはついてきた。私は旅先で一度たりとも彼らの行動に感銘を受けたためしがない。
なぜ、彼らは現地の人を見下すのだろう?なぜ、平気でうそをつくのだろう?なぜ会話をしても自分のことしかしゃべらない自分語りなのだろう。ホテル代値切り倒して、レストランのレジの女の子に食ってかかって、その結果、誰にも相手にされず異国の空の下で一人さみしく食事をしているのが彼らにとってのプライドなのだろうか?ここでは書かないが、きっと、その理由は私には言い当てることができるし、そんな彼らの心に巣くっているその病巣を自ら克服し乗り越えるには相当な労力と時間が必要だろう。しかし、だからといって自己を確認するために他人を貶める行為は最低だ。自力で立つことができないからと言って他人の足を同じようにたたき折るようなことは人としては最低だ。とにかく、一言忠告だけはしておく。あなたたちには一切関係ない。私たちの友情の邪魔をするのはやめてくれ!



P1013780.jpg



台風が来ていた。
南のほうでは洪水が起きて死者も出ているようだ。
昨日まで天気が持ってくれたのは大きな幸いだった。この家族には幸運の女神がついている。


(この台風でフィリピンでは300人近くの死者を出してしまったようです)


P1013805.jpg


雨降りなのでダスマリニャスのパラパラという街、超巨大モール『SMモール・パラパラ』に行ってきた。





P1013795.jpg



『おいしい!』かっぱえびせん。





P1013789.jpg



鯉かな。ソウギョみたい。




P1013790.jpg



名前聞いたけど忘れちゃった。
今朝食べたこの上に載せた写真の料理。おなかに詰め物してとてもおいしかった。ニシンみたい、ボラかな。フィリピンではよく食べられる魚。






P1013793.jpg



テラピア。白身ですごいおいしい魚なんだよね。日本では外来種問題でいいイメージがないけどどんどん採ってどんどん食べちゃえばいいのに。一度、養殖物の刺身を酢味噌和えで食べたことがあるけど絶品でした。(野生のものは絶対火を通してね。肝臓やられるよ。)



P1013800.jpg




フィリピンはまだまだそんなに豊かな国ではないけど、購買意欲は日本の比ではないですね。ガンガン買ってがんがん楽しんでる。レジ打ちものんびりムード。並んでるお客も特にイライラする様子もなく、値段がわからないとお客ほったらかしでどっかいっちゃうし。
レジ袋のようなプラスチックの袋はスーパーやコンビニ、フィリピン国内で見ることはありません。みんなエコバックかペラペラな紙袋。きっとゴミ問題がひどかったんだろうね。最近変わったんだそうです。



P1013806.jpg



昼食はモールの中の食堂で。ジョリビーよりも数段高級なバイキング。



P1013813.jpg



ランチタイムはそこそこリーズナブルに食べられる高級レストランなんだそうです。スウィーツも取り放題でいっぱいいただきました。




P1013832a.jpg







On The Road / Emi Meyer





今日はあいにくの雨だしくさくさする気分を吹き飛ばしたい時こそこんな曲で。
エミ・マイヤー、父親がアメリカ人、ハーフのジャズボーカリストでピアニスト。プリウスのコマーシャルで使われてましたね。現在まで6枚のアルバムを発表してます。どれも隙のない名作ぞろい。もちろん今夜紹介した曲もめったにお目にかかれない爽やかな名曲。なんで、本国、日本でもっと話題にならないのか?これだけ文化的に成熟した国なのにとかく音楽に関しては全く教養を感じない国。不思議です。




登り坂/エミ・マイヤー










スポンサーサイト

『フィリピン・南国の光』 大家族

2018.01.25 (Thu)
P1013694.jpg


兄弟11人が一人もかけることなく元気で顔をそろえるなんてそれだけで素晴らしい。


P1013663.jpg



神に祝福された大家族。
二百人を軽く超えてる今日のパーティ。


P1013621.jpg



お世辞だとわかっていても君ももうすっかり家族だよなんて言われるとやっぱりうれしい。



P1013645.jpg



親戚がこれだけ集まって飲んで騒いで。
日本だったら酒に飲まれて管巻いてからんでくるおやじの一人や二人。




P1013699.jpg



しょうもない喧嘩の一つや二つ。
当たり前にあるんだけど。




P1013642a.jpg




暗い顔した奴は一人もいないんだもんな。





P1013748.jpg



バトン片手にセクシーダンス。
観客がたくさんな分、おひねりいっぱいもらってました。当然私も御贔屓で。
踊る曲はドナサマーのホットスタッフでした。





P1013710.jpg


P1013707.jpg


P1013721.jpg


P1013738.jpg






Donna Summer - Hot Stuff







『フィリピン・南国の光』 お誕生会

2018.01.21 (Sun)
P1013638.jpg


 バナナ畑から帰ってくるとパーティの準備はすでに整って先に到着した家族たちはグラス片手に祝杯を挙げていた。
庭の飯場の大なべからは黙々と湯気が立ち上って列になった長机にはみたことのない料理が並べられて




 
P1013498.jpg



裏庭で炊いていたBiko na Pirurutong、Pirurutong(黒米)で作られたビコというお菓子。おめでたい時には必ず食べるスウィートです。もち米を固めに芯を残してココナッツミルクで炊いた甘いお菓子です。





P1013496.jpg


どれを食べてもおいしい。
フィリピンの料理は意外とさっぱりしていて鶏のスープは何杯お替りしたことか。氷で冷やしたとれたてのココナッツは世界で一番おいしい飲み物。ジョリビーで受けた衝撃を払拭するには十分なごちそうの数々。






P1013618.jpg


愛媛の“pikaさん”から3年前にいただいた芋焼酎。せっかくいただいた贈り物だったのでどのタイミングでどんな大切な日に、と考えているうちに今日になりました。はるばる海を渡って遠い南の国へ。香りも高くのど越しもしっかりしていてガッツがあるけど飲みやすい、とても上品でおいしいお酒でした。


『七福芋焼酎 長期熟成 特旨 あんぶん』 
調べてみたらこのお酒、結構貴重な代物でした。七福芋とはシロイモと呼ばれるサツマイモの一種。愛媛県の新居大島でしかとれない貴重なお芋。新居大島といえば村上水軍が本拠地とした瀬戸内の小島。村上水軍とは遠からず縁があるのは考えてみれば不思議なこと。あの時に口々に「うまい」と言わせたのはまんざら私たちの味覚も捨てたものではなかったという証拠です。






P1013501.jpg
Elpidio Barzaga Jr.

友人夫婦とダスマリニャスの市長。
友だちといっても大先輩、私の村は皆さん高齢で私より年の下の人はほとんどおりません。しかしなんで市長さんが来てるんでしょうね。それほどに高額納税者なのでしょうか。大きい声では言えませんが市長さんは愛人同伴できておりました。




P1013590.jpg



一族郎党、続々と集まってきます。
写真はジープニー、フィリピンの乗り合いバス。この国を走っている自動車の半分は 『Jeepney』 じゃないかな。
シャーシやエンジンは日本製のトラック。運転手付きでチャーターして遠方から集まってきました。




P1013511.jpg


余興のゲーム。
子供たちのソーセージ早食い競争。2チームに分かれてジュース片手に頬張ってます。




P1013512.jpg

P1013526.jpg

P1013535_20180121001941289.jpg


そんなかわいらしいゲームが続く中、大人たちは






P1013630.jpg


股間にキュウリをぶら下げて風船転がしゲーム。
私も強制参加させられました。女性のおしりの風船を男性の股間で押し割るゲーム。これが結構割れないもので女性のおしりに男たちが股間を強く押し付けて青筋立てながらうんうんいきんでます。皆さんとは初対面の私、日本男児として醜態をさらすわけにはいきません。とっさの機転に私は椅子の背もたれに両手をついて「さあ突いて♡」とばかりヒップを突き出しまして、パートナーの女性にズドンと割ってもらいました。
ほかにも椅子に座った男性の股間にキュウリを挟んで音楽が止まったときに女性がキュウリをむんずと握り奪い合う椅子取りゲームならぬ棒取りゲーム。集まった200人の大家族がエッチな運動会に夢中になって大笑いしながらはしゃいでいます。
子供達の前でも飾らずにオープン。いかにも南の国、フィリピンに来たという感じです。




P1013570.jpg


子供のためにアイスクリーム屋さんも呼んでました。



P1013739.jpg



如何にも渋いおとうさん。
紹介されてももう誰が誰だかわからないので。



P1013608.jpg


木につるされた飴やお菓子。
子供たちが競って飛びつきます。
実は、このパーティー、日本の友人のための誕生日パーティ。そのことは直前まで本人には知らされていませんでした。まだまだパーティは宴半ば。驚いた友達は感激して泣いて喜んでました。



P1013705.jpg








The Beatles - Birthday




ホワイトアルバムはビートルズの中で一番好きな一枚、否、二枚。正式なアルバム名はそのまんま『The Beatles』の二枚組。その中でもこの曲は僕が一番初めに出会った『ロック』ぽい曲じゃないかな。当時、まだ私は小学生、もうとっくの昔に彼らは解散してたけど、どんな歌謡番組やアイドルグループより彼ら4人はリアルだった。




The Beatles (THE WHITE ALBUM)


『フィリピン・南国の光』 点描

2018.01.11 (Thu)
P1013734.jpg


再び、友人の故郷の山村へ
二時間ばかりの車の旅。景色を楽しみながらのんびりと向かいます。





P1013412_201801112059245ff.jpg



途中の街の市場。こういうの大好きなんですよね。
キラキラに着飾ったトライシクルやジープニーで町はあたかもカーニバルのよう。
こてこてに改造された車が列をなしてお祭りでもないのにがぜん華やいでいます。







P1013428.jpg


同行者の制止も聞かずどんどん進んで写真撮影。
今日はフィリピンの日常を気の向くままにスケッチしていきましょう。






P1013418.jpg



真ん中にあるのはバナナのつぼみ。









P1013434.jpg



豊かな作物。
見るからに新鮮ですね。いつでも豊作で、『旬』とかきっとないんだろうな。








P1013441.jpg



たくさんの人出で街は活気に満ちています。









P1013426.jpg



売り込みなし、やる気なしはきっと品質に自信ありということでしょう。








P1013423.jpg



かわいいですね。
あれは日本のギャルがよくやる逆ピースです。
ただし、白人の前でこれやると殴られるから気を付けましょう。








P1013430.jpg



よそ者がカメラを向けてもみんな笑顔で受け入れてくれます。








P1013442.jpg



とにかく明るいフィリピンの人達。
こういう笑顔に出会えると、旅に出て良かったなと感じます。








P1013446.jpg



パーティまではあと一時間。
みんな準備で大忙し。日本人の私なんかかまっている暇はありません。

ほっておかれるのっていいですね。
さて、この隙に今度は村の様子などを。








P1013464.jpg


何やら紫色のもち米を鍋でぐつぐつ煮ているお兄さん。
Biko na Pirurutong、Pirurutong(黒米)で作られたビコというお菓子です。








P1013460.jpg


にわとり登場。
こいつのせいで毎日寝不足








P1013467a.jpg




家の裏は広大なバナナ農場








P1013468.jpg



何のためにこんなに大きな果実をつけるんでしょうね。
はい、召し上がれ。









P1013476.jpg



農園の中には簡素な田舎家がぽつりぽつりと建っています。








P1013481.jpg




七面鳥には受難のクリスマスシーズン。









P1013487.jpg


聞こえるのは草を踏む音と鳥の声だけ。








P1013480.jpg




カメラに気が付くと犬と一緒に一目散に逃げてゆきました。








P1013489a.jpg




知らない土地を訪れたとき、こういったなんてことのない時間が旅を充実させてくれます。








P1013491.jpg



ここに住んでバナナの栽培でも手伝うかな。









P1013493.jpg




カメラが気になるけど引っ込み思案な二人。








P1013494.jpg



じゃあね、元気でね。









P1013495.jpg










Planting Rice Is Never Fun
Magtanim Ay Di Biro





フィリピンの田植え歌。楽しくないと歌いながらとっても楽しそう。




『フィリピン・南国の光』 オリジン

2018.01.09 (Tue)
P1013376.jpg



憎っくき鶏の雄たけびに今朝も南国の安らかな夢を破られて、まだ夜も明けきらぬうちから目が覚めてしまった。
日の出は南国といえども季節は冬ですから朝の4時といえば日本と同じで町は真っ暗。それでもフィリピンの人たちはとても早起きで通りからは人の声や道を急ぐ足音がまばらと聞こえてくる。毛布をかぶり何度も寝ようと試みてはいるがこうひっきりなしに鳴かれてはうとうとすることも難しい。前夜のビールが抜けただけでもよしとして寝てる家人を後にこっそりと家を抜け出して朝の街を散歩することにした。



P1013361.jpg



乗り合いバスのジープニー / jeepneyが出勤のお客を満載して街道を走ってゆく。朝5時だというのにもうすでに半分のお店がシャッターを開いて営業をしている。露店や行商が狭い歩道を行きかっている。





P1013369.jpg


自転車のリアカーにアルミの寸胴を積んだ物売りが脇に止まって何かを売っている。
なんだと聞くと「トウフ」だと答えた。






P1013373.jpg


タホ / Taho
おぼろ豆腐にタピオカや水蜜をかけて食べるデザート。大きいカップで20ペソ。小さいのが10ペソ。
せっかくなので大きいのを頼んだ。スプーンなどついているわけでもなく傾けてずるずると吸い込む。
おいしい。



P1013243.jpg


街の中心にあるカソリックの教会、Immaculate Conception Parish Church。1866年に建てられた古い教会。フィリピンの歴史的建造物の一つ。フィリピン革命などいくつもの戦火の中で悲劇の舞台にもなった場所。日本統治下でも多くの住民が処刑されているそうです。


P1013377.jpg

写真をとってもいいということで何枚か撮らせていただいた。
天井は修理のために足場がかけられている。




P1013384.jpg


そういえば今日は日曜日。大勢の信者がミサのために集まっていた。
きっと日本人は私だけ、見るからに場違いな疎外感をひしひしと感じて非常に居心地が悪い。きらびやかな装飾、光り輝く彫像、厳かに響き渡る讃美歌。人々を恐れおののかせるにはもってこいの良くできた舞台装置。

宗教のことを語る前に少し私の立ち位置を確認されておきたい。宗教を語るときは場が混乱するのは常であるから出来るだけ誤解を招かぬように。
まず、私は一神教については批判的である。一神教は人類が越えなければならない最後の障壁だと思っている。ただ、私にはキリスト教徒、イスラム教徒の友人がたくさんいる。当然私の考えも彼らは知っている。そのうえ宗教施設は大好きである。特に教会の美しさにはしばしば目を奪われる。あの厳粛な雰囲気の中に何時間でも浸っていることができる。白状するが以前のかみさんは白人女性、クリスマスもイースターも一緒にお祝いした。別れた理由は信仰の違いではありません。

さて、フィリピンという名の由来をご存知でしょうか。フィリップ王の統治する国、この国はアジアにあってスペインの王、フェリペ二世(当時は皇太子)の名前を冠した国なのです。日本に西洋文化が流れ着いた同じ時期、白人の強大な軍事力の前にひれ伏し征服された国々の一つです。300年に及ぶスペイン統治時代の後、侵略者を撃退し独立した後もフィリピンという国名を変えることはしなかった。フィリピンにキリスト教が広まったのはスペイン統治時代、ではそれ以前はと周りのフィリピン人に聞いてみてもだれ一人として答えられる人はいません。私の宿泊している家族の奥様は歯医者さん。大学で学位を持っているインテリのはずなのですがスペイン統治以前のこの国の歴史や宗教について訪ねてみても全く知らないという。子供たちに聞いてみて、きっと学校で習っているから。全く知らないうえに興味すらないようです。これは日本での話ですがフィリピンパブに行ったときにふと不思議になって同じ質問をしたことがあります。その時の答えに私は衝撃を受けました。
「スペイン人が来る前の歴史なんか恥ずかしくって何の役にも立たないわ!」
間髪入れず吐き捨てるように言い放つホステス。その顔は怒りに満ちています。キリスト教がやってくる前はフィリピンは暗黒の地、未開のとるに足らない島々だったというのです。
そこで調べて見ました。キリスト教が伝来するまでのフィリピンにはイスラム国家が存在していたようです。しかしあまりに資料が少ない。今のマレーシアあたりを想像すればいいのでしょうか?ヒンドゥや土着の神が融合した緩やかなイスラム国家を想像してみます。

目の前では、牧師さんが長々とビデオの前で説教をしています。言葉はわかりませんが非常に具体的で寓話的な話をされているのでしょう。私は子供の時にキリストが磔にされた三日目に生き返った話を母親から聞きました。その時最初に思ったのは何でこんなオカルトな話を大の大人が信じるのだろうか、と。なんと罰当たりなことでしょう。こんなことをミサの最中に考えているのは私だけ、彼ら信者から見れば異教徒の私は『悪魔の申し子』排除すべき存在なのでしょう。哀れな子羊の群れに紛れ込んだテロルスト。社会を乱す邪悪な存在です。創造主はそれ以外の存在を認めようとはしません。我こそは全知全能であり異教徒の神はすべて悪だと。すなわち偉大な神の力が強ければ強いほど悪魔の力も大きくなる。逆を言えば悪魔の邪悪な力を借りてキリスト教の神は大きく強大になってゆく。今回のこの一連のブログ、南国の光と題した理由は光が強ければ強いほどはっきりと浮かび上がる『影』の部分を暗喩してのこと。しかし、きっとキリスト教社会のこのようなコミュニティにわが身を置いたならば、私のような不遜な不謹慎なものでも、集団から外れる恐ろしさから神に頼らざるを得なくなることは目に見えて明白。そう、これは厳粛な舞台装置、『原罪』を人々の心に植え付ける強大なシステムなのです。

車でフィリピンの家族と旅行に出たとき、信号に止まると必ず花売りや物乞いや笛吹きがやってきて金銭をせびります。中には目の見えない息子の手を引きながら混雑した車の間を物乞いさまよう年老いた母親もいます。フィリピンの友人は彼らは○○だから早く窓を閉めなさい!といいます。一人に金を渡すと後から後からやってきて収集がつかなくなります。それはインドも同じ、よく経験することです。しかし、このとき彼らはわざわざ原住民の名前を呼んで私をいさめました。他意はないかもしれません。ただふとした拍子に本心が現れることもあります。なんと呼んでいたかは忘れてしまいましたが山に住む少数民族を呼ぶ蔑称のようです。
フィリピン人の顔を見ると同じ家族でも様々な人がいます。私たちのようなアジア的な顔、肌の色の黒いもの、白いもの、白人のような表情の人。フィリピンの人達と、錦糸町で遊んだフィリピンパブのお姉ちゃんも含めて、彼らと接して感じたのは、征服者であるスペイン人を家系に持つこと、白人的な容姿を持つこと、それがいかに血統的に優れた特権的なものであるのか、白人の血を引くことを人々は誇りに思っているようです。逆を言えばフィリピンの原住民に対する差別意識が根底に流れていると気づかされます。フィリピンの貧困の原因は単純に経済的構造に端を発していることではないのかもしれません。国を蹂躙したスペインへのあこがれと信仰。いま、窓の外でしきりに車のガラスをたたいて私に訴えかけている哀れな老婆、きっとあの人こそがこの国のオリジン / origin であるはずなのに。








P1013395.jpg



教会を出て、いつものように肉屋の角を曲がって、もう起きだしているであろう友人のうちに帰ります。
少し行ったところで、またあの豆腐売りにあいました。






P1013400.jpg



「いくらだっけ?」
「20ペソって言ったろう」


ぼったくられたのではといぶかしがって聞きに来たのだと感じたようです。


「もう一つくれないか?」


私はまだ温かいプラスティックのコップをもってコンビニのわきで座り込んでいる物乞いの老婆に近寄りました。


「・・・・メリークリスマス。」


老婆は真っ白のタホを片手にいつまでも私のほうに手を合わせていました。










P1013401.jpg







Boney M - Rivers of Babylon




バビロンの流れのほとりにすわり、
柳にたて琴をかけ、
シオンを思い、すすり泣いた。

わたしたちをとりこにした者が、歌を求め、
しいたげる者が慰みに「シオンの歌をうたえ」と命じた。
異国の地にあって、どうして主の歌がうたえよう。



ボニー・M、バビロンの河。1978年に大ヒットした懐かしのディスコ・ミュージック。今回、数回にわたってディスコ・ソングが続いたのは実はこの曲をこの回にぶつけたかったため。期せずして前回のジンギスカンと同じ西ドイツで結成されたユニット。軽快で明るいメロディーとは裏腹に詩の内容は聖書の一片、バビロンの捕囚。ユダヤ人が国を滅ぼされてバビロンに強制移住させられ悲嘆にくれるという内容のもの。
このバンドのために集められたメンバーはカリブ海やインド洋、アフリカなど、キリスト教徒に征服され自らの宗教を奪われた国の人たち。これって何かの皮肉なのでしょうか。










『フィリピン・南国の光』 ふるさと

2018.01.07 (Sun)
今日は友達の生家のある村に二時間かけていってきます。

P1013292.jpg


途中、田植えをしてました。
写真を撮りたかったけどわざわざ停めるのも悪いと思って言い出せません。今考えれば無理にでも撮っておけばよかった。人力で二十人程の人出が田んぼの中に入ってました。フィリピンでは田植え機というものは皆無だそうですべて人力で収穫されています。
水を張って田植えを待つ田んぼ、青々と茂って穂を垂れている田んぼ。すっかり刈り取られて茶色く乾いた田んぼ。フィリピンでは二期作が当たり前、多いところは年三回収穫されるそうです。
米はすべて一年草の長粒米。パサパサのあれですね。味はインドの長粒米より劣るイメージ、粘りがなく砕けやすく粉っぽい。



P1013302.jpg


庭というかジャングルというか、密林の中に家が建っています。
私たちが想像する東南アジアのジャングルのなか。





P1013341.jpg

ヤシの木の密林、こういう風景を見るとどうしてもナパーム弾とか火炎放射器とか、戦争をイメージしてしまうのは不謹慎でしょうか。
戦争映画の観過ぎか、日本軍もひどいことをこの国ではしていますし。



P1013307.jpg
 

家の裏には小さな豚舎
狭いコンクリートの囲いの中で私の来たのにおびえています。
今日は二日後のパーティの準備で訪問。
パーティ当日、もしかしてと豚舎を覗いてみましたら三匹元気にそろってました。どうやらあの豚の丸焼きは違う豚さんだったようです。



P1013336a.jpg


ヤシの木に登ってヤシの実を落とす青年。
ヤシの木に登れなければ立派なフィリピン男子ではありません。
次々と落としてはなたで割って飲ませてもらいました。
新鮮なヤシの冷えた果汁をたたき割った穴から口を付けて直接飲み干す。これほどおいしい飲み物は世界に二つとありません。

― おまえ、ヤシの木登れるか?
― オフコース!当然だよ!! でも、今はおなかいっぱいだから後で登ってみせるから・・・・

落としてくれたヤシの実を残さぬように、歓待のご好意を無駄にしてはいけないと椰子のジュスーと椰子の白い果実で到着早々はらいっぱいです。



P1013304a.jpg


タロイモ、バナナ、パパイヤにマンゴー



P1013339a.jpg


ジャックフルーツ





P1013320a.jpg


ビリンビ / bilimbi
土地の人はロコバルと教えてくれたけど調べても出てこなかった。とっても酸っぱい。塩をつけて食べたりタマリンドと同じように酸味を加えるためにカレーやスープで調理します。ジャックフルーツもそうですが南国の果実は木の幹からいきなり生えるものが多いです。





P1013343.jpg

ポメロ
フィリピンのグレープフルーツ、おいしいです。





P1013325.jpg


親類の子供たち。
友人は11人兄弟なのでこれはほんの一部です。






P1013350.jpg

子供たちとお母さんを生家に残して帰路へ。すっかり外は暗くなり雨まで降ってきました。
帰りに寄ったレストラン。ジョリビーはちょっと・・・と申し上げたらその隣のチョウキン Chowking・ 超群 へ





P1013353.jpg


中華料理のファーストフード店。コーラと肉まんとワンタンメン?かな。これが今夜の夕食です。
肉まんは大きくて、味のほうはフィリピン料理の常ですがちょっと甘い。それでもそこそこおいしかった。食事のほうは見ての通りの相変わらず。不味いです。ジョリビーもそうですがなんだか味が寝ぼけていてどこかピントがずれてる何を食べてるのかさっぱりわからない。タイでもインドでも、商業施設のちょっとしたフードコートがそこそこ気の利いた地元の食事を提供してくれたのに、フィリピンのファーストフードは今のところまったく真心というものを私に見せてはくれません。食をその国の文化のバロメーターと考えている私にとって現在のフィリピンに対する評価は非常に残念。厳しいようですがこの数日間、これまでのところ、この国は落第点です。





P1013344.jpg


で、今日口にした一番のごちそう。
村の街道を散歩していた時に出会った露店の串焼き屋。
鳥の頭と鶏の足をスパイシーなソースで漬け焼きした焼き鳥屋さん。頭が二つ刺さって8ペソで一本20円也。食べるところはほとんどないですがビール片手に田舎の夕陽を見ながらぶらぶら歩きでとてもおいしかった。小学校の校門のわきにあるお店、子供たちが集まっていたところを見ると子供のおやつなのでしょうか。かみ砕いて吐き出した頭の小骨は野良犬のおやつ。



P1013315_20180107164003b2b.jpg






Dschinghis Khan / ジンギスカン




1979年に世界中で大ヒットしたなんちゃってディスコソングの一つ。で、今日までのフィリピン旅行ってこの曲みたいな感じ。
でも退屈なわけじゃないよ。ただ、これがフィリピンだ!てのが未だにわからないってだけ。でもほんの数日間で分かっちゃうのもなんだからゆっくり、ビール飲みながらぶらぶら眺めていこうと思います。
ところでこの6人、『ジンギスカン』てドイツ人だって知ってた?









『フィリピン・南国の光』 ダスマリニャス

2017.12.30 (Sat)
P1013179.jpg


ほとんど眠られずに朝を迎えました。
マニラから車で二時間ほど、ダスマリニャス(タガログ語: Bayan ng Dasmariñas)で最初の朝です。
夜明け前、まだ暗いうちから、一家に一羽いるのでしょう、町の方々でニワトリが雄たけびを上げ続けます。庭では犬が駆け回って喧嘩してるのかいじめられているのか金切りな悲鳴が響き渡ります。インドもうるさかったですがもしかしたらそれ以上。鶏は家畜ではなく闘鶏に使う賭け事の道具だそうです。


P1013329.jpg



庭先にはバナナやマンゴー、パパイアやヤシの木。どんなにお金に困っても空腹になることはありません。
働かざるもの食うべからずなどとのたまう色消な方はこの国にはいらっしゃらないことでしょう。




P1013182.jpg



家の目の前が大きなバスケットボールの屋内コートになってまして、これまたニワトリと合わせ技で今後眠れない原因になります。
ここで行われるのはバスケのゲームだけでなくってカラオケ大会や結婚式の披露宴、クリスマスパーティのビンゴゲーム。日本では考えられないような真夜中のどんちゃん騒ぎが毎夜繰り広げられるのです。




P1013187.jpg



フィリピンではバスケットボールが盛んで、野球やサッカーで遊ぶ子供は皆無です。テレビの中継もバスケの試合のみ。
この日は子供たちのために無料で開放されていました。




P1013210.jpg



お隣の邸宅は無人
何故か庭はいちめんのパイナップル。





P1013202.jpg



街の悪ガキども
意外と恥ずかしがり屋でカメラのフレームの外には写っていないこれの倍の数の子供がいました。皆カメラを向けると逃げて行ってしまいます。
彼らに教わって初めて覚えたタガログ語は「ポーポー」。皆さん、勘のいい方は察しがつくと思います。
ポーポーとはうんこのこと。


さて、町の顔役たちには無事御目通りを済ませ、しばしの滞留をお許しいただけたようなので、早速街の様子などを探索したいと思います。



P1013226.jpg


肉屋さん
ショーケースなんて上品なものはありません




P1013230.jpg



肉屋のお兄ちゃん
今考えればこの旅で出会った中で一番の色男だったかもしれないですね。
街の通りにはクリスマスの飾りつけが風に揺れています。





P1013221.jpg


野菜も日本でおなじみのものばかり。右端に見えるのはかの有名なタロイモ。小学校の地理の教科書には何故か毎学年、東南アジアの食材としてこの芋が必ず登場していたのはなぜでしょう。タロイモという名前の響きと、教科書の不鮮明な白黒写真は否が応でも少年の想像力を掻き立てたものです。実物を見るのがこれが初めて。さて、少年時代からのあこがれの食材、タロイモの味覚とはいかなるものなのか?未知なる芋を前にして期待は膨らむばかりです。ちなみに現地では単にタロと呼びます。




P1013245.jpg


豊富な果物
表示価格は一キロかな?
「このリンゴは『フジ』だよっ。美味しいから買っていきな。」
日本人にリンゴの甘さを語るなど千年早いわ!リンゴに関しては日本が間違いなく世界一。大体この富士というネーミングも中国人のブランド詐欺なのでしょう。大きさも野球のボール程度でした。



P1013237.jpg



客待ちで待機するトライシクル/traysikel の群れ。ほぼすべてが日本製のバイクです。トライシクルはフィリピンのオートタクシー、オート・リクシャーの一種です。泊めてもらったお宅にも一台ありました。特に免許制でもないのでしょうか、どこの家庭でも置いてあって自家用、業務用に活躍していました。時間が空いた時にお客を乗せて生活費を稼いでいるようです。
最大で4人乗り、サイドカーと荷台に二人ずつ、こんなに数があって商売になるのかなと思いますが利用する人は非常に多く子供なんかも毎日の通学に利用していました。



P1013261.jpg



― あれって果物ですか?
― 食べられるんだよ、今とってあげるから持っていきな

お父さんの指示で見ず知らずの旅行者のために木登りをして木の実をとる息子さん。



P1013266.jpg



フィリピンのローカル名はマーコーポ、マコパ、macopa、
一般にタンビス(tambis) ミズレンプ 日本ではフトモモと呼ばれる果物、お塩を付けていただきます。甘くないナシといったところ。蒸し暑い南国ではさっぱりした味わいは程よい水分補給になりそうです。持って帰って見せたら家人の中には知らない人も何人かいました。



P1013271.jpg



茶色いのはロンガン、竜眼、90ペソ。
ライチより濃厚な甘い果実。沖縄にも自生しているようです。




P1013280.jpg


さてと、特にやることもないので午後はビールでも飲みますか。





Trio / Da Da Da




トリオ、1980年結成のドイツのバンド。フィリピンとは全く関係ないけれどこの緩さでお察しあれ。
裏でなってるピコピコ音はカシオのおもちゃのキーボード。








『フィリピン・南国の光』 プロローグ

2017.12.27 (Wed)
P1013149.jpg



諏訪から名古屋に向かって空港までが飛行機と同じ所要時間4時間余り。
軽い気持ちで同行させてもらった今回のフィリピン行き。
本当なら来年に備えて仕事もしなきゃいけないしお気楽なことは一切できないはずなのだがせっかく誘っていただいて断るのも気まずいし、何よりきっかけというかチャンスというかそういったものは思い立ったが吉日でまた今度の『今度』は二度と現れないのが通常だから、ひょんなことから人生ががらりと変わることもあり、何より飛行機が落っこちてそれっきりジ・エンドということもあり得るものでもしや最後の日本での食事は最近はめっきりおいしくなったハイウエーのサービスエリアで大好きなタンタンメンなどをひとすすり。こんなところにこんな観覧車があったのは知りませんでした。


P1013144.jpg


飛行機はとっても小さな双発ジェット、最近ケーブルテレビで『メーデー!:航空機事故の真実と真相 』などをよく見てるので内心はただ事ではないですし隣ではフィリピン人の友達がロザリオ片手に祈ってたりするし、なんだか滑稽ではありますが当の本人たちはただ事ではないのであります。短い一週間のフィリピン旅行。すでに波乱の兆しが充満してます。



P1013151.jpg



無事に着陸出来ました。
とりあえずマニラで一枚。
思ったより近代的、アジアな香りはあまりしないし、何より車がみなきれい。トヨタのでかい四駆が駐車場を埋め尽くしてます。





P1013164.jpg



おなかすいた~じょりびにいこう~
皆が呪文のように繰り返すので『じょりび』とはいったい何のことでしょう。初めてのフィリピン料理に魔法の呪文が拍車をかけます。
と思ったら殺風景な閑散とした駐車場に、ファーストフードでしょうか、なんとも味気のないチェーン店のネオンが真っ赤に輝いているのは余計になんだか悲しい感じ。看板には『Jollibee』 ジョリビーと書いてあります。



P1013158.jpg


店内でお友達の奥様と車で迎えに来てくれた甥っ子さんを記念撮影。
久々の再開にはしゃいでます。


P1013159.jpg


深夜だというのに店内は結構混んでます。
メニューはハンバーガーに軽食、ご飯とおかずの軽いランチ。一皿60ペソ~、300円もあればおなか一杯になります。スパゲッティーなんかもありました。


P1013162.jpg



頼んだのがこちら。フィリピン初の食事です。きったない屋台とか、寂れた食堂を期待していたのにこんなプラスチックなものを食べなきゃならないとは、少々がっかりではありますが友人、迎えに来たフィリピンの家族がとてもおいしい、おいしいと食べてる前ではそんなことはおくびにも出せません。
後で分かったのですがこの『ジョリビー』なるチェーン店。フィリピンの街のいたるところにありまして、マクドナルドやバーガーキングなどの海外大手ファーストフード店を一掃し駆逐する勢い。フィリピンを代表する国家的企業であります。人気の秘密はその安さと味付け、すべてのプレートが彼ら好みのあま~い化学調味料で彩られたドキドキするような色合いなのです。
私が頼んだのはコンビーフ定食。一番まともそうかなと思って頼んだのですがまさか本当にコンビーフが出てくるとは思いませんでした。明日には友人に「不味い!」とはっきり言わなければなりません。でないとこの調子では毎日がじょりび~になってしまいそうです。
フィリピンでの食い倒れ計画はタイやインドのように風任せ、気分任せというわけにはいかないようです。タイやインドでは行き当たりばったりで入ったお店、屋台が思わぬ素敵な思い出を残してくれることが多々あるのですがこの国ではそのような安易な旅は期待できそうにありません。今後はしっかり吟味してお店を選ばなければなりません。
そしてさらにびっくりしたのがこの企業、近々日本上陸を計画しているそう。やってみなされ、日本の食文化を甘く見ないように。


P1013168.jpg


取り合えづはおなか一杯になりお友達のおうちに。
わかりますでしょうか?通りにはクリスマスの飾りつけでネオンが瞬いてます。
それぞれの町内で競い合うように飾りつけをして、クリスマスの日にどこの通りが一番きれいだったかコンテストをするのだそうです。もう、三時はとうにまわった夜明け前だというのに街には人があふれかえっています。華やいだいい季節に私はやって来ました。



P1013172.jpg


とにかく無事につくことができました。
街は思ったよりきれいです。
交通も思ったより安全。
とにかく今夜は、もうすでに朝が白みかけていますが、友人宅でゆっくり休んで明日に備えたいと思います。
では、サンミゲル・ビールをぐっとあおって、グットナイト、おやすみなさい。





Siouxsie and the Banshees - Cascade




スージー・アンド・ザ・バンシーズ
言わずと知れたパンク界の女王、スージー・スー / Siouxsie Sioux を中心としたイギリスのパンク~ポストパンクバンド。フィリピンなのになんで彼女たちを選んだのかというと、今朝、夜明け前、年賀状の夜勤仕事から帰ってきて真っ暗な中手探りでCDプレーヤに突っ込んだのがこの曲だったから。でも、なんだか今回のこの心もとない、とりとめのない旅の始まりと、彼女たちの、やりたいことはわかるんだけど、なんだかなり切れてない、乙女のかわいらしさというかミーハー的な音楽とのかかわり方というか、許せる最低ラインの素人的わきの甘さがかえって魅力になってるところが今回のふわふわしたフィリピン旅行のプロローグにはピッタリなんじゃないかなと後付ではありますが独り言ちしているところではあります。
1976年結成、2002年まで第一線で活動していたイギリスのバンド。そもそもがセックス・ピストルズの追っかけがキャリアの始まりというところがそのこわもての風貌とは裏腹にかわいらしく愛らしいところ。あんなメークしてますけどすっぴんはとっても美人なんです。紹介した曲は5枚目のアルバム、『キス・イン・ザ・ドリームハウス / A Kiss in the Dreamhouse (1982年)』から。ストレートなオイ・パンクからおどろおどろしい悪魔的なサイケデリックサウンドへ完全に方向転換した一枚。でも、彼女って実はとっても明るいはつらつとした女性なんだって。



Siouxsie & The Banshees - Melt!




Siouxsie and the Banshees - Painted Bird




Siouxsie and the Banshees - Slowdive









ちょっとフィリピンまで

2017.12.15 (Fri)
ちょっと一週間ばかりフィリピンの友達の家に行ってきます。



Kalapana / Naturally


ビートルズがヒーローだった小学生のころ、ロックンロールのほかにサーフィン・ミュージックというものがあるとホワイトアルバムのライナーノーツで知り、街の小さなレコード屋で手に入れた唯一売れ残っていたサーフミュージックの一枚。フィリピンに行くということで思い出した記憶の奥底に埋もれた音盤です。
ハワイ出身のサーフ・ロックバンド、1975年デビュー。私が手に入れたのは80年代に販売されていた現在は廃盤の『KALAPANA'S SURFIN' BEST』という日本限定版らしい。曲と曲の間にハワイで録音された波の音がうっとうしいほどに入っていてハイファイ録音だという触れ込みの波の粒粒がはじけ壊れてゆく音が小気味よくなかなかの癒し効果。バラードからソウル、ファンクからフュージョンまで、退屈になりがちなテーマとは裏腹にバラエティーに富んだ多彩な一枚。活動当時日本で人気だったとは調べてみるまで知らなかった。いいバンドです。




最新記事はこの下から↓



back-to-top