『続・フィリピン・南国の光』 救急搬送

2019.12.21 (Sat)
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フィリピンで救急車に乗ることになった。







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これがその救急車。
Mitsubishi L300。日本ではデリカと呼ばれていた三菱製の商用車を改造したもの。二代目三菱デリカは国内の生産が中止になってもう久しく、すでに日本ではほとんど走っているところを見かけなくなったが、ここフィリピンでは現在でも生産販売が続いており街中でもよく目にするヒットモデルの一つ。ちなみにフィリピンで車といえばほとんどが日本製。








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いよいよ救急車に乗り込む。
といっても別に病気になったわけではありません。単に病院に用事があっただけ。






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運転するのは日本から一緒にやってきた友人の奥さんの弟。彼の仕事は救急車のドライバー、本日は非番。
家を出た救急車は旧市街の狭い路地を抜け教会前の大通りに出るとそこは予想通り、普段通りの大渋滞、フィリピンの市街地は何処へ行っても終日こんな感じ、日本のような地下鉄などの公共機関がない分、日々の移動はほとんどが自動車。

それでは、スイッチ、ON。
おもむろにジュニアが救急車のサイレンを鳴らす。サイレンと共に頭上の赤色灯が回転する。私たちの乗った救急車はスタックしている自動車の列を蹴散らしながら渋滞の中をどんどんと進んでゆく。けたたましく鳴り響くサイレン、びっくりするのと痛快なのと、疾走する救急車の中で三人は思わず吹き出してしまった。
対向車の運転手は大口あけてゲラゲラ笑っている私たちを見て、こんな大変な時に奴らはなに笑っているんだといぶかしがっている。もし、こんなとこを警察にでも見咎められたらそりゃ大変なことになるだろう。万が一止められたりしたときのために誰が病人役になるのかを三人で打ち合わせする。救急車の中でそんなバカな話を真剣に話すものだから、また余計に可笑しくなる。こみあげてくる笑いを無理に押し殺そうとすればするほど、私たち三人は爆走する救急車の中で身をよじらせた。
もうしばらく行くとマニラまで続く幹線道路に出る。ハイウエーはまたさらに混雑していることだろう。相変わらず救急車の中で大騒ぎしている私たちがその交差点に差し掛かった時、合流しようとする大きな交差点の真ん中に一人のお巡りさんがダンスのような華麗な身振りで交通整理をしているのが目に入った。噂をすればなんとやら。いけない、いよいよ笑っている場合ではなくなった。助手席に座った奥さんの、ひときわ大きな悲鳴の後、一瞬車内が静まり返る。一瞬の静寂。しかしそれもほんの一瞬、みんながみんな同時に同じことを考えたであろう次の瞬間、そのことがまたさらに拍車をかけて、みんな揃って一斉に吹き出してしまった。
そんな私たちの様子を知ってか知らずか、交差点にサイレンを鳴らしながら現れた緊急車両を一瞥した交通整理の警官はすかさず白い手袋をはめたその両手をぴんと左右に伸ばして、交差点に進入しようとしてくる他の車両をぴったっと停止させる。警官の笛とともに今まで車でごった返していた交差点に大きな広い空間が現れた。それは映画の、まるでモーセの十戒のように。
我々を乗せた救急車はその奇跡に輝くみちしるべをサイレンを鳴らしながら平然と走り抜けてゆく。見送る警官は私たちに向かって敬礼をしている。笑いを押し殺している私たちにさらなる笑いがこみあげてくる。警察官のわきをすり抜けながら、私たちは笑いをこらえるのに必死だった。




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De La Salle University Medical Center
ラサール大学病院。通常の半分の時間で到着。
本日はとってもいい天気。特に病院に用事のない私はみんなと別れて病院を後にした。







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花屋さん。
日本でも見慣れた観葉植物や南国の花でいっぱい。








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骨董屋。
並んでいるのはほとんど日本のものばかり。日本ではガラクタ同然のものが結構いい値段で売られている。







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歩道を占拠して我が物顔で作業する巨大な建設重機。
もちろん警備員なんていません。







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いろいろ寄り道して一時間ほど歩いたらなんだか不思議な場所にたどり着きました。





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Kadiwa Park
カディワ・パーク
恐竜やらキリンやらサンタクロースやら、埃の舞い上がる殺風景な一本道にポツンと広がる奇妙なオアシス。






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大通りの両側の歩道を利用して公園ができています。切通しの斜面には滝の水まで流れています。
ポケットにしまってあった飴玉を口に放り込み、登った小道でしばし休憩。
別に目的地があるわけでもなし、ベンチに座りながら小川のせせらぎにはやる気持ちを抑えます。





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まだお昼過ぎ、まだまだ日暮れまでにはたっぷり時間があります。







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Strafe für Rebellion - Mosche Bildt Njet




シュトラーフェフュア・リベリオン
1979年、ドイツ、デュッセルドルフで活動を始めたBernd Kastner / ベルント・カストナーとSiegfried Michail Syniuga / ジークフリート・ミカイル・シニウガの二人組。電子音楽を基調に古典音楽や民謡、自然音やノイズ、動物の鳴き声や古楽器などを織り交ぜて展開する前衛的、実験的ユニット。バンド名を直訳すると『反乱に対する罰』という意、ドイツのバンドって過去のナチスの反省からか権力に対するメッセージが込められた名前がとても多い。今夜紹介したのは彼らのファーストアルバム、1983年発表のLPアルバム、バンド名と同名の『Strafe für Rebellion』に付録としてついてきたEP版シングルのA面に収録されていたもの。珍しく彼らの作品の中ではとりわけポップにまとめられた一曲。こんなマイナーな曲、YouTubeにあるかなと思って探したらしっかりありました。世の中には物好きな人もいるもんだと思いましたが、もしかしたらこれってご本人?もしくは版権を持ってる人かもしれません。たまに気づかぬうちに口ずさむ、不思議で変な曲。題名の意味すら分かりませんが、良い曲です。






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コメント
ごめんなさい!前の記事に今回の記事へのコメント書いちゃいました!ご迷惑をおかけして申し訳ありません
pope | 2019.12.21 07:14 | 編集
popeさん

迷惑だなんてとんでもない。
コメントは一つでも多くもらえればうれしいですよ。
Sukunahikona Parthasarathy | 2019.12.21 11:41 | 編集
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