『続・フィリピン・南国の光』 名古屋の夜

2019.04.19 (Fri)
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ついこの間、やっとフィリピン旅行の記事を書き終えたと思ったら再び再渡航です。
今回は名古屋で一泊、前日まで東京で祖母を見送って、そのまま長野の自宅へは戻らずに高速バスで名古屋入り。
名古屋の街はナナちゃんのメイド姿でお出迎え。田舎暮らしの長い私は久しぶりの華やいだ夜の街に、葬式帰りというのも忘れてのお上りさん気分丸出しです。






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大きなバックを抱えて街を歩き倒し、一通り名古屋の街を散策した後、東京の母親に電話をした。

「戒名変えることにしたから」

100歳のばあちゃんが死んだ。ばあちゃんが死んで葬式の準備という時に母親が電話をかけてきた。「おばあちゃん、西だっけ東だっけ?」と唐突に素っ頓狂な電話をかけてきた。
西か東か?西本願寺か東本願寺かってことらしい。しかし、そんな相談は今まで受けたこともないし、当然ながら今までそんなことは考えたこともない。身内の葬式は爺さん以来、もう何十年ぶりのことだ。

「いろいろ周りに聞いてみる」

そのまま電話を切ったものの、こちらの親戚に聞いても、そりゃ、長野にはつれあいの爺さんの縁故はいないからわかるはずもなし。それでも心当たりを方々あったてみたが、また母親から「大丈夫だから」と電話がかかってきた。

急ぎ帰郷して、当日葬式始まったら、うちは親せきが少なくって家族葬ということにはしたものの集まったのは東京にいる10人と長野の私だけ。そんな少人数ということもあって葬式の段取りなど相談できる人も少ない。みんな顔をそろえたところでお通夜が始まってみると、あれ?なんだかいつもと様子がちょっと違う。おや?聞いたことないお経だな?坊さんの説教もなんだか変な感じ。大体お経が平明な口語体で聞いててあらかた意味が解るような。

で、どういうことかというと、そもそもの宗派、浄土宗と浄土真宗を間違ってたわけ。

「西だっけ東だっけ?」

いやいや、浄土宗?真宗?て聞かれてたら、「そりゃ、浄土宗だろ」って答えてたのだろうけど。いきなり電話口で東西を問われたら、それはどっちだっけ?ってなってしまいました。

爺さんも、ばあちゃんの親類もみんなみんな浄土宗なのに、違う宗派の戒名つけられて、違う船に載せられて、せっかく100歳まで生きたのに、今じゃ、みんなと違うところに独りで送られてきっとばあちゃん、今頃此処は何処?って迷ってるよ。








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「お経あげなおしてもらって戒名も浄土宗に変えてもらったから。」

何ともあっけらかんとしたものだ。うちの家族はいつもこんな感じ。そそっかしいし、一番肝心なところが抜けている。

ばあちゃんは痴ほう症を患って10年近く施設に入っていた。入所した当初は体も弱っていて一年持たないんじゃないかと思っていたが、都会のマンションで一人で暮らしているより施設の生活のほうがあっていたのか、あれよあれよと見る見る元気になってとうとう100歳の天寿を全うした。そもそもうちの母方の家系は長生きが多いようで、中にはお通夜の晩に生き返った人もいる。お経を読んでいる最中に棺桶からむっくり起きだして「腹減った。なんか食わせろ」と言ったそうだ。葬式用に並んでいたおにぎりを三つ、ぺろりと平らげて、そのばあさまはまた三日後に棺桶に逆戻りした。






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もう、フィリピンへの飛行機の予約はしてあったし、父親も旧友たちと沖縄旅行を予定しており、二人の姪っ子、ばあちゃんにとってはひ孫の二人はともに受験で追い込みの日程は超過密だし、母親は実の母の宗派も間違えるで、そんな家族が右往左往する中でとうのボケてしまっていたはずのばあさんが一番しっかりしていたようで、みんなが一人も欠けずに集まれるように家族の多忙な日程を縫ってピンポイントにその日と選で100歳の長い人生に幕を下ろした。


二日前にばあさんの葬式を済ませた私は、長距離バスに揺られて西も東も分からない名古屋の街についたばかり。まばゆいばかりの大都会のネオンを眺めながら夢なのかうつつなのか、なんだかふわふわしたようで、そのうえ、明日には飛行機でフィリピンへ。久しぶりの都会で羽を伸ばそうと夜の街の客引きの声に耳を傾けてはみたものの、なんと、名古屋のキャバクラの相場がそれはそれは高いこと。東京なんかよりも二割は高い。

「今夜はおとなしく、やめておくか。」

母親の電話を切った後、冷たいベンチに腰を下ろしながらコンビニで買いこんだ飲みかけの缶ビールを片手に街のネオンを眺めていた。
暮れの賑わいに雑踏の行きかう夜の街。ばあちゃんのお見舞いに行ったとき、老人ホームの近くの公園で、車いすを押しながらばあちゃんと一緒に大声で歌った『木曽節』を今夜は独りで口ずさむ。

「心置きなく楽しんでおいで。」

そう、ばあちゃんが言ってくれているような気がした。






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Vashti Bunyan - Just Another Diamond Day






覚書;18日に稲の苗起こし、今日はインド野菜の畑準備、マルチ敷設。明日はモロッコインゲンの畑の石灰処理。ジャガイモ準備。
以前『アクアテラリウム』で紹介した『ヴァシュティ・バニヤン』の名作。
いろいろ考えるのがめんどくさい時、畑仕事で疲れた時はいつもこの曲。











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コメント
こんにちは~!
お通夜の席で生き返るというのがスゴい!
当事者は腰を抜かしたでしょうね^^
かっぱのしんちゃん | 2019.04.20 10:07 | 編集
先程は、ご訪問をありがとうございました。(#^^#)
初めてのコメントです、よろしくお願いします。

100歳のお婆様、お悔やみ申し上げます。
「天寿を全うした」と記されていたので
沢山の想い出とか寂しさや悲しみも勿論あるでしょうが、それと同じくらい
長い間お疲れ様と言う感情も伺えた気がします。

棺から甦ったお婆様の下りは、ごめんなさいね。
驚きながらもコントを見ている様でした。
はちみつ色の陽だまり | 2019.04.20 11:06 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
| 2019.04.20 11:13 | 編集
かっぱのしんちゃん

そんなに遠いご先祖さんじゃないみたいです。明治かそれとも江戸晩期か。
今度家系図で調べたいと思ってます。うちの母方の家系は、特に女性陣は何かと不思議な来歴のある人が多いようです。
Sukunahikona Parthasarathy | 2019.04.20 14:41 | 編集
はちみつ色の陽だまり さん

お通夜の行きかえりの話、本当にコントですね。どの親戚に聞いても同じ話をするので実際に会ったことのようです。そんなに昔ではない100年かそれくらい前のお話。あれ、100年だったらばあちゃん生まれてたのか。すごいな、ばあちゃん
Sukunahikona Parthasarathy | 2019.04.20 14:44 | 編集
魏コメさん
いやいあや、私もよくやりますからw
今日も畑から帰ってくるときに「おや、あのコメントは誰のブログに書き込んだんだったかな?」と思い出しながら帰ってきました。
Sukunahikona Parthasarathy | 2019.04.20 14:46 | 編集
不謹慎ながら大笑いしてしまいました。

私の祖母は自分の夫の通夜の枕元で「わたしゃ、まだこの世に御用があるから決して連れに来てはいけないよ」と。その言葉通り長生きした。で、祖母自身、いよいよというとき医者はもうもたないからと臨終の部屋(そんなのが当時の病院にあった)に入れた。ところがなかなか死なないので、あとからの人を次々見送るはめに。

そんなある日、隣りに運ばれてきた危篤の人に周囲の人が「がんばって」と声を掛けたら、隣の祖母が「うん、がんばる」と。医者も看護師もびっくり仰天。
100歳のおばあちゃま、きっと極楽まっしぐら。天上から「相変わらずねえ、うちの娘は」とニコニコしているかも。
雨宮清子(ちから姫) | 2019.04.21 10:04 | 編集
ちから姫様

どんどん笑っちゃってください。
これ書いてて気が付いたのですが人の死って滑稽なくらいがいいんじゃないかなって。
天寿を全うできないで道半ばで死んでしまう人、病気や不慮の事故や、不幸にも悲しく死んでいく人たちがいる中で100まで生きたばあさまは本当に幸せだったかと思います。
人が死ぬのは悲しいですが、そんな中でも可笑しかったり、滑稽だったりするくらいが幸せな死に方なんじゃないかと、そうやって送ることができた私たちにとってはこれがばあさまからの最後のプレゼントだったのかなあと思います。
Sukunahikona Parthasarathy | 2019.04.21 14:35 | 編集
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